クラウド時代の始まり

2009年9月9日(水)
丸山 不二夫

クラウドの前史

■はじめに

 前回(2009年9月2日)は「国内クラウド最新動向」を掲載しましたが、今回より「クラウド創世記」と題して、全3回の予定で連載をお送りします。

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 クラウドをめぐって、さまざまの議論が行われています。特に、エンタープライズでのクラウド利用をめぐっては、新しい製品の発表が相次ぎ、毎日のように新しい情報が飛び交っています。こうした「クラウド・バブル」とでも言えそうな状況には理由があります。クラウドがITの世界を大きく変えるだろうという予感が、皆をとらえ始めているからです。

 それは、もっともなことだと思いますが、クラウドのバズワード化には別の理由もあります。クラウドへの期待は、その反対側に、それによって従来のビジネスが成り立たなくなるという危機感を生み出しています。期待と不安がいり混じっていると、コンセプトが分かりにくくなるからです。

 この連載の第1回では、クラウドの時代は始まったばかりだという観点で、クラウドの胎動を歴史的に振り返ってみたいと思います。クラウドという大きな流れには本流があります。もちろん、傍流もあれば逆流もあります。今は、冷静に立ち止まって、何がクラウドを生み出したのか、何がクラウドの本流なのかを考える、ちょうどよい時期だと思います。

■基本的な視点

 最初に、筆者の基本的な視点を述べておきたいと思います。まず、クラウドの創世記には3つの画期があると考えています。

 第1期は、「インターネット・クラウド」の成立です。Googleの登場が、その画期をなします。Googleの上場は2004年のことです。

 第2期は、「インターネット・クラウド」からの「エンタープライズ・クラウド」の派生です。Amazonの商用クラウド・サービスの提供が、その画期をなします。Amazon EC2/S3のサービス開始は2006年です。

 第3期は、「エンタープライズ・クラウド」の自立です。MicrosoftのAzureの登場が、その画期をなします。2008年のことです。

■インターネットの普及とそのエンタープライズへの影響

 クラウドに歴史的に先行したのは、言うまでもなくインターネットの爆発的な普及です。前世紀の最後半90年代半ばに起きたこの動きは、瞬く間に世界に広がりました。

 20世紀末から21世紀の初めにかけて、インターネットの爆発的な普及の影響を強く受けて、IT技術のフラグシップであったエンタープライズのシステムでは、二つの大きな変化が進行します。

 一つは、「Webアプリケーション」の登場であり、もう一つは、それに少し遅れて登場した「Webサービス」です。この二つの技術は、ともに、インターネットのWebクライアント=WebブラウザーとWebサーバーを、汎用のクライアントと汎用のサーバーとして利用しようとする、インターネット起源の技術です。

 現在のエンタープライズ技術の中核が、このようにインターネットの強い影響のもとに生まれたものであることには、特別の注意が必要です。

 企業システムでのネット利用は、インターネット登場以前にも大きく進んでいたのですが、90年代のその主要な利用形態は、「サーバー・クライアント・モデル」でした。ただ、その時代には、そのネットワークのリーチを企業の外に伸ばすことはなかったのです。ネットワーク技術は企業内のイントラネットに閉じていました。

 しかし、インターネットの普及と、その技術的な影響を受けたエンタープライズ・システムのWebアプリケーションへの変化は、新しいビジネスの創出を可能としました。企業がたくさんの顧客とネットを通じて直接コンタクトすることが可能となったのです。

 こうした新しい市場を狙って、e-Commerceを中心に、新しいネット上のビジネスが続々と誕生し、ビジネス的にも大きな成功を収めました。Amazonの株式公開は1997年、eBayの株式公開は1998年、日本の楽天の株式上場は2000年のことです。

 同時に、企業のイントラネットで主要に利用されるエンタープライズの「基幹システム」での、Webアプリケーション技術、Webサービス技術の利用が、J2EEを中心に急速に進みました。ただ、企業にとって、企業内での情報の管理は重要なことですが、企業がそのビジネスの価値を実現するためには、企業の外部との情報・財貨・サービスの交換が不可欠です。企業内に閉じたシステムは、それだけでは価値を生み出しえないのです。

 基幹システムのサーバーサイド化、いわゆる3-Tier(3階層)モデルの広がりというのは、企業が、企業の外部とのインターフェースを、インターネットを通じて行おうというアーキテクチャと志向の一般化にほかなりません。こうして、企業の基幹システムは、インターネットへのアクセスの能力を獲得し、ネットの世界との太い接点を持つようになります。

「Webスケール」という概念

 インターネットの普及の中で、ネットワークに登場したのは企業だけではありません。ネットワーク上の個人をターゲットとするシステムは、当初、単に個人をネット上の消費者として見ていなかったと思います。

 ただ、PCのコモディティ化とネットワークの低価格化が進む中、無数の個人がインターネットの世界に主体的な情報発信者として登場するようになります。BlogやSNSなどの新しいネットワーク・メディアが生まれ、ネットワークのブロードバンド化と相まって、ネット上のサービスと情報は2002年以降、爆発的に増大を始めます。

 クラウド技術との関連で重要なことは、この時期に、「Webスケール」という規模感が形成され、多くの人に共有され始めたことです。「Webスケール」は、インターネットのグローバルな展開が初めて可能にした概念で、量的には、それまでの基準と比べるとけた違いに多数で、かつ、質的にはその数が絶え間なく増大しうるものです。

 エンタープライズのシステムが対象とする顧客がWebスケールであるとき、システムの「規模」の問題は、システムの構成に大きなインパクトを与えることになります。

 第1に、ビジネスの拡大につれて、システムの規模をいつも拡大することを考えないといけなくなります。システムの拡大というシステムの変更が日常化するわけです。

 第2に、3-Tierモデルは、Web層とビジネス・ロジック層を多重化することで比較的容易に規模拡大できるのですが、それもある程度までです。システム全体を通じてユニークなデータを保持する、多重化を許さないデータベース層が、システム全体のボトルネックになります。

 第3に、WebスケールのN個のデータと、同じくWebスケールのM個のデータをつき合わせる必要がある処理が生まれてきます。これらは、単なるWebスケールには収まらない処理です。

 Webスケールの顧客とWebスケールのデータは、Webスケールに対応できるシステムを必要とします。何よりも、Webスケールでのビジネスが、Webスケールのシステムを必要とします。

 クラウドをめぐる議論で、クラウド・サービスの提供者が、どのようなビジネスを狙っており、クラウド利用者がどのようなビジネス展開が可能になるかを考えるのは大事なことです。重要なのは、先行したクラウド・プレーヤーたちは、彼らのビジネスの目的を遂行する上で、彼らのシステムを必要としたということです。

 逆に言えば、ビジネスにそうした規模拡大のニーズが存在しなければ、クラウドを利用する必要はないのです。もっとも、クラウド利用には、コスト削減を中心に別のさまざまのメリットがありますので、ここであきらめる必要はありません。

昨年まで、20年間、北海道稚内に在住。元稚内北星学園大学学長。現在は、活動の拠点を東京に移して、様々のコミュニティ活動に参加している。早稲田大学客員教授。Cloud研究会代表。

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