【ネットワーク教習所】
ニューラルネットワークの可能性
第3回:パルスニューロンモデルとは?
著者:名古屋工業大学大学院工学研究科 岩田 彰
公開日:2008/03/19(水)
ニューロンとニューラルネットワーク
第3回の今回は、ハードウェア化に適したパルスニューロンモデルについて解説していく。まずはニューラルネットワークの原理を理解を深める意味で、脳の神経細胞(ニューロン)について紹介する。
人間の脳の神経細胞(ニューロン)は、140億(1.4x10の10乗)個程度あると言われている。図1に示すように、1つの神経細胞は「細胞体」「樹状突起」「軸索」「シナプス」という部分から構成される。細胞体の大きさは数十マイクロメートル程度であるが、軸索は隣接する神経細胞に接続するため、数ミリメートルから数メートルに及ぶ。樹状突起と細胞体は入力信号を受け取り、細胞体はそれらの信号を加算して神経インパルスを生成し、軸索は神経インパルスを運ぶ。
軸索の先端は、隣接する神経細胞の樹状突起と接しており、シナプスを形成している。1つの神経細胞は15,000(1.5x10の4乗)個から30,000(3x10の4乗)個ものシナプスを持っている。このシナプスによって各神経細胞は結びついて、神経回路網(ニューラルネットワーク)を形成している。シナプスの総数は100兆(10の14乗)個にもなる。
神経細胞はそれをとりまく細胞外液との間に、膜電位と呼ばれる電位差をもっている。膜電位は細胞外液の方を0ボルトとした時の電位であり、この膜電位は安静時-70ミリボルトぐらいを保っている。シナプスで入力信号が加わると細胞膜を通してイオンの出入りが起こる。すると、局所膜電位が瞬間的に上昇(抑制性シナプスでは減少)するが、指数関数的に次第に安静時電位に戻っていく。
多数のシナプスからの入力信号によって、多数の局所膜電位が加算され細胞体全体の膜電位として上昇し、しきい値を超えると膜電位は瞬間的に0ボルトを越え、+50ミリボルト程度になる。この状態を神経細胞が発火したという。発火して上昇した膜電位は1ミリ秒程度で安静時電位-70ミリボルトに復帰する。この結果、時間幅1ミリ秒程度のインパルス状の電位変化が発生する。この瞬間的な電位変化を神経インパルスと言い、これが軸索を通じて高速に伝達され、シナプスにおいて他の神経細胞の樹状突起や細胞体に再び電位上昇をもたらすのである。
シナプスの可塑性
シナプスにおいて、軸索の先端と隣接する神経細胞の樹状突起との間隙は20ナノメートル程度で接している。シナプスでは次のような手順で神経インパルスが伝達される。
まず、軸索を神経インパルスが伝わり、末端にあるシナプス小胞に到達する。次に、シナプス小胞から神経伝達物質が放出される。放出された神経伝達物質はシナプス間隙を拡散し、相対する神経細胞の樹状突起にある受容体に結合する。そして細胞膜の電位差が上昇する。
シナプスにおける電位伝達の強さ(情報伝達効率)は、経験や学習によって変化する。その変化には、「シナプスの膨張とシナプス後膜の受容面の拡大(形状変化)」「神経伝達物質の割合や放出量の変化」「シナプス間隙の間隔変化」「新しいシナプスの形成(シナプス発芽)」「シナプスの消滅」「ニューロンの死滅」などがある。
人間は毎日このような神経回路網の変化を繰り返しながら学習や記憶を行い、成長している。神経回路網の変化は少しずつではあるが着実に行われる。神経回路網のこのような変化を可塑性(かそせい:粘土のように押したらそのまま痕跡がのこるような性質)という。経験や学習という外的刺激によって毎日神経回路網は成長している。正しい刺激を繰り返し与えることで神経回路網は着実に成長するのであり、これが脳を鍛えるということと言ってもよい。 次のページ