デジタルタイポグラフィの現在

2008年12月22日(月)
米倉 明男

エミグレとは

 1980年代、Macintoshの登場によって、グラフィック・デザインおよび、タイポグラフィに大きな変革が起きました。今で言われるDTP(デスクトップ・パブリッシング)の始まりです。DTPの普及によって、それまで手工業であったグラフィック・デザインを、誰でも1つのコンピューター上で作り上げることができるようになりました。

 DTPの登場は、書体デザインにも大きな影響を与えています。それ以前の書体デザインは、活字メーカーが、活字書体設計に特化したタイプ・デザイナーに依頼をして制作していました。しかしながら、同じくコンピューターの登場によって書体設計も特殊な領域ではなくなったのです。

 この時代から、専門職とされるタイプ・デザイナーではない、グラフィック・デザイナーが自由な風潮を持って、それぞれ独自性が強い個性的なデジタル書体をデザインするようになりました。また、それらのデザイナーズ書体が、グラフィック・デザインの中に多く登場することとなりました。

 そんな中、1985年、グラフィック・デザイン誌「Emigre(エミグレ)」が創刊されました。エミグレはアバンギャルドで斬新なデザインと、オリジナルのデザイナー書体を駆使し、当時のグラフィック・デザイン界で一躍脚光を浴びることとなりました。それまでの代表的なローマン体や、サン・セリフ体といった印刷用活字書体が、主に可読性、視認性に重点を置いて、文章の読みやすさを追求していたのに対し、エミグレ誌で発表されたデザイナーズ書体たちは、誘目性(視覚的に誘い目立つ)に特化した書体でした。

 エミグレ(http://www.emigre.com/)とは、アメリカ西海岸のデザイン・スタジオです。旧チェコスロバキア出身の女性デザイナーズザーナ・リッコ(Zuzana Licko)と、オランダ出身のルディ・バンダーランスによって作られました。お互いに祖国を離れ活躍する彼らはともに外国人という意味を持つEmmigration(移民)の名前からこのネーミングをつけました。

 エミグレの活動は、グラフィック・デザインおよびタイポグラフィ誌として、1985年の創刊から2005年の終巻となる69号まで発表しました。同時に誌面で発表した斬新なデジタル活字書体を販売するフォント・ファウンダリーとしての存在もありました。

ズザーナ・リッコのアバンギャルドな書体

 エミグレのズザーナ・リッコが、1980年代初期に発表した代表的な活字書体には、「Matrix(マトリックス)」「Modula Sans(モジューラ・サン)」「Citizen(シチズン)」などがあります(図1-1)。

 マトリックスは、コンピューターのメモリを軽減させるために、複雑なラインをそぎ落としたローマン体です。モジューラ・サンは、セットウィドス(文字の横幅)が極端に狭く設計された書体です。シチズンはサン・セリフ体の曲線のストーク部を折れ線でつなぐことで、多角形の様な表現を行っています。いずれも発表から20年以上たった今でも、モダンな印象を感じさせる書体と言えるでしょう。

 また、ズザーナ・リッコは、低解像度書体へのこだわりが強く、「Lo-Res(ロウ・レゾ)」というテーマでビットマップ書体「Emigre(エミグレ)」も1985年に発表しました(図1-2)。

 現在の、デジタル書体では、携帯端末を含むのメディアの多様化から、データ量が少なく低解像度の画面でも認識しやすいビットマップ・フォントは不可欠な存在とも言えます。その先駆けとしてエミグレはすでに時代を先読みしていたのかもしれません。

Webデザイナー。印刷会社、Web制作会社などのデザイナー/ディレクターを経て、2007年からフリーランスとして活動。デジタルハリウッド講師。http://www.morethanwords.jp

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