見えない「運用」 - 疲弊する運用現場

2010年12月2日(木)
波田野 裕一

「運用でカバー」の弊害

1~2ページで「運用でカバー」という言葉が何度か出てきました。皆さんの現場でも、この言葉が使われたことはないでしょうか。

この「運用でカバー」という言葉には、要求や期待が持っている「想定」と、運用現場で起こる「現実」との差分を、運用現場の努力で回避し続けること、という意味合いが強く含まれています。運用現場に対して、何らかの特別で機動的な対処能力と、高度な判断能力が求められています。このことから、運用業務に対して、工数面においてもリスク面においても、大きな影響を及ぼす危険性を秘めています。

「運用でカバー」の起因は、「もやっとわたして、よしなに」という、あいまいさを容認する日本独特の文化の影響もあるでしょう。また、設計・開発側での何らかの事情(工期不足、開発遅延、仕様が固まらない、詰めが甘いなど)や、運用現場の事情(人手不足、能力不足、予算不足、情報不足など)、外部の事情(声の大きい顧客や部署への対応、想定外の事象の発生)など、さまざまな事情もあるでしょう。いずれにせよ、「困ったら運用でカバー」というのが"お約束"になっている感があります。

「あいまいな期待や突発的な事情に対応できるのが、良い運用現場である」と、依頼側はもちろん、運用現場も前向きにとらえがちです。しかし、実は、これが大きな弊害を生んでいます。

もしかして日本人だけ?

余談ですが、日本人の運用現場では、「運用でカバーしたことはない」という現場がすぐには見当たらないほど、日常的に「運用でカバー」が見られるのが現状です。ある時、「そもそも『運用でカバー』は、外国語には翻訳できないんじゃないか」という疑問を提起した人がいて、一同「うーん」と唸ってしまいました。

日本では、欧米のジョブ・ディスクリプションに該当するものが、あまり意識されていません。現場の士気は高く、教育レベルも相応に高いため、自律的に回避行動を行うことができます。この結果として、日本では「運用でカバー」というものが成立している、と言えるのではないでしょうか。

社会情勢の変化による「運用でカバー」の変質

このように日本の運用現場で多用される「運用でカバー」ですが、以前は、あまり問題になっていなかったように感じます。依頼する方も受ける方も、あえてジョブ・ディスクリプションを明確にしないことで、あうんの呼吸で物事が進められる「柔軟な」体制を組むことができました。そして、そこに掛かるコストについても、ある程度は大目に見るという暗黙の合意があったように思います。

しかし、このことは「頼めば、よしなにやってくれるだろう」という、運用現場に対する一種の甘えを恒常化させます。さらに、ドキュメント化できない「運用でカバー」を増大させて「業務のアンドキュメンテッド化」や属人化を進めます。また、客観的合理性よりも"あうん"の呼吸による、非合理的主観に立脚した業務の日常化をもたらしはじめます。

「運用でカバー」が先鋭化した現場では、「(社内外で)ユーザーの神様化」や、書面外の期待や、「行間のナニカを読め」という際限のない要求にさらされているところもあるようです。

このような状況の中、特に近年は、企業のコスト体質改善が急務となり、お互いにあいまいにしてきたジョブ・ディスクリプション(すなわち期待)とコストのうち、コストの説明責任だけが降ってきています。このことが、今の運用現場を苦しめている起因だと思われます。「もやっと渡されたものに対しての説明責任なんて果たせない」というのが、分かりやすい今の運用現場の心の声ではないでしょうか。

「運用でカバー」がもたらすもの

このように、「運用でカバー」というものは、運用現場に対していくつもの弊害を招いています。 大きなものだけでも、

  • あいまいかつ際限のない要求の増大(もやっと頼めばよしなにやってくれる)
  • 非合理的主観の日常化(アンドキュメンテッド、属人化)
  • 隠れ運用コストの発生(費用対効果説明のさらなる困難化)

が挙げられます。これらは、運用現場が困っている3つの問題点「高負荷、属人的、見えぬ費用対効果」を増幅し、運用現場の機能不全をもたらしています。

さらに、「運用でカバー」のほとんどは「マイナスをゼロにするための努力」に過ぎず、努力の結果が組織的に評価されにくい、という問題があります。運用現場の努力に対して、残念な結果になっていると考えられます。

厳しい言い方でまとめると、「運用でカバー」は「運用の見えない化」をもたらすものであり、安易に実施すると「運用業務価値の棄損」ひいては「評価されない運用現場」を生む。つまり、「運用でカバー」は自分たちの価値を下げる、と言えるのではないでしょうか。

次回は

第2回では、サービスの安定、業務負荷の平準化、運用に対する評価の適正化を実現するために、今回分析した問題点に対してどう解決の糸口を探していけばよいのかを探ります。さらに、そのために必要な、運用現場視点での「運用設計」の考え方や、各種の要素について解説していきます。

運用設計ラボ合同会社 / 日本UNIXユーザ会

ADSLキャリア/ISPにてネットワーク運用管理、監視設計を担当後、ASPにてサーバ構築運用、ミドルウェア運用設計/障害監視設計に従事。システム障害はなぜ起こるのか? を起点に運用設計の在り方に疑問を抱き、2009年夏より有志と共同で運用研究を開始し、2013年夏に運用設計ラボ合同会社を設立。日本UNIXユーザ会幹事(副会長)、Internet Week 2013プログラム委員、Internet Conference 2013実行委員など各種コミュニティ活動にも積極的に参加している。

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