ゲーム理論を用いたプロジェクト管理
ソフトウエア開発における「囚人のジレンマ」
同種のパッケージソフトを作るA社、B社を考えてください。両会社は同じ程度の品質の製品を同じようなサイクルでバージョンアップして出荷し、それぞれ一定の利益を得ています。
ここでA社、B社が新しいバージョンの製品を先取り出荷可能なチャンスを得たとします。そこで、A社は先取り出荷すべきかどうか判断する場合を考えてください。
B社がA社と同じレベルの製品を一定期間に出荷できなければA社のシェア拡大となり、A社は大幅な利益増となります。一方、B社が同じレベルの製品を出荷してくると、その後のバージョンアップ合戦によって開発費がかさみ、双方とも利益減となります。B社から見てもこの関係は同じであるとします。もちろん、今まで通りの出荷サイクルを繰り返せば、双方現在の利益が維持されます。
A社とB社は長年のライバル関係から同様の考え方を持っており同じような行動を取ることが多いとします。さて、A社は先取り出荷をすべきなのでしょうか?それとも現状の出荷サイクルを維持すべきなのでしょうか?
この問題は具体的な数字を入れて簡略化すると図3のようになります。この問題では2つの合理的な考えが存在します。
1つ目はB社が取りうるすべての場合において有利な戦略があるなら、それを選択するという考えです。この考えではA社は、B社がどちらの戦略を選択しようとも、先取り出荷をした方が得であることから、A社は先取り出荷を選択することになります。
2つ目は期待値の大きな戦略を選択するという考えです。この考えでは、A社は、長年の関係からB社も先取り出荷が可能な状態であると考え、双方先取り出荷となるかもしくは双方出荷サイクルの維持を取るかどちらにしろ同じ戦略を取る可能性が高いと考えます。その結果、2つで比べ得となる現状維持を選択することになります。
このように互いに矛盾する結果が合理的な判断から導かれるという意味でジレンマ(互いに矛盾した結論が2個以上存在する問題)となるわけです。ゲーム理論は囚人のジレンマに代表されるさまざまな「参加者の合理的な判断を検討し、自分の目的を達成するための最善を決定する」という行為の考え方に根拠を与える理論です。
つまり、ゲーム理論は必ずしも正しい戦略を決定できるものではないのですが、取るべき戦略を一定の考え方に基づいて決定できるという点に意味があります。
「共通業務の割り振り問題」の解決アプローチ
では、元のプロジェクト管理における課題のゲーム理論を用いた解決アプローチを説明しましょう。
この課題は結局のところ、各メンバーが共通業務に感じる価値を正確に申告するかどうかにかかっています。メンバーが正確に価値を申告しない理由は、評価がそのメンバーの共通業務への負担に直結するためです。
では、自らの感じる価値を正確に申告することが最適であるようにするためにはどうしたらよいでしょうか?この点を解決するための方法としてゲーム理論の概念から考え出された方法が「ヴィクレイ・オークション」です。
ヴィクレイ・オークションは、オークションの1スタイルであり「最高価格を付けた買い手が2番目に高かった付け値で購入する権利を得る」というルールです。このルールに基づく場合、価値を正しく申告することが最適になります。
なぜなら、仮に自分の価値より低い値を申告した場合は、落札できない可能性があり、高い値を申告した場合は、落札しても購入できる金額である2番目に高かった値が自らの評価より高い可能性があるからです。
つまり自らが感じる評価を価値として正しく申告することが最適となるわけです。共通業務への価値の申告についても、このルールを応用した方式を採用すればよいことになります。
今回、示した「囚人のジレンマ」「ヴィクレイ・オークション」は、ゲーム理論で説明できるケースのほんの一例です。ゲーム理論に興味を持った方はぜひ、以下にあげる参考文献を読んでみてください。
福澤 英弘『定量分析実践講座―ケースで学ぶ意思決定の手法』ファーストプレス(発行年:2007)
三浦 俊彦『論理パラドクス―論証力を磨く99問』二見書房(発行年:2002)
中山 幹夫『はじめてのゲーム理論』有斐閣(発行年:1997)
清水 武治『図解入門ビジネス ゲーム理論の基本と考え方がよーくわかる本―ケーススタディ・ビジネスゲーム理論入門』秀和システム(発行年:2006)