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IBMのデベロッパーアドボケイトが考える開発者を支援する3つのCとは

2019年12月11日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
日本アイ・ビー・エムのデベロッパーアドボケイトである戸倉彩氏にインタビュー。DevRelを支える3つのポイントなどについて訊いてみた。

日本アイ・ビー・エムのデベロッパーアドボケイトである戸倉彩氏にインタビューを行った。これは11月に戸倉氏と中津川篤司氏、小島英輝氏による共著「DevRel エンジニアフレンドリーになるための3C」が発売されたので、それに合わせて話を訊いてみたかったということ、そしてもう一点、IBMがグローバルに展開するデベロッパー向けの活動のひとつ、自然災害などに対してテクノロジーで問題解決を目指すCall for Codeチャレンジ2019のアワード発表という2019年度の区切りを迎えたことに合わせて、日本アイ・ビー・エムにおけるデベロッパー向けの施策について深く話を訊いてみたかったというのが背景にある。

戸倉さんは日本マイクロソフトから日本アイ・ビー・エムに転職してエバンジェリストからデベロッパーアドボケイトとして仕事をされていますが、今はどんな感じですか?

デベロッパーアドボケイトの戸倉彩氏

デベロッパーアドボケイトの戸倉彩氏

転職してやっと1年くらいということなので、まだまだ私が知らないアイ・ビー・エムっていうのがあるんですよね。でも今はすごく楽しいです。今回はCall for Codeのアワードということで、日本からの発表も含めて興味深いプログラムがいくつもありました。Call for CodeはIBMだけではなくてThe Linux Foundationなどの他の組織とも協調しているプログラムですし、グローバルに活動が拡がっていることを実感しますね。今年はヨーロッパのチームによる「消防士の健康を守るためのIoTのソリューション」が最優秀賞を取りました。バルセロナの消防士と看護師が協力して、消防士が付けているIoTデバイスからデータを取って、それをNode-REDで開発されたワークフローに回して最終的にWatson上の人工知能が、災害の対応に当たる消防士の人体に対する有害物質などの危険度を判定するというものです。

最優秀賞を獲得したバルセロナのPrometeoチーム

最優秀賞を獲得したバルセロナのPrometeoチーム

日本からのチームのプログラムにも、自然災害時の対策や推奨される行動をスマートフォンで参照できるフローという形に生成するというものがありました。これは慶応義塾大学大学院のチームの作品です。

日本から参加した3つのチーム

日本から参加した3つのチーム

参考:日本IBM、「Call for Code チャレンジ2019」 日本最優秀ソリューションを発表

慶応の作品は災害時に役に立つとは思うんですが、慶応大学という一つの組織だけで閉じないで地域に広く共有していって欲しいですよね。災害というのはやっぱり地域性があるし、一つの組織だけが上手くやれるというのではなくて、地域の住民の皆さんがそれを役立てるというのが理想だと思うので。

私のボスであるデベロッパーアドボカシー事業部長の大西も、まさにその点に関してコメントをしていまして、「慶応大学だけではなく他の組織や自治体と一緒にライブラリー化していけるところが良い」と言っていましたね。

ところで日本アイ・ビー・エムとマイクロソフトの違いは何ですか?

色々ありますけど、何よりも組織が大きいというのが大きな違いですね。日本マイクロソフトの何倍も人がいるので、さまざまな出会いがあります。あとは女性が活躍しているということも大きいですね。私の最初のキャリアは、シマンテックのエンジニアだったんですけど、その当時はセキュリティをやっている女性エンジニアなんて私以外にはいませんでした。なので、他の国の子会社からは「日本は進んでいる!」とか言われていましたから。

日本アイ・ビー・エムの女性エンジニアは何度かインタビューをしましたけど、本当に先進的というか女性が継続的に働くためには何が必要かを題目で終わらせるのではなくて、実際に実践していることが良いですよね。箱崎事業所の1Fには保育所もありますし。

そうなんです。幕張の事業所にも保育施設があるはずなんですけど、私には見つけられませんでした(笑)。あとこの間、とある工業高校の女生徒さんたちが箱崎に見学に来まして。その時に一人の生徒さんが「私は工業高校に入ったけど、技術的な仕事に就きたくて入ったわけじゃなくて、どちらかというと家庭の事情で入ったんです。だから女性で技術職なんて諦めていたんです」と話してくれました。その後彼女が、アイ・ビー・エムのオフィスに来たらいっぱい女性が働いていてしかもエンジニアだっていうことで「ちょっと頑張ってみようかな」って思い直したという話がありまして、少しは彼女たちの助けになったかなと。

良い話ですね。さて今回、書籍を出されたわけですが、デベロッパーリレーション、つまり開発者向けのマーケティングということで、戸倉さんは「共創マーケティング」という言葉と使っていますが、デベロッパーアドボケイトというチームのことをもう少し教えてください。

共著した書籍を持つ戸倉氏

共著した書籍を持つ戸倉氏

ご存じのように、元マイクロソフトの大西がリーダーとなり、デベロッパーを支援するためのグループというのが我々のチームの簡単な紹介となります。重要なのは、デベロッパーがデジタル変革を起こす人材になるということを確信していることです。そしてそれを支援するグループとして大切なのは、ダイバーシティ、多様性ということです。実際、メンバーには長年アイ・ビー・エムで働いている人もいれば、私のようにまだ1年という社歴の短い人間もいます。そこは特徴的かなと。あとこれは私が思っていることなんですが、グループの中でキャラクターがかぶらないというのが意外と重要なのかなと。なので私は、マイクロソフトの時からこのスタイルで通してます(笑)。

デベロッパーが未来のデジタルトランスフォーメーションを担うというのは確かにそうだと思いますが、日本の実情を見てみると事業会社には相変わらず運用の社員だけで、開発は外部のSI企業、もしくはグループ会社のソフトウェア開発部隊という構造になっていて、デベロッパー自身が大きな意思決定をできる状況にはなっていないのではないかと思います。それを変革するためには、ツールやテクノロジー以前に組織改革というか意識改革が必要な気がします。

そういう側面もありますが、それを待つだけではなくデベロッパー側が何か行動を起こすことが大切です。今回の書籍では、そのための具体的な指針のようなものを、なるべく具体的に書いてみたんですよ。タイトルにある「3つのC」Code、Contents、Communityという3つについて、それぞれ私と経験豊富な2名が書き下ろしたという本になっています。よくオープンソースプロジェクトの進め方みたいな情報も欧米にはありますが、具体的な方法論やKPIの立て方まで網羅してある本は少ないんじゃないかなと思います。

今回はインタビューの前にIBM Dojoというデベロッパーアドボカシーグループが主催する勉強会にも参加させてもらいました。今回はFunction as a Service(Serverless)ということでプレゼンテーションだけではなくIBM Cloudを使ってハンズオンの形式でIBM Cloud Functionsを理解するコースになっていました。そこでも質問したんですが、ソフトウェア開発は1社のソリューションやツールで完結するものではなく、他のオープンソースソフトウェアやサービスと連携していくのが現実的な姿だと思いますが、今回はIBM Cloudの中にあるソフトウェアに閉じていたような気がします。その部分はもう少し掘り下げて行く予定は?

今回はServerlessをほとんど知らないという方が多かったので、敢えて連携などの話は抑えてシンプルに使ってみて理解してもらうことに集中していた気がしますね。私が担当するMeetupなどではもっと他社のツール、例えばVisual Studio Codeを使って説明もします。その点Dojoは、まず深くやるというよりも扱うトピックをなるべく広げてポートフォリオを拡げるということを優先しています。

あと会場が箱崎だと、どうしてもアイ・ビー・エムの話題が中心になってしまうという無意識の枠があるのかもしれませんね。渋谷でやる時は参加者にライトニングトークしてもらうことで、かなり自由に会話が始まるように意識しているんですけど。

アイ・ビー・エム社員は箱崎だと無意識のうちに真面目になってしまう、という話かもしれませんね(笑)。話は変わりますが、IBMによるRed Hatの買収が完了しました。もう少しIBMとRed Hatによる共同のコミュニティ活動があると良いのではと思います。個人的には、日本のレッドハットはあまりコミュニティ活動が上手でないという印象がありますが(笑)

アイ・ビー・エムとレッドハットがこれまで行ってきたそれぞれのコミュニティ活動は、そのまま継続しています。それ以外に、一緒になっていろいろと新しく計画していたり、実際に活動が進んでいたりする部分もあるのですが、まだ公開できない情報も多くて。今はもう少し待っていてください! としか言えないんです。今後にご期待ください。

あと日本アイ・ビー・エムもユーザー会などは昔から活発に行われていると思いますが、日本アイ・ビー・エムの言うコミュニティ活動ってちょっとユニークというか言葉の使い方が違うなと思うのは、社内のエンジニアや社員だけで構成されている組織が「コミュニティ」という名称で呼ばれていることなんですよね。

あぁ、それはそうですね(笑)

本来、社員だけではなく多種多様な人材が世界中に散らばってソフトウェア開発を行う、そこにダイバーシティやダイナミズムが発生するのがオープンソースコミュニティと言われるものだと思うんですが。日本アイ・ビー・エムは社員規模が大きいからなのか、なぜか社員の組織を「コミュニティ」と呼ぶ…… オープンソースのコミュニティとは文脈が違うのかもしれませんけど。

私たちも、もう少しその部分は意識して箱崎の外に出ていかないといけないと思っています。枠を超えていけ! というのは社長からも常に言われていますから。

今回は、デベロッパーアドボケイトの仕事の概要からDevRelへの想い、そして日本アイ・ビー・エムの社員がコミュニティの一員として、いかに従来の枠から超えていくのか? という部分を含む興味深い話が聞けた回となった。

外資系でありながら日本のIT業界の中では日本独自のやり方を貫いてきたIBMは、Red Hat買収以降、クラウド、そしてオープンソースソフトウェアに舵を振った形だが、日本法人である日本アイ・ビー・エムも日本人新社長の指揮下で、よりダイナミックに変わろうとしていることが感じられた。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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