【ネットワーク教習所】
ニューラルネットワークの可能性
第4回:音の見える化とは?
著者:名古屋工業大学大学院工学研究科 岩田 彰
公開日:2008/03/26(水)
周辺環境音警報装置「サウンド・ウォッチャー」
筆者らは2005年4月から、文部科学省知的クラスター創成事業「岐阜・大垣地域ロボティックス先端医療クラスター」プロジェクトの研究開発テーマとして、パルスニューラルネットワークをハードウェアとして実現し、生活環境音の音源方向と音源種類識別をリアルタイムで行う装置について研究開発している。
この研究開発では、先天的あるいは後天的に聴覚機能を失った聴覚障害の方々の生活支援となる装置の実用化を目指している。
聴覚障害の方々は「病院、郵便局での呼び出しがわからない」「路上で車の接近がわからない」「緊急時の非常警報が聞こえない」「在宅時に来客の呼び掛けがわからない」といった日常生活の不便さを痛切に感じており、場合によっては生命の危険さえある。
ある程度、聴覚機能が残っている方々には補聴器が使えるが、使用者の障害の程度により効果が大きく異なる。また聴覚機能を失った人には補聴器は使えない。ヒアリングドッグ(聴導犬)という手段もあるが、長期の訓練が必要であり、絶対的な数が少ないなど、切り札とは言えないのが現状だ。
そこで、筆者らはこのプロジェクトの中で、2つのマイクから収集した音信号からリアルタイムに音源の定位と種別判定を行うことのできる装置「サウンド・ウオッチャー(音の見張り番)」の実用化を計画している(図3)。
サウンド・ウオッチャーの特徴
パルスニューラルネットをFPGAで実現しているため、小型軽量であり、屋内では卓上置型、屋外では3輪自転車の荷台、(将来的には)衣類や帽子、眼鏡に装着することもできるのが特徴だ。また、パルスニューラルネットワークの結合係数の再学習によって、聞き分けたい音の検出を簡単に学習(オーダーメイド)できる。したがって、これにより難聴者や聴覚機能が低下していく高齢者は安全に社会生活を送ることができる。
この装置はリアルタイムで9種類の音源を識別でき、前後左右8方向の音源方向検出ができる。識別結果を装置本体のLEDで表示するとともに、携帯型端末(腕時計形あるいはペンダント形)にBluetoothで送信する。まずバイブレータで音の検出を通知し、さらに携帯型端末のLEDにも検出結果を表示する。2008年4月以降、聴覚障害者宅での実用化試験を行う予定だ。
本装置は屋外で利用できること、音の種類と音源の方向を同時にリアルタイムに特定できるため、同じ機能を持つ装置が市場になく、機能的に優位といえる。補聴器や人工内耳を利用できない高度難聴者には、外出する時などに危険を察知したいという強いニーズがあると考える。
本研究は音の方向と種類を同時に検知する超知能化音センサモジュールの実用化と考えることができる。このため、本研究の応用対象を変えるだけで、屋内における乳幼児の泣き声監視装置や音監視カメラ、車載型緊急車両警告装置、自律ロボット用の「周辺の環境を察知する耳」など多方面への製品展開が容易に可能である。よって本システムの情報処理ハードウェア部分は今後の応用事業展開のためのコアなモジュールとしての利用が期待できる。
さらに、使用するセンサを超音波センサ、赤外線センサなどに変更し、モジュールの動作周波数をこれらセンサに適応させれば音以外の周波数領域における応用製品の開発も可能であり、将来的に非常に多彩な分野への事業展開が可能であろう。
以上、ニューラルネットワーク技術の最前線について、筆者らの研究成果に基づいて紹介した。ニューラルネットワークは、通常のディジタルコンピュータとは異なりプログラムは必要なく、人間の脳と同様に経験や学習よって知恵(ノウハウ)を結合係数の値として獲得したものである。
我々は知恵(ノウハウ)が獲得されたネットワークをディジタルロジックとしてハードウェア化することで、人間の脳と同じようにマイク(耳)から入った情報をリアルタイムに音の情報として解析し、見える化する(バイブレータで知らせ、LEDで確認させるなど)ことに成功している。
今後さらにニューラルネットワーク技術は、人間の脳のように賢い「コンピュータ」として成長していくことは間違いないところである。今後のニューラルネットワーク技術の進展に注目していただきたい。 タイトルへ戻る