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TOMOYO Linuxメインラインへの挑戦
第2回:海外での講演、そして新たなチャレンジへ 話者:NTTデータ  原田 季栄、半田 哲夫、武田 健太郎   2007/9/25

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帰国後〜OLSとBOFを振り返って

— このWikiのページは大変詳細な内容ですが、それには何か理由があるのですか?

原田氏:OLSから戻り、プロジェクトにとって、また自分にとってOLSはどのような意味があったのかということを考えてみたいと思いました。また、考えたことやそこで行われた議論を他の人たちと共有すべきだとも思いました。1つ1つのことを振り返りながら、それを文章にすることにより確認していった結果がこのWikiページです。こんなに長くなるとは思っていませんでした。
— BOFセッションの終了後にも交流があったようですね。
原田氏:発表を終えてなんとなく残っていたら、SELinuxの開発者としてこの上なく有名なStephen Smalleyが近寄ってきて「君たち、この後時間があればもっと話をしない?」と話しかけてきました。

まさか、あのStephenがわざわざTOMOYO LinuxのBOFに来てくれるとは思いませんでしたし、議論をしようといってくれるとは、もうびっくり仰天です。とりあえず一生の記念に記念撮影させてもらいました(笑)。

BOF終了後、Stephen Smalleryと記念撮影
図7:BOF終了後、Stephen Smalleryと記念撮影

Stephenとはこの後宿泊していたLes Suitesのホテルに移動して、2時間近く話をしました。また、日本にいたときにNOKIAの携帯電話のエンジニアの方から「TOMOYO Linuxについて興味がある」とメールをもらっていたので、オタワの会場で待ち合わせてデモと意見交換を行いました。それらの内容についてもTOMOYO LinuxのWikiページに記述しているので、ぜひご覧いただければと思います。

Closing ReceptionでAppArmorのSeth Arnoldと
図8:Closing ReceptionでAppArmorのSeth Arnoldと

— 英語での発表についてエピソードがあれば
原田氏:日本人として海外で発表する場合、どうしても言葉の部分がネックになります。しかし今回の会議では、聞く側のほうは90%以上聞き取れている実感がありました。Twenty FourやPrison Breakを見ていたせいかもしれません(笑)。話すほうは聞くのと同じわけにはいきませんが、身振り手振りを交えて伝えたいことは伝えられたと思います。

今回のBOFは私が発表を行ったので、質疑についても一度私が聞く形になりました。内容により半田氏や武田氏に相談しながら回答しましたが、そこで少しぎくしゃくしてしまいました。最初から開発メンバーが行うほうが良かったかもしれません。ただ、質疑対応は発表以上に英語力と場慣れが必要です。

— OLSとBOFの発表を振り返ってみてどうお考えになりますか?
原田氏:発表を終わって特に大きなミスはしなかったと思いましたが、結果については自分ではあまりよくわかりません。吉岡氏をはじめ、他の参加者の方々から「お疲れ様」という言葉をかけてもらいながら、ただ「ああ、無事に終わったんだな」とだけ感じていました。今回のOLSはあんまり参加した気がしなかったので、今度は発表者としてではなく是非また来たいです(笑)。

帰国後、CELFのJamboreeでTOMOYO Linux以外も含めて日本からOLSに参加したメンバーの報告会がありました。その際にCELFのメンバーの方から「TOMOYO LinuxのBOFは大成功で、デモも有効であった」という感想を聞かせていただき大変うれしく思いました。上田氏からは後日談としてJamboreeでTOMOYO Linuxの紹介を依頼した経緯が披露されました。

なんと「電車で帰宅途中、たまたま御社の執行役員の方と乗り合わせたのでお願いしたところご快諾いただけました」とのことでした。それがなければ少なくともELCには行っていないわけで、不思議な巡り合わせを感じました。

— OLSを終えて、メインライン化への手ごたえと見込みは?
原田氏:LKMLへの投稿とOLSでの発表を終え、改めてメインライン化の難しさを感じています。彼らは決してクローズドではないのですが、同じ土俵におりてきて話をするという状況をつくることが非常に困難です。

パス名方式であることによる課題についても、TOMOYO Linuxではこれまでそれなりに検討し対策を行っているのですが、なかなかそのレベルの議論に入れないところがあると感じています。その1つの要因としてあきらかなのが英語によるコミュニケーションですが、それだけではありません。

また、すでにSELinuxという「標準」が存在していること、AppArmorの後発のパス名方式である、という構図は発表前も今も何も変わっていません。AppArmorは一年以上提案活動を行っていますが、TOMOYO Linuxはどうなることか……。デビューはしたけれど「これから」です。「見込み」については、Linux Foundationで「Linux Weather Forecast(Linux天気予報)」と題するおもしろいWebページを公開しています。内容はメインライン化提案の採用見込みで、セキュリティ以外のものも含まれています。


— デモを担当された半田さんと武田さんのご感想はいかがでしたか?
半田氏:4月の頃は「すぐにLKMLの人たちにTOMOYO Linuxを試してもらい、オタワではパス名ベースの是非を議論することになる」と思っていました。しかしELCの後には「オタワでの時間は短いので、パス名ベースの是非の議論は予め終わらせておきたい」と考えるようになっていました。

デモセッションを担当した武田氏と半田氏
図8:デモセッションを担当した武田氏と半田氏

しかし、LSMへの対応を行ったことでLKMLに投稿するのが大幅に遅れてしまい、またAppArmorのスレッドでパス名ベースの是非はすでに出尽くしてしまったことから、期せずしてオタワではTOMOYO Linuxの紹介に専念することになったという感じです。

パス名ベースの是非で時間を浪費される事態は避けられましたが、TOMOYO Linuxの本質が充分に伝わったかどうかはまだわかりません。

事前情報交換会で会場の様子をみせてもらった時から、これはお祭りなんだなと思いました。実際、対立するような場面はなく、笑いも絶えませんでした。英語で喋るほうは大体事前に考えていた通りですが、聞く方はみんな早口で聞き取れませんでした。聞き取れないのが原因でウケ狙いのところで笑えないのはちょっと寂しいです。

武田氏:OLS参加前と参加後で一番変わったのは、Linuxカーネルコミュニティへのイメージです。LKMLに投げるというのは大変敷居の高い作業ですが、実際のカーネルメンテナの顔を知り、話をするという経験により、その敷居は大きく下がったように感じています。

「オタワに集まる人に、少なくとも敵はいない」という言葉をどこかで聞きましたが、実際その通りで、行く前に抱いていた「SELinux陣営にボコボコにされるのではないか(笑)」という懸念はいい意味で裏切られました。

「Linuxを良くしていこう」という意識を共有したゆるい集まりであるLinuxカーネルコミュニティに、TOMOYO Linuxという国産ソフトウェアを通じて何らかの貢献ができれば、と考えながら今は開発を行っています。


TOMOYO Linuxの新たな挑戦

— 最後に、今後のTOMOYO Linuxが目指すことについてお聞かせください。
原田氏:ELC、OLSへの参加を通じ、Linuxカーネルの開発プロジェクトの終わりはメインライン以外にないということを知りました。それはやや大げさですが一種の悟りにも近いものです。

Linuxを使う、改造することはとても容易です。誰でもすぐにできます。でも、その成果をLinuxに返すことはまったくもって容易ではありません。返すためには、まず自分達が作ったもの、やったことの意味を整理しなければなりません。

整理した結果、考えが変わったり、形が変わることがあるでしょう。これは閉じた開発ではなかなか起こらないことです。TOMOYO Linuxでは今まさにこの変化を経験しています。つい先日、8月24日に2度目のLKML提案を行いましたが、2度の提案とそのフィードバックを考慮して、まったく新しい形での提案を行うことを考えています。

返すためにもう1つ重要な作業は「伝える」ということです。ただ「良いものだから」とか「貢献したい」というだけでは決してメインラインには受け入れられません。その価値、意義が最大の判断基準であり、全力でそれを伝え、証明しなければなりません。つまり、返すということには、自分達の考えや作業成果を立証するという意味があります。

話がそれましたが、メインライン化を含めて今プロジェクトが目指していることは、つまるところTOMOYO Linuxという価値を多くの人々に活用してもらうということであり、その状態を実現するということです。TOMOYO Linuxは、TimがELCでつけてくれた副題通り、組み込み機器からPCまで使いこなせるシステムセキュリティを実現しています。それをただ「できる」ではなく、実際に活用してもらいたいと思っています。

メインライン化には長い時間がかかるでしょう。実際、AppArmorもすでに1年以上提案をしているわけです。メインライン化を待たず安心して利用していただけるようにするために、現在1.5というバージョンのリリースの準備をしています。1.5はTOMOYO Linuxの開発協力者に応募いただいた方々からのフィードバックを反映したもので、ディレクトリや設定ファイルの名前などが変わっています。互換性が途絶えていますが、内容は確実によくなっています。1.5は安定性と互換性を重視しますので、これまでのユーザの方もこれからTOMOYO Linuxを試してみようとされている方も1人でも多くの方々にご利用いただければと思います。

— ありがとうございました。
株式会社NTTデータ  原田 季栄

株式会社NTTデータ
原田 季栄

1985年北海道大学工学部応用物理学科卒。同年NTTに入社し、現在はNTTデータ技術開発本部に勤務。2003年よりオープンソースの研究開発に従事し、シンクライアント、Linuxのセキュリティ強化に取り組む。「使いこなせて安全」を目指すセキュアOSとして知られる国産セキュアOS、TOMOYO Linuxのプロジェクトマネージャ。


NTTデータ先端技術株式会社
半田 哲夫

2001年4月にNTTデータカスタマサービス株式会社に入社して半年後、OJTのためにNTTデータ技術開発本部へ派遣され、Linuxと出会う。2003年度から原田氏と共にTOMOYO Linuxの研究開発を続けている。

NTTデータ先端技術株式会社  半田 哲夫
株式会社NTTデータ  武田 健太郎

株式会社NTTデータ
武田 健太郎

平成18年よりTOMOYO Linuxプロジェクトに参加。TOMOYO Linuxのプロモーション活動と、Linux標準セキュリティフレームワークであるLSMに対応したTOMOYO Linux 2.0系統の開発を主に行っている。


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