月刊Linux Foundationウォッチ 62

「AIを導く」のはオープンソース ー実証に基づいた明確な解を示したレポート「ソブリンAIの現状」を公開

吉田 行男

11月28日 6:30

こんにちは、吉田です。今回は、Futurewei、LF AI & Data、LF Researchが世界各国におけるソブリンAI(外部依存を最小限に抑えたAI開発)の現状を調査するために提携し、この分野における専門家の見解や組織の取り組みをまとめたレポート「ソブリンAIの現状」を紹介します。

【参照】ソブリンAIの現状 日本語版を公開
https://www.linuxfoundation.jp/publications/2025/10/state-of-sovereign-ai-jp/

このレポートは、233人の回答者を対象としたグローバル調査と業界リーダーの知見に基づき、ソブリンAIの現状と、その実現におけるオープンソースと国際協力の役割を分析しています。多くの組織がAI開発を第3者に委託し、技術的自律性や戦略的統制の問題を見過ごしがちだったAI導入初期段階から、現在ではこのソブリンAIという取り組みでデータ主権、国家安全保障、経済競争力、文化的整合性に関するリスクに対処するため、外部の技術プロバイダーや地政学的制約から独立して運用可能な国内管理下のAIを開発することを目指しています。

ソブリンAIの戦略的意義と動機

まず、このソブリンAIについて79%が「価値ある戦略的優先事項」と認識しており、特に国家レベル(66%)と組織レベル(47%)で重視されています 。

すでに多くの組織ではソブリンAIに向けた第一ステップとしてAIモデルのカスタマイズが進められており、これらのカスタマイズの多くがオープンソースのフレームワーク、ツール、基盤モデルをベースに作られていますが、現状で82%の組織がすでにカスタムAIソリューションを開発しています。これらのカスタマイズは米国や大規模組織で顕著になっていますが、その他の地域やすべての規模の組織で高い傾向を示しています。

カスタマイズの主な推進要因は「AI 能力と知的財産(IP)の管理権の維持」(57%)で、これは組織がAIを単なる生産性向上ツールではなく中核的戦略資産と捉えていることを示しています。2番目に高い動機である「市販ソリューションでは満たされない独自の要件への対応」(49%)は、複雑な組織的ニーズを満たす上で汎用化されたAIの限界を露呈しています。また「セキュリティ/主権要件のため」(41%)と「競争優位性の獲得のため」(37%)が比較的上位なのは、組織がAIカスタマイズを通じて保護的な戦略やプロアクティブな戦略への対応を同時に実現している実態を示しています。

オープンソースの重要な役割

ソブリンAIとオープンソースの関係は、どのように考えられているのでしょうか。今回の調査では、オープンソースはソブリンAIの基盤であり、回答者の90%が「不可欠」または「非常に重要」と回答しています。

では、オープンソースはソブリンAIの実現に当たって、どのような役割を果たしているのでしょうか。図10にあるように「モデルの重みやアーキテクチャへのアクセス性」が84%の首位であり、これらの要素がモデル動作の理解と制御に不可欠であると認識されていることを示しています。

自組織で採用されているオープンソースAI技術に関する回答が図9に示されています。AIおよび機械学習開発フレームワークではモデルの構築、トレーニング、微調整のための基盤ソフトウェアが提供されており、多くの回答者がそれに言及しています。このカテゴリーではディープラーニングフレームワークが主流で、PyTorchが71%の採用率でトップであり、その人気を反映しています。

しかしながら、ソブリンAIにおけるオープンソース活用には課題もあります。このレポートでは「データ品質と入手のしやすさ」がボトルネックとして挙げられています。データセットは専有物である場合が多く、機密性が高い場合や作成・管理に多額の費用がかかる場合があるためです。

これ以外にもグローバルAI連携について記述されていますが、本稿では割愛します。

主な提言

本レポートの最後に、ソブリンAIを成功させるための戦略的行動が推奨されています。

  1. オープンソースAIインフラへの投資
    ソブリンAIの基盤として、オープンソースAIフレームワーク、モデル、ツールへの貢献や採用を優先し、それらに投資する必要があります。
  2. 教育を通じたソブリンAI人材の育成
    包括的なAI教育プログラムへの投資、既存人材のアップスキリング、オープンソースAI技術とガバナンスに特化した専門トレーニングの創出により、深刻なスキル不足に対処する必要があります。
  3. コミュニティ主導のガバナンスフレームワークの確立
    トップダウン型の制度的統制のみに依存するのではなく、主権を維持しつつ共同開発を可能にするオープンソース財団やコミュニティ主導のガバナンスモデルを支援すべきです。
  4. 共有基準とプロトコルの創出
    業界で協力し、新たな依存関係を生じさせることなくソブリンAIシステムが相互運用できるオープンな技術基準を開発する必要があります。
  5. データ品質と可用性の課題への対応
    本レポートで指摘されているデータ品質の問題を克服するため、オープンデータイニチアチブ、データ共有コンソーシアム、コミュニティ主導のアノテーションを通じた高品質で多様なデータセット作成に向けたコラボレーションがコミュニティに求められています。
  6. 戦略的な国際協力の促進
    政府は正当な安全保障リスクに対処しつつ、グローバルなAI協力ができるように外交・政策枠組みを確立すべきで、適切な安全対策を行いつつ、全ての参加者に利益をもたらす民間研究、学術連携、共有インフラ構想にフォーカスすべきでしょう。

このように、ソブリンAI(外部依存を最小限に抑えたAI開発)の重要性が理解され、すでに開発が進められていますが、今後もこのような傾向は進んで行くでしょう。ぜひ皆さんも本レポートの全文を読み、ソブリンAIの重要性を理解していただければと思います。

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