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【バグ管理の作法】エンピリカルソフトウェア工学に触れる

【バグ管理の作法】
エンピリカルソフトウェア工学に触れる

第2回:開発者の実務を軽減するエンピリカルアプローチ

著者:奈良先端科学技術大学院大学 松本 健一

公開日:2007/12/12(水)

開発者のためのエンピリカルアプローチの実例

今年10月31日〜11月2日に富山で開催されたソフトウェアプロセス改善カンファレンス2007(SPI Japan 2007)で発表された「メトリクス活用による現場のプロセス改善〜バグ対応工数の削減事例〜」(川崎 雅弘:パナソニック アドバンストテクノロジー株式会社)の事例を紹介しよう。この事例は、エンピリカルなアプローチが開発者に大きな恩恵をもたらすものとして、非常に興味深いものだ。

バグ対応工数の削減事例(パナソニックアドバンストテクノロジー株式会社)

この事例では、日々バグの対応に追われ、その改善に取り組む余裕がないまま、慢性的な工数不足という負のスパイラルに陥っていた。この開発組織において、工数不足の原因を特定し、その改善策を考案し、成果を上げたというものだ。その原因の特定と成果の評価にソフトウェア開発の現状をあらわす実績データが用いられている。

具体的には、まずバグ対応に個人差が大きく無駄も多いのではないかという推測の正しさを確かめるため、バグ対応工数、開発者間でのバグ対応移管状況、などのデータを「数日間」だけ収集した。

収集データを分析すると、平均バグ対応時間は22時間/件であった。また対応時間の個人差が大きく、特に若手開発者が長期間バグ対応に苦慮していることがわかった。さらに約40%のバグが、結果的にソフトウェアの他のパートを担当する開発者に移管されているといった事実が確認された。

そこでバグ対応作業を5つのフェーズに分け、各フェーズの作業時間の上限を2時間とし、それを超える場合は開発リーダーにすぐに報告、相談するといった体制の変更が行われたという。

結果は劇的なものであった。平均バグ対応時間は22時間から7.1時間に短縮され、開発工数は全体で10%減少し、何よりも開発者の残業時間が2/3以下になったのである。開発者はわずかな取り組みで大きな効果を実感し、新たな改善へとトライするようになっているとして報告は締めくくられている。

バグ対応工数の削減事例(パナソニックアドバンストテクノロジー株式会社)
バグ対応工数の削減事例(パナソニックアドバンストテクノロジー株式会社)
(画像をクリックすると別ウィンドウに拡大図を表示します)

この事例でもう1つ注目すべきは、「実績データを数日間だけ収集した」という点だ。実績データや実証データの収集を、ソフトウェア開発全般にわたって行うと、開発費(開発工数)を数%から多い場合には20%ぐらい押し上げるといわれている。

ある企業の方から、「そんなに費用や工数がかかると利益が吹っ飛んでしまう。エンピリカルアプローチは興味深いが現実に行うのは難しい」といわれたことがある。そしてなによりも、データ収集という余計な作業を科せられる開発者の協力が得られず、結果として信頼性の高いデータが収集できないという、誰にとってうれしくない事態となりがちなことは確かだ。

しかし、この事例のように期間限定であれば、開発費の上昇はそれほど大きくなく、開発者の協力も得られやすい。結果として、信頼性の高い詳細なデータを得ることが可能なのである。

このようにエンピリカルアプローチは、開発者にも恩恵をもたらすものであることをおわかりいただけたであろうか。

さて今回の最後に、データからソフトウェア開発の状況を紹介し、エンピリカルアプローチの現在の状況をまとめていこう。 次のページ




奈良先端科学技術大学院大学 松本 健一
著者プロフィール
著者:奈良先端科学技術大学院大学 松本 健一
1989年5月大阪大学・基礎工学部・情報工学科・助手、1993年4月に奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科・助教授、2001年4月から同大学教授。ソフトウェア工学、特に、ソフトウェアメトリクスの研究に従事。2007年8月から、ソフトウェアタグの研究開発を目的とした文部科学省STAGEプロジェクト研究代表者。
http://se.naist.jp/
http://www.empirical.jp/


INDEX
第2回:開発者の実務を軽減するエンピリカルアプローチ
  「産」の視点〜プロジェクトマネジメントへの効果
開発者のためのエンピリカルアプローチの実例
  ソフトウェア開発プロジェクト成功率