“スタートアップ”の正しい意味を理解していますか?

2014年8月29日(金)
藤川 幸一(ふじかわこういち)

今回はいよいよ本題、エンジニアとシリコンバレーでの起業の関係に入っていきましょう。シリコンバレーと日本の起業家、両者の最も大きな差はどのようなものでしょう? 私はそれを「エンジニアがリーダーとして起業するか、そうではないか」だと思っています。グーグルやフェイスブックに代表されるような、エンジニアが創業者として起業し、大きく成長した会社がシリコンバレーには数多く存在します。一方日本では、エンジニアがリーダーであるスタートアップはあまり無いように思います。この違いはどこから来るのでしょうか。

よくある誤解・スタートアップとスモールビジネス

その前に、まずシリコンバレーで考えられているスタートアップという会社形態の定義から始めましょう。なぜなら、私がここで言うスタートアップという言葉は、日本では誤解されていると思われることが多いからです。実はスタートアップとは、直訳した「始まったばかりの会社」のことではありません。

さて、シリコンバレーで起業した人にとっては、ポール・グレアムといえば知らない人はいないでしょう。Yahoo!ストアの元になった会社を創業し、その後Y Combinator(YC)※1というスタートアップへの初期投資をするファンドを作りました。その投資先にはDropboxやAirBnBなど、大成功した会社も含まれています。 そのポール・グレアムはエッセイストとしても有名※2ですが、彼のエッセイの1つに「Startup = Growth」というそのままズバリなタイトルのものがあります。シリコンバレーのスタートアップの認識は、まさにこのエッセイに凝縮されていると言ってもいいと思います。

[※1] このような形態のファンドを「スーパーエンジェル」と呼び、筆者の会社(FlyData)が投資を受けた500StartupsもYCと並び有名なスーパーエンジェルです。

[※2] 有名な著書に「ハッカーと画家」があります。

図1: 筆者撮影。Mountain Viewの複数のFreeway(85と237)が交わるあまり目立たない場所にある。

このなかで、「スタートアップはスモールビジネスとは違う、それはずっと成長を維持するからだ」という話があります。例えば現在1ヶ月に1000ドルの売り上げがある会社が毎週1%の割合で成長すると、4年後には月7900ドルの売り上げとなり、たいしたことはありません。しかし成長の割合が毎週5%だと、4年後には1ヶ月で2500万ドル(1ドル=100円とすると25億円)というとても大きな売り上げを持つ企業になる、そういう成長が可能な会社をスタートアップと呼ぶ、ということです。そうでない場合は、大抵スモールビジネスと呼びます。それはそれで悪いことではないのですが、スタートアップとは区別します。

つまりスタートアップとは、ただ会社を起業したものではなく、このように非常に大きな成長を続けていくことができる会社の形態をいいます。これは、通常一般のビジネスではあまり考えられないため、普通に現在知られているビジネスでは実現できなさそうです。つまり、全く新しいビジネスを作る必要があります。

私は、以下のような事が可能な会社がスタートアップに当てはまると思っています。

  • 多くの人々、会社の大きな問題を解決することができる
  • イノベーション(新しいやり方)を利用する
  • スケーラブルな製品を提供する(インターネット/ソフトウェアなど)

大きな成長のためには、このような条件が不可欠です。それぞれの項目で詳細を書いていくとそれだけで大変ですが、これから少なくともわかることは、「全く新しい価値のあるモノ(プロダクト)を生み出す」必要があるということです。

創業者(ファウンダー)がエンジニアであることの意味

このように、スタートアップにはプロダクトが不可欠なので、それを作ることができるソフトウェアエンジニアが必要である、ということはわかります。であれば、かつて日本でもよく見られたように、ビジネスが出来る創業者がエンジニアを社員にして、もしくは外注して、プロダクトを作ればいいのでしょうか(さすがにこのへんの認識は、現在は日本でもかなり変わってきていると思いますが……)。

シリコンバレーでは、創業者チームは2〜3人で少なくとも1人はエンジニアが必要だと思われています。そうでないと、おそらく投資を受けることが出来ません。さらに、CEOとなるトップはエンジニアであることが好ましいでしょう。これは、一言で言えばファウンダーはそのスタートアップそのものを表していて(このことは後のステージになっても変わりません)スタートアップ(つまりプロダクト)に魂を込めて生み出し続けるのはエンジニアにしかできないからです。逆に言うと、MBAホルダーに代表されるビジネスパーソンは、既存のビジネスをうまく回すことは長けているでしょうが、新しいプロダクト・ビジネスを生み出すことができるか、というと難しいでしょう※3

特に初期は、小さなチームでリーン・スタートアップに代表される細かい検証・フィードバックループを素早く回していくことになります。その際にファウンダーたちは、自分たちが実現したいビジョン(解決したい問題)を正確に把握して、プロダクトによってそれを解決する必要があるのです。ファウンダー以外の誰が、それをやることができるでしょうか。

[※3] 誰にとっても難しいです。でも、プロダクトを生み出すことで可能になります。シリコンバレーでは、よくアイデアには価値はなく、実行にのみ価値がある、と言われます 。

またこのループは、スタートアップが大きくなってからもずっと続いていきます。シリコンバレーは世界中の能力のあるソフトウェアエンジニアが集まっている場ですが、特に優秀なエンジニアは激しい奪い合いになります。これがシリコンバレーのエンジニア給与を高騰させる原因なのですが、世界を大きく変えるようなスタートアップが多数あるこの場所では、エンジニアこそがその一番大きな原動力なのです。

その際に、最も優秀なエンジニアを惹きつける最大の理由は何でしょうか。私は、尊敬できる素晴らしいエンジニアがその会社に大勢いることだと思います。それにより、気持よく仕事が出来ますし、自分の能力を切磋琢磨して向上させられます。そのような環境を、エンジニア経験の無い人が作るのはなかなか難しいでしょう※4

さらに、継続的な成長には継続的な製品開発が不可欠です。開発環境や重要かつ技術的な最終判断、機能の優先順位など、それにより会社の運命が左右されることも少なくありません。これも、エンジニア出身のトップが責任をとれる、ということは大きな意味があるでしょう※5

このようにシリコンバレーのスタートアップにとって、エンジニアがファウンダーであることの価値は計り知れません。その一方で、エンジニアが生来不得意で、会社の経営に重要なことももちろんたくさんあります。その辺りをシリコンバレーの生態系がどのようにカバーしているかを、次回お話しようと思います。

[※4] 最初に素晴らしいエンジニアを1人確保するのが大変です。ニワトリと卵問題ですね。つまりファウンダーであるエンジニアは、エンジニアリング的にも優秀であるのがベストです。

[※5] もちろん、これらはCTOまたはVP of Engineering(技術部門の現場代表)の役割ですが、ファウンダー(もちろんそれがCTOでも構いません)ができる・もしくはわかることでスタートアップのスピードは一段と増します。継続的な成長にはスピードが命です。

著者
藤川 幸一(ふじかわこういち)
FlyData Inc.
学生時代からStartup (電脳隊・PIM)に関わり,PIMがYahoo! JAPANに買収された後は,エンジニアとしてYahoo!モバイルを開発。アジャイル開発コンサルやデリバティブ取引システムなどの開発経験を経て,シリウステクノロジーズでテクニカルマネージャ&夜はIPA未踏人材育成事業でHadoopのミドルウェア開発プロジェクト。日本JRubyユーザグループ発起人。
シリウスがYahoo! JAPANに買収されたのを機に,2010年FlyData Inc.(旧社名Hapyrus)をUSにて起業。カリフォルニアSunnyvale在住。
Twitter:@fujibee

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