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Ajax時代到来
Ajaxではじまるサービス活用

第4回:Windows Liveで見せるMicrosoftの懐の深さ

著者:ピーデー  川俣 晶   2007/3/12
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Ajaxが1998年に目覚めなかった理由とは

   その理由について「当時は回線が細かったから」といった苦しい回答がなされることが多い。しかし、それはもっともなようで、まったく筋が通らない理由である。

   データの転送量を減らし、細い回線でもより快適に利用可能とする、というAjaxの使い方は実際に存在し、特にモバイルAjaxの世界では重要なポイントになっているからである。

   では、1998年にAjaxが流行らなかった真の理由とは何だろうか。それは、1998年時点での(まだAjaxと名付けられていない)Ajax技術とは、Microsoftという営利企業が独自に提供する「Microsoft独自技術」であったからだ。それはこの時代、すでににはじまっていたMicrosoftバッシングの渦に、Ajaxも飲み込まれたことを意味する。Microsoftはすべて悪であり、使うなという主張に巻き込まれたわけである。

   だが、利用者に使い勝手の良いサイトを提供するための技術なのにもかかわらず、1企業がバッシングされた程度で消えてしまうのだろうか。例えば、ライバル企業が同様の技術を提供することで、普及することはなかったのだろうか。

   その答は簡単である。Webブラウザ戦争におけるMicrosoftのライバル企業となるネットスケープコミュニケーションズには、それを行うだけの体力が残っていなかったのである。そもそも、Ajaxの基礎技術の1つとなるDynamic HTMLを世に送りだし、Webブラウザがプラットフォームとなるという概念を提唱したのはネットスケープコミュニケーションズである。それにもかかわらず、その概念を実際のWebブラウザの形に作り上げることには失敗してしまったのだ。

   ちなみに、ネットスケープコミュニケーションズからWebブラウザ「Netscape Navigator」のソースコードを譲り受けたオープンソース界は、「Mozilla Application Suite」として開発を継続したが上手く行かず、2005年3月10日に終了が宣言された。現在幅広く使われているのは、さらにそこから派生したMozilla Firefoxである。Mozilla Firefoxの出現によって、MicrosoftのライバルはようやくAjax水準のプラットフォームとして舞台に上がることができたといえるだろう。

   つまり、Ajaxブームの到来とは、Mozilla Firefoxの出現によって遅れてやってきた「20世紀最後の夢」であるというのが筆者の感想である。

   さて、ここまでの話は実は本題ではない。

   Internet Explorer 4.0がリリースされた1997年9月からMozilla Firefox 1.0がリリースされた2004年11月まで、約7年もの期間が経過している。当初は、Webブラウザの機能強化を熱心に行っていたMicrosoftも、Microsoft独自機能というだけで避けられる事態が続くうちに熱意を失っていったようにもみえる。

   そして、いつの間にかMicrosoft自身も自分が作り出したWeb技術体系を忘れ去ってしまったかのような状況となった。実際、21世紀に入ってからのMicrosoftのWeb技術体系は、クライアント側の処理をほとんど含まないASP.NETを中心に構築されていると考えられる。

   つまり、Microsoftから見れば、自分が作ったことをすっかり忘れていた技術によってGoogleに脅かされるという寝耳に水の出来事だったのではないだろうか。思わぬピンチであると同時に、その武器が自家製であることにより倍加された驚きがそこにはありそうだ。

   その驚きをテコに、Microsoftは何をしようとしているのかをみていこう。

独自技術は善か悪か

   まず、誤解されることが多い独自技術の善悪について見てみよう。

   これには2つの側面がある。

   第1の側面は、不特定多数の相手との通信を行うケースである。この場合、標準技術を正しく遵守することは必須条件となる。通信の相手が誰であり、どのようなハードウェアやソフトウェアを使っているのか事前にわからないのであれば、通信が成立する根拠となる拠り所は標準への適合性にしか求められない。

   例えば「正しいHTMLを書きましょう!」という主張は、不特定多数の読者に向けてコンテンツを無制限に公開する際のトラブル回避という意味で、大いに意義のある主張である。

   だが、これとは別の側面があることに注意を払わねばならない。それは、ニーズを満たせない標準を遵守しても喜ぶ人は誰もいないということである。

   例えばWebブラウザをプラットフォームにしたいというニーズを受け、ネットスケープコミュニケーションズはDynamic HTMLを生み出した。今でこそJavaScriptやDOMは標準として整備されているが、生まれた時点でこれらは独自技術そのものである。独自技術であっても、それは実装される意義があったのである。

   さらに、標準化されたDOM(特に初期のLevel-1 DOM)は非力であり、これだけあっても到底ニーズを満たせるとはいい難いものであった。その結果として、必要な機能を独自技術として追加していくことは一概に悪とはいえないだろう(なお余談だが、筆者がXMLプログラミングを行う際、標準DOMに限定したコーディングを行うことは悪夢そのものである。Microsoftによって独自拡張された機能のおかげでコーディングの労力は下がり、ソースコードの見通しも良くなっている)。

   そして、Microsoftとは標準よりもニーズを大切にする企業である。

   ニーズを満たすために生まれた独自技術は、それが本当にニーズを満たすものであれば、自然に普及していくだろう。普及したものは、それを標準として追認していけば良い。すでに普及した技術と相容れない別の技術を強引に標準として普及させようとしても、一般の利用者が迷惑するだけである。

   そのように考えたとき「独自技術は悪である」という主張が成立しない状況が生じる。すでに普及し、ニーズを満たしているものを強制的に入れ替えさせようとする試みの方が、たとえそれが「標準」であろうとも、よほど迷惑である。

   このような観点を持つことは、MicrosoftのAjax戦略を見ていく上で大きな意味を持つ。なぜなら、MicrosoftのAjax戦略を支える技術の大多数は独自技術ではあるが、それが「悪」とは断じられないからである。

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株式会社ピーデー 川俣 晶
著者プロフィール
株式会社ピーデー   川俣 晶
株式会社ピーデー代表取締役、日本XMLユーザーグループ代表、Microsoft Most Valuable Professional(MVP)、Visual Developer - Visual Basic。マイクロソフト株式会社にてWindows 3.0の日本語化などの作業を行った後、技術解説家に。Java、Linuxなどにもいち早く着目して活用。現在はC#で開発を行い、現在の注目技術はAjaxとXMLデータベース。


INDEX
第4回:Windows Liveで見せるMicrosoftの懐の深さ
  Ajaxの生みの親は誰か
Ajaxが1998年に目覚めなかった理由とは
  Microsoftの2本の柱
  技術面から見たAjax戦略