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  インタビュー

「会社にUXデザインの文化を根づかせたい」DMM.comラボUXチームの取り組み

2016年11月7日(月)
羽山 祥樹 (はやま よしき)

ユーザーエクスペリエンス(以下UX)という言葉が普及するにつれ、社内でもUXデザインに取り組みたい、という企業が増えている。

ただ、UXデザインを、社内の既存の組織にうまく融和させていくには、工夫が必要だ。

株式会社DMM.comラボで、UXデザインの社内への導入を推進している井上 誠さんと、源 賢司さん(ともにHCD-Net認定人間中心設計専門家)に話を聞いた。

株式会社DMM.comラボの開発拠点は、東京と石川にあるのですよね。

井上:自分は、デザイン部門の、東京側のマネージャーと、UXチームの東京側のリーダーを兼任しています。業務も、デザイン部全体のマネジメントとUXチームの兼任です。割合はUXチームが7割くらいで、デザイン部のマネージャーが3割くらいのバランスです。

東京デザイン部マネージャー/UXデザイナーの井上氏(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)

:私は、UXチームの石川側を担当しています。既存事業の改善や、新規事業の立案のためのユーザー調査に携わっています。あとは、UXデザインの経験を活かして、とくに新卒採用活動などにも関わっています。

デザイン部/UXデザイナーの源氏(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)

UXチームの人員構成は、東京と石川で、どうなっているのですか。

井上:東京は5名です。

:石川は2名です。ただし、仕事内容は、東京も石川も、ほとんど変わりません。あとは、石川側に開発の主体があるサービスの場合は、担当のデザイナーも石川にいるので、現場の合意形成も石川で請け負ったほうがやりやすいことがあります。また、石川と東京のスタッフが合同で対応することもあります。

デザイナー自体は今、全体で何人ぐらいいるのですか。

井上:東京、石川含めて140名ぐらいです。東京は立ち上げて4年目ですが、最初は、担当役員と自分のふたりだったのが、80人まで増えました。

UXチーム自体はどのような経緯でできたのですか。

井上:もともとUXデザインへの取り組みは、源と2人で、ゲリラ的な、野良の活動からはじまりました。3~4年くらい前です。

UXチームとして整ってからは、まだ1年ほどです。デザインの担当役員が、UXの価値を理解してくれていて、ユーザーを見る文化を根づかせていきたい、という思いを持っています。その後押しがあって、UXチームとして動くことになりました。

:野良の活動も、限界がありますからね。個人で対応すると活動範囲も決裁の範囲も狭い。

井上:チームになることで、調査の依頼が来ても、しっかり受ける体制ができました。ようやく、業務として自走していけるようになってきました。

日常的には、どういうお仕事をされていらっしゃるのですか。

井上:まず、組織形態をお話すると、事業部という縦串の部門があります。それに対して、デザイン部は全社を横断する、横串の部門です。

そして、デザイン部から各事業部へ、デザイナーをアサインしています。そのため、各事業部に固定で所属しているデザイナーが大半です。

ただし、たとえばUXデザインのような新しい価値観は、UXチームという別チームをデザイン部内に作っています。

UXチームに対して、事業部のデザイナーやディレクターから依頼をもらいます。事業部のデザイナーから相談を受ける場合もあれば、そのプロジェクトを仕切るディレクターから来るケースもあります。そして、組織横断的に現場に入って、支援をしていきます。

業務としては、ユーザビリティテストや、ユーザーインタビューといった、調査の依頼がいちばん多いです。

社内の、UXデザインへの啓発は、どのようにされているのですか。

井上:今、考えているのは、事業部のデザイナーにUXデザインのスキルを伝えて、簡単なユーザビリティテストは現場で回せるようにしたい、ということです。

事業部自身で回せるようにしよう、というのは、なぜですか。

井上:我々UXチームとしては「会社にUXデザインの文化を根づかせること」がミッションと考えているからです。

UXデザインのスキルを、UXチームのなかに留めないで、どんどん社内に還元をする。

そうしていくことで、みんながユーザビリティテストをして、「ユーザーは何を考えているのか」という議論が、当たり前に交わされる世界をつくりたい、という思いがあります。

:それはよく言っていますね。デザイナーやエンジニア、ディレクターなどの枠組み無く、どの職業からも「このユーザーの本当のゴールは何か」という会話が出るようになって、それが開発部門、ひいては戦略部門もそうなれば、いちばんいい。それがUXチームが目指すところです。

会社にUXデザインの文化を根づかせるというのは、どういうことでしょうか。

井上:誰のためにサービスをつくっているのか、というところです。

エンドユーザーに向けてサービスをつくっているので、その中心にはユーザーとビジネスという二軸があるべきだと思います。現状、弊社ではビジネス観点はありますが、ユーザーを見るということが十分できているとは言えない状況です。

ユーザーを見る、という文化を確立させて、ちゃんと建設的な議論と、みんなが同じ方向を向いて開発をしていける土壌、そういう文化をつくりたい。

:ユーザーや利用状況について考えないと、なにか気持ち悪くなる状況。UXデザインという言葉をわざわざ持ってこなくても、みんなが当然にユーザーを考えて開発にあたるようになるのが理想です。

井上:UXデザインは、調査がないと、そもそも成り立たちません。調査というところが、すべての礎になる。隣の席の人に聞くことからでもいいから。まず、調査するという文化をつくっていきたい。

UXデザインを社内に導入するときの、ポイントはどこでしょうか。

:UXデザインの導入は、組織にとっては繊細な課題です。直接的に開発のフローに関わることもあります。

普段はしていないことを、リソースを割いて調査しましょう。そういうものが無理やり組織の中に入っていくと、アレルギーを起こして、「UXデザインは、よく分からない」という拒否感になってしまいます。

そうすると、その組織にUXデザインを広めるチャンスが、永遠に失われてしまうことがあります。

そこはふたりとも気を使っています。

井上:そうですね。プロジェクト単位では、実際にそれで失敗したこともあります。アレルギー反応を起こさせてしまい、「なんだ、UXデザインなんて」となってしまったことも。

だから、組織全体としてそうならないように、気を遣っています。

その点では、UXデザインの文化を社内に根づかせていくにあたり、ボトムアップなアプローチをとるようにしています。

たとえば、事業部にもともとアサインされているデザイナーとのコミュニケーションも、気をつけています。

事業部ディレクターからUXチームに直接依頼がくることもあります。ただ、その事業を担当しているデザイナーを飛び越えてきちゃうと、担当デザイナーとしてはおもしろくないですよね。

事業部のデザイナーからしたら「自分のほうが事業にコミットしているのにUXデザイナーが勝手に動いている」という印象になってしまう。

だから、そういうときは、ユーザー調査の依頼がディレクターから来たというのは、事業部のデザイナーにも、ちゃんと共有をして進めていきます。

:開発関係者が増えて、コミュニケーションのミスが起こると、現場レベルでは不満がどんどん蓄積していきます。UXデザインを組織に導入するのが繊細だ、というのは、そういう点もあります。

とても精密に計算して、少しずつ広げているのですね。

:そうですね。スタートアップや関係者が少ないプロジェクトであれば大胆にすることで効果的な場合もありますが、大きな組織の中では丁寧に対応することが一番重要だと考えています。

井上:そうですね。「UXアレルギーがいちばん怖い」と自分たちは言っています。アレルギー反応を起こしてしまうと、もう何も聞いてくれない。だから、まずは信頼を得ることから始めています。

なるほど。社内の納得感がまず大切なのですね。

:それから、UXデザインを社内に導入する、というときに、僕らはふたりで取り組みました。これは重要なことだったと思っています。一人だと絶対、心折れるんですよ。

井上:絶対折れる。

:それが二人でも三人でもいいのですけど、きっちりと協力してくれる人がいないと、UXデザインの導入というのは、なかなか続かない。自分が疲弊していくばかりになってしまいがちです。

井上:ふたりの見ているものや、考えていることは、だいたい同じにしておこう、というところに気をつけています。

UXチーム内での意思統一ですね。

:あと、すこし余談になりますが、UXチームは、必ずしもUXデザインだけをしているわけではありません。

会議のファシリテーションなんかも請け負っています。

つい先日の事例でいうと、それなりに人数がいるチームで、考えていることがみんなバラバラだからポリシーを作りたいという要望を受けて、ファシリテーションをしました。

ブレーンストーミングも、集まってみんなが勝手に言い合うのではなく、コミュニケーション設計をして、2日間でやりました。

ふだん、みんなが好き勝手に言っているのを、秩序を持たせていきました。「今はこれを話す時間です」とか、「次にこの結果を受けてみんなどう考えていますか」というのを、その立場ごとに出してもらい、まとめていきました。

最終的に、ユーザー調査の分析でよく使う「上位下位関係分析法」で、みんなが何を考えているのかをまとめていきました。

それがその関係者にとても好評だったんですよ。ユーザー調査の結果を分析する手法は、人がそもそも何を考えているのかを、本質的に出すものです。だから、いろんな考えの人がいるチームの、価値観を共有するのにも使えるのです。

井上:ワークショップは、新たな発見をするためのものでもありますが、関係者の考えていることを一度外に出して、みんなでまとめていくという側面もあります。だから、自分たちも、必要に応じてミーティングの場でワークショップを行っています。

社内で、会議のファシリテーションを依頼されるというのもすごいですね。そういう用途でチームを見てもらえるという、その社内の理解は、なかなか得られないと思います。

:相談を受けて、サポートする。そこで参加者の満足度が得られると、「自分が悩んでいるあの案件でも、使えるのではないか」というように、広がっています。

UXデザイン、という言葉にとらわれていると、そういうUXチームのとらえ方はしてもらえないと思うのですけども。求められているゴールをきちんと示せるというスキルがある集団だと認めてもらえれば、また呼んでもらえます。

UXチームは、社内にUXデザインの文化を作るのがミッションですが、UXデザインの導入がゴールではなくて、会社がよくなることや、売り上げが立つことが、最終ゴールです。

だから、そのためにUXデザインができることは、ファシリテーションでもなんでも、たくさんあると考えています。

井上:そういうところを目指していますね。

最後に、何かコメントがあれば。

井上:UXデザイナー、募集しています(笑)。

:そうだね(笑)。良い方がいらっしゃったら、ぜひ。

ありがとうございました。

取材・文:羽山 祥樹(HCD-Net) 写真:編集部

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UX / UI / HCD
著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

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