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ビジネスとITのギャップを埋める〜システム開発の失敗を招く4種類のギャップ〜

第4回:アクティビティ(業務)のギャップを解消するには
著者:ウルシステムズ  山森 慎也   2007/5/22
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処方箋その1「三現主義で現状を把握する」

   三現主義とは「現場」「現物」「現実」の3つを重視することである。

   モノづくりの現場では、問題が発生したときに机上で判断するのではなく、「現場」で、不具合の起きた「現物」をみて、どのような状態であるのかという「現実」を確認して解決をはかることが重要だ。

   この姿勢の重要性は、システム開発においてもまったく同じである。アクティビティのギャップが生じる背景とは、要件定義や基本設計において、三現主義を怠ったということである。

   前述の事例において、ICユニットの仕掛データを手作業で振り替える運用になってしまったのは、原価管理システムの仕様検討の段階で、ICユニットの製番と受注製品の製番が一致しないことを見落としたからである。この見落としは、三現主義を徹底すれば防ぐことができるものだ。

   このケースの原価管理システムの仕様検討は、情報システム部門と既存ベンダーの間で行われた。他の部門はほとんど参画せず、画面仕様の検討に営業部が参画しただけであった。このため、仕様検討は現行システムの機能仕様書とテーブル定義書をベースに進められた。

   その過程で、ICユニット関連のデータ定義書に「製番」という属性があることを根拠に「受注製品の製番と関連付けて自動集計できる」という思い込みが生じてしまったのである。

   しかし、ICユニットは見込生産されるものであり、製番は発注時に採番される。したがって、ICユニットの製番は、受注製品の製番とは意味的に異なり、一致しない場合がある。このことは、現場で現物を見ながら実務者に現実を確認すれば、すぐにわかったことであり、三現主義を怠っていたといわざるを得ない。

   問題の背景にこうした事情がある場合は、まだ顕在化してない他の問題も潜んでいる可能性が非常に高い。

   そこで筆者は、現状把握を丁寧に実施することからはじめた(表1)。
3つの「現」 基本行動 事例での適用例
現場 システムが使われている現場に出向く 現場で担当者から直接、ミスが起きたときの事情や今の困りごとを聞く
現物 システムが取り扱う「モノ」を知る 携帯電話用電子デバイスの製造方法を把握し、ICユニットの見込生産などの特徴をつかむ
現実 システム周辺で起きている問題事象を「見える化」する ミスが起きた業務について、作業方法や帳票の動きを、データの流れと合わせて模造紙に書き起こし、会議室に掲示する

表1:三現主義による現状把握

   具体的には、原価情報が発生してから原価管理システムに入力されるまでの流れについて、人の作業や帳票の動きを現場の担当者から直接聞き取り、データの流れと合わせて模造紙に書き起こした。

   特に、ICユニットの仕掛データについては、振替作業の手順に沿って紙帳票や画面イメージを添付することで、作業の非効率性やミスの起こりやすさを強調した。この模造紙を会議室に掲示しておくことで、どの段階のどの作業が問題になっているかが一目瞭然となった。

   結果として、改善点について社内の共通認識が生まれ、それまで責任回避的な言動が目立っていた関係者も、共通の問題解決に向けて建設的な意見を述べるようになったのである。


処方箋その2「複数の目的や意義を共有する」

   「あるべき姿が共有されている状態」とは、あるべき姿を実現することの目的や意義について、関係者全員が共感している状態である。いい換えれば「あるべき姿」が関係者全員にとっての「ありたい姿」になっていることである。

   これは容易なことではない。しかし、目的や意義を説明する手間を決して惜しんではならない。

   前述の事例では、経営陣が利益率の低下に危機感を抱き、対策を焦ったために「あるべき姿」を関係者で共有しないまま、システム導入を推し進めてしまった。これが、アクティビティのギャップを起こした要因の1つだった。

   経営陣が目指す「あるべき姿」は、「個別原価計算を導入して製品単位で収益を管理することで、受注金額の適正化と開発テーマの絞り込みをはかる」というものだ。しかし、その目的や意義が関係者に十分に伝わらないまま、情報システム部門と既存ベンダーが会議室にこもって原価管理システムの仕様検討を開始した。このことが、各部の不満や不信感を招いてしまったのである。

   経理部からは「個別原価計算なんてやったって仕事が増えるだけで、何も変わらないかもしれないのに」といった声が上がり、技術部からは「営業が顧客のいいなりなるからだめなんだ。あいつらが楽をするために、なんで俺たちが苦労しなきゃならないんだ」といった不満が噴出した。

   こうして、原価管理システムの仕様検討に対して関連部門の当事者意識が薄れてしまったことが、情報システム部門と既存ベンダに現状把握を怠らせた遠因にもなったのである。

   このような経緯を知った筆者は各部の代表者を集め、経営陣からもう一度、個別原価計算を導入する目的と意義を説明してもらうことにした。

   システム化の目的や意義を説明する際、筆者は目的と意義について、将来を見通したものから現在の足元を見据えたものまで、なるべく多角的に考え、階層的に表現することにしている。

   経験・立場・性格が異なる関係者から共感を得るには、1つの視点からの目的表現だけでは十分ではないと考えるからである。最近では、縦軸にバランススコアカードの視点、横軸に時間を用い、以下の図のフォーマットを使用している。

あるべき姿を導くための目的・意義の階層化
表2:あるべき姿を導くための目的・意義の階層化
(画像をクリックすると別ウィンドウに拡大図を表示します)

   このフォーマットを用いて目的・意義について経営陣とディスカッションを行い、結果を1枚の説明資料にまとめた。その資料を基に、各部の代表者に対して個別原価計算を適用する目的と意義を多様な観点から丁寧に説明する機会を設けた。その結果、各部の代表者がそれぞれの立場での目的・意義を再認識し、原価管理システムの見直しに対して積極的な協力を約束した。

   最終的には、関連部署から業務を熟知している人間が対策チームに参画することで、ICユニットの仕掛データの振替作業を含め、原価管理システムへのデータ入力について、より効率的でミスのない方法を検討することができたのである。

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ウルシステムズ株式会社 山森 慎也
著者プロフィール
ウルシステムズ株式会社  山森 慎也
ビジネスプロセスコンサルタント。製造業における商品企画、設計・開発、原価管理の業務改善および生産計画システムの運用改善を手がける。「仕事のやり方こそ競争力の源泉」をモットーとし、現場主導によるワークスタイルの革新を目指して、「人」と「IT」の両面からアプローチしている。


INDEX
第4回:アクティビティ(業務)のギャップを解消するには
  アクティビティのギャップとは
原因は人為的なミス、背景にはアクティビティのギャップ
  処方箋その1「三現主義で現状を把握する」
  処方箋その3「小さな成果を早くだして広く知らせる」