連載 :
  インタビュー

AppDynamicsの新CEO、アドビで改革を成功させた後にベンチャーに移った理由を語る

2015年12月24日(木)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
ラスベガスで開かれたAppDynamicsのイベントで新CEOにインタビューを行った。

アプリケーションモニタリングで近年急成長しているサンフランシスコに本社を置くAppDynamicsは2回目となるユーザー向けカンファレンス、APPSPHERE2015をラスベガスで開催した。そこで新CEOであるデビッド・ワドワーニ氏にAppDynamicsに移った理由や今後の戦略などについてインタビューを行った。

Adobe Systemsの元SVP、デジタルメディアビジネス部門のゼネラルマネージャーとしてPhotoshopやIllustratorなどの製品を高価な箱売ビジネスから脱却させ、サブスクリプションに移行させたことで売上を急速に伸ばしているアドビの快進撃を指揮したのが今回、インタビューに応じてくれたデビッド・ワドワーニ氏だ。

ワドワーニ氏はまずアドビを辞めた理由、AppDynamicsを選んだ理由から話を始めた。

まずどうしてアドビを辞めたのか、そしてなぜAppDynamicsを選んだのか、を教えて下さい。

幾つかの理由があります。まず最初にそもそもアドビを辞めるつもりはありませんでした(笑)。10年前からアドビで働き始めて、約6年前にアドビのグラフィック製品部門の責任者となってビジネスを改革した結果、成長が止まっていた売上も新しいユーザーベースを成長させることができました。これは従来のアドビのビジネスそして製品そのものをより現代の状況にあったモノに革新したことを意味しています。

これほどまでにモバイルデバイスで写真が撮られているのにPhotoshopの成長が止まっているということ自体がおかしかったのです。アドビのCreative Cloudにはすでに600万人の有料会員が存在し、毎月わずか10ドルから始まるフィーによって本会計年度の終わりには約30億ドルの売上をアドビにもたらしてくれています。それが約3年半で行われたのです。これこそが今、我々が行おうとしている「デジタルトランスフォーメーション(ITを使ったビジネスの変革)」と言って良いのではないかと思いますね。実際にはPhotoshopそのものが持つ価値はそれほど変わっていないのですが、ビジネスそのものが変革したということです。例えるなら絶滅しそうな恐竜から新しく進化した生物に変わったというぐらいのインパクトがあったということです(笑)。

そのままでいけばアドビのCEOになることも可能だったのになぜなんですか?

まずはアドビは偉大な会社でこれから成長が期待されていましたし、当然他からも声はかかっていました。しかしアドビでのデジタルトランスフォーメーションを経験して、これからのビジネスだけではなく社会のためにもそれが必要なことだと確信したのです。それが最初の理由です。そして2番目にその際に中核にいてそれを実現することを可能にする企業はどこか?を考えた時にAppDynamics以外にそれを可能にする位置にいる企業は見当たらなかったから、です。そして最後になりますが、AppDynamicsはアドビやマイクロソフトなどの偉大な存在になり得ると確信したからです。

ではこれからAppDynamicsをどうしようと思っているのかを教えてください。

CEOになってからいくつかわかったことがあります。それはソフトウェアがこれまで以上に重要になり、ビジネスそのものを変えていく時にIT資産をもっとビジネスに直結した要素として考えている企業が増えているということです。例えば我々の製品でもあるアプリケーションモニタリングに関して企業の担当者に会いに行くと多くの場合CIOだけではなくCEOが話を聞こうとするのです。それはソフトウェアがこれまで以上にビジネスに欠かせないものであり、それを理解しているビジネスのオーナーが確実に増えているということを表していると思います。つまり単なるアプリケーションモニタリングという市場規模だけではなくもっと巨大な市場がそこにあるということです。そしてありがたいことに我々の製品はとても愛されていることがわかりました。これはB2Bソフトウェアの市場ではなかなか見られないことだと思います。さらに今日のカンファレンスの事例でもありましたが、我々の顧客(米国のオンラインエデュケーション大手、Pearson)は我々を単なるベンダーだとは思わずにパートナーと表現してくれています。これは端的に言えば製品を売ったら終わりということではなく継続して関係を築いていけるということを示唆していると思います。結果的に追加の購入をして頂ける顧客が非常に多いということです。

ただ残念ながら課題も見えてきています。それは認知度が低い、つまりまだあまり知られていないということです。なので私がもっとやらないといけないことの一つはあなた方のようなメディアの方と話をすること、なのです(笑)。それが今のところのチャレンジ、ということになりますね。

また直近のファイナンスの結果$158M(日本円換算で約194億円)の投資を受けました。これを使ってもっと製品開発を進めること、日本においても市場のニーズを満足できるようにセールスとマーケティングに投資するつもりです。市場からの我々の企業価値への評価は19億ドルになっています。これは市場から我々はもっと成長できるという期待を表していると思います。またIPO(株式公開)も計画をしていますが、時期については残念ながらまだなにもお話しすることはありません。

日本では約60社の顧客がいるということですが、これからのアジア・パシフィックでの計画は?

日本は非常に大事な市場と認識しています。デジタルトランスフォーメーションはどの地域でも変わらずに進むと思います。ですので今の規模から拡大することは間違いありません。現在の日本の拠点が社員3名からは拡大することはお約束します(笑)。

マイクロソフトとのインテグレーションが発表になりましたが、物凄いスピードで変わろうとしているマイクロソフトとはとても相性が良いように思えます。もしもマイクロソフトが買収しようとしたらどうしますか?

(注:マイクロソフトとのパートナーシップの発表。.NETとAzureのプラットフォームでのAppDynamicsのアプリケーションインテリジェンスに対応。http://www.appdynamics.com/press-release/appdynamics-announces-fully-integrated-application-monitoring-for-microsoft-azure-platform/)

それは良い質問です。まず我々は買収には応じませんし、他の会社を買収するつもりも有りません。実際には同じ方向を向いていると言う意味で我々の方向性とマイクロソフトの方向性はとても似通っていると思っています。CEOであるナデラ氏を尊敬もしていますし、我々の協業が上手く行くことを信じています。最近のAzureの状況をみてもとても我々の方向性と合っていると思います。

会社としてのカルチャーといいますか、マントラみたいなものはありますか?

そうですね、まず言えるのは「Customer Obsessed(顧客に常に集中している)」ということでしょう。常に顧客のことを考え、顧客の声を聴いています。それぐらい顧客を中心に考え行動すること、が最初のAppDynamicsのマントラですね。次が、「Purpose matters(目的が重要)」であること。企業は往々にして売上とかマーケットシェアを目標にしますが、我々はそれも大事ですが、何よりも「何のためにそれをするのか?その目的は何か?」を目的にしたいと思っています。結果的に社会にとって良いことを目的にすることで社員も幸せになると考えています。最後に挙げるとすれば、「Data Driven Company(データを基に行動する企業)」であるということです。我々は直感に頼るのではなく常に集められたデータを基に考え、判断し、行動するようにしています。例えばあるマーケティングキャンペーンで$1使ったとすれば結果として何が変わったのか?をEnd-to-Endで見渡したうえで実行するということですね。そしてもうひとつ付け加えるとすればこれはアドビで学んだことですが、会社が持つ知的著作権はソースコードではなく究極的にはそれを書いた人に存在する、つまり結果としてのソースコードではなく社員が大事なのだ、ということですね。

会社が大きくなることでエグゼクティブがヨットレースにお金を遣うような会社にはならない、ということですか(笑)?

まぁ、それは一つの例として、ですね(笑)。ただ、今あなたが例にあげた会社も最初は企業に製品を売ってビジネスを拡大したわけですが、いつの間にか企業からは単に取引を行うベンダーとして扱われてしまっているわけです。我々は顧客のプレゼンテーションであったように企業からは常に一緒にビジネスを行う「パートナー」として認められているし、それを続けたいと考えています。

元アドビという意味でも非常にスマートな印象のワドワーニ氏だが、どんな質問にも的確に答える姿が印象的だった。来年も同じ時期にラスベガスでイベントが開かれる予定だが、1年後のインタビューが楽しみである。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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