連載 :
  インタビュー

XDFでXilinxのCEOに訊いたプロセッサとコンピューティングの未来

2019年12月16日(月)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
FPGAのパイオニアXilinxが年次カンファレンスを開催。CEOが語る未来のアダプティブコンピューティングとは。

FPGAのリーディングカンパニーであるXilinxは、デベロッパー向けのカンファレンスXilinx Developer Forum(XDF)を2019年10月1日、2日の2日間に渡ってカリフォルニア州サンノゼで開催した。会場でXilinxのCEOのビクター・ペン(Victor Peng)氏にインタビューする機会を得たので、その内容を紹介しよう。

昨日のプレゼンテーションではマイクロプロセッサーがシングルコア、マルチコア、ヘテロジニアス、そしてアダプティブに進化してきたということを解説されていましたが、これからのコンピューティングはどうなっていくのか、またどういう姿があなたにとっての理想なのかを教えて下さい。

XilinxのCEO、ビクター・ペン(Victor Peng)氏

XilinxのCEO、ビクター・ペン(Victor Peng)氏

良い質問ですね。長くなりますが回答してみます。もともとマイクロプロセッサーは、ある手続きを実行するために開発されました。そしてその製造プロセスが微細化することで高速になっていきました。私も元はマイクロプロセッサーのエンジニアでしたから、その進化を実際に体験しています。そしてそれがシングルコアからコアを並列に並べて実行するマルチコアになりましたが、「手続きを実行する」という部分は何も変わらなかったわけです。マルチコアになって並列化と集積度は上がりましたが、基本は変わりませんでした。そしてマルチスレッドになり、性能の向上ととに消費電力の高さが問題となってきました。

ムーアの法則が終わろうとしているというのは多くの人が語っていますが、実際に消費電力と性能のバランスが取れなくなっており、これ以上の性能の向上はあまり見込めないようになったというのが少し前までの話です。そこで、同じマイクロプロセッサーを複数組み合わせてコンピュータを作るというのではなく、異なるアーキテクチャーのプロセッサーを組み合わせるヘテロジニアスな実装になってきています。それでも基本は変わりませんでした。プロセッサーを安く速くそして省電力にするためにマルチコアにするというのは、スマートフォンでもスーパーコンピューターでも同じ手法として行われてきましたが、実際にはそれほど速くはなりません。改善率は良くても10~15%程度です。しかしユーザーが求めているのは10倍の速さ、1/10の消費電力というような大きな進化なのです。ですが実際には、毎回の更新を行っても10%程度の高速化というのが現実の姿だったのです。

マイクロプロセッサーメーカーは、アーキテクチャーや命令セットの一新と製造プロセスの進化を交互に行うようになりました。Intelがその例ですが、命令セットの作り直し(新たな命令を追加する)と製造プロセスの微細化を同時に行うのではなく、交互に行うことで進化をさせていきました。そうした理由の一つは、常にアーキテクチャー自体を革新できなかったということもありますし、ベンダー側にアーキテクチャーを変えたくない人たちがいたという事情もあります。

ところが実際には変化というのは指数的に現れるのです。「Thank you for being late」という本を書いたトーマス・フリードマンという作家がいますが、私は彼の意見「変化は指数的なカーブで起こる」というものには賛同しますね。ユーザーは10倍といった規模の変化を求めているのに、マイクロプロセッサー自体はそこまで到達していないのです。そして現実の変化は、指数的に起こっているのです。

その指数的な変化の良い例が人工知能、機械学習です。人工知能はこれから本格的に使われるという段階ですが、常に多くの新しいネットワークモデルが発表されています。またすでに存在するモデルも、常に更新されています。そして人工知能はこれからすべてのソフトウェアに組み込まれていくでしょう。私は人工知能を特別のアプリケーションではないと考えています。ですから、これから多くのアプリケーションが人工知能を取り入れて進化していくと思います。

そしてその進化への対応を、既存のプロセッサーアーキテクチャーで実装するのは開発から製造までに時間がかかり過ぎるという意味で非常に困難です。そこでそれを可能にするのが、FPGAに代表されるアダプティブなプロセッサーです。これはシリコンとして固定されていたロジックを、ソフトウェアで書き換えることでさまざまな用途に適応可能(アダプティブ)になったわけです。

マイクロプロセッサーの設計から製造までは、どんなに優れたチームが携わったとしても、3年から4年はかかります。なので、ソフトウェア側の変化や進化についていくには限界があります。しかしXilinxのACAP(Adaptive Compute Acceleration Platform)なら、必要に応じて回路を書き換えることができます。メモリサブシステムを替えたり、ポートを増やしたりといったことが、シリコンを変えることなくすばやくできるというのが利点なのです。このように、プロセッサーがソフトウェアによって常に進化し続けるというのが私が思う未来の姿ですね。

具体的な例はありますか?

すでにそうなりつつある良い例として私が感じているのは、テスラが行ったことです。自動車メーカーとしてのテスラにはさまざまな評価がありますが、自動車業界に衝撃を与えたと言ってもいいのが、「over-the-airアップデート」でしょう。これは画期的なことで、新しい機能の追加や修正などを行う際にいちいちディーラーや修理工場に車を持っていく必要がなくなりました。これまでは必要だった手間が一気になくなったのです。これは変更をただちに適用するためのとても大きな進歩でした。それが今後のプロセッサー、そしてコンピューティングにも求められている姿なのだと思います。

元マイクロプロセッサーのエンジニアとしての経験と冷静な観測力で、現在のプロセッサーの限界を紹介しながら、テスラの例を元にスマートフォンのような体験がこれからのコンピューティングには必要だと語るビクター・ペン氏。他のインタビュワーからの中国施策に関する質問には、注意深くゆっくりとした語り口で回答していたが、筆者の質問にはギアが上がったような早口となり、一つの質問に5分以上も掛けて回答してくれたのは、やはりエンジニアの魂が動かされたのであろうか。今後のXilinxの動向に注目したい。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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