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第5回:経営にとって最大のリスクとは?

著者:日本総研ソリューションズ  坂井 司   2007/6/26
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飛び交うスプレッドシート

   「彼我の差」につながる話を続けよう。CALSと同時期に市場に出てきた言葉で「EUC(エンドユーザコンピューティング)」がある。ブームにすらなったパソコンのOSのリリースにあわせ、国内でも飛躍的にパソコンの出荷台数が増えたのもこの頃だ。パソコンの出荷台数の増加は、家庭だけでなく、オフィスの中にも「1人1台」が現実になってきた時代であることを裏付けている。

   このとき、単体としてはそれまで存在していた「ワードプロセッサ」や「スプレッドシート(表計算ソフト)」、「プレゼンテーションソフト」の類がパッケージ化され、オフィスのOAを支える基盤環境として徐々に活用されはじめてきた。エンドユーザが入手した情報を加工・整理するために、EUCを支えるツールが充実したのである。

   実はここに落とし穴があった。

落とし穴、それは見えない負荷

   EUCツールを用いて、その活用を第三者に強要し、かつ本来不要であるはずの情報を、「何度でも再入力させる」という、先のCALSの理念とまったく対立する動きが、「操作性の良さ」の裏返しとして育ってしまったのである。

   わかりやすい例を示そう。一般的な組織においては、営業や製造を司るフロントラインの部門と、これをマネジメントする管理部門がある。この管理部門から「スプレッドシートの各所に情報を穴埋めしてA月A日までに、B部宛返送のこと」という通達/指示が来ることはないだろうか。

   こうしたことがEUC環境のもと、スプレッドシートの絵面さえデザインできれば、簡単にできるようになったのは事実である。管理部門にしてみれば、情報化のなんたるかをさして考えることもなく、組織内に「見えない負荷」を安易に発生させてしまったのである。

   具体的に言及しよう。例えば以下のようなことを行っていないだろうか。

  • このシートに、部門名や組織の責任者名、記入担当者名やその職員番号を何度も記入していませんか?

  • 埋めるべき内容が、本当にそのファイル上で「Create」すべきものですか?

  • 売上や人員など、別のデータベースから本来参照・抽出できるものではありませんか?

  • ここで記入したデータをその後も、スプレッドシートのまま、「提出したものの記録」として、手元で保持し続ける負荷が発生していませんか?

  • こうした管理スタイルが常態化していませんか?

  • ひいては、「それを担当する要員が必要」との理由で、組織の間接部門の増加・肥大化を招いていませんか?

表2:スプレッドシートの見えない負荷

   スプレッドシートは確かに便利なツールである。中には、こうした便利さを活用して、組織の「活きたシステム」として活用されている事例も当然あるだろう。しかし、そこに「経営レベルでのシナリオ」が無ければ、表2のような弊害に知らず知らずのうちに落ち込んでいってしまうケースもあるのではないだろうか。


問われる情報化戦略

   こうした弊害を除去するためには、しっかりとした「情報観」と、それを活かすためのシナリオ、すなわち「情報化戦略」が必要である。

   昨今の経営とITをつなぐ単語のトレンドで「見える化」というキーワードを耳にされるのではないだろうか。「見える化」は、古くは「ビジュアライゼーション(Visualization)」ともいわれ、決して昨今、急に出てきた考え方ではない。

   ともすればこの「見える化」は、誤った認識で用いられがちである。前節のスプレッドシートに並んだ表が、「数字の羅列では読み取りにくい」から「図やグラフを用いて『見える化』しましょう」では意味をなさないのである。

   「見える化」で見るべきものは、一度作られた様々な電子データを徹底的に活用した結果としての「戦略目標とのギャップ」、さらには「それをどう是正していくかの方向性」なのである。

   例えば、プロジェクト管理ツールを考えてみよう。プロジェクト管理における視覚化としては、ガントチャートやCPMなどが古くから手法として存在し、ビューとして機能を用意しているツールもあるだろう。これにより、プロジェクトの遅延や進捗状況、クリティカルパスの進展度合や、それによる他工程への影響などが見て取れる。

   しかしながら、「予定の工程が遅れていますね」という視覚化だけでは、プロジェクト全体を進捗する際の課題解決としては、なんら得るところはない。後工程で予定していたリソースを前倒し投入することで遅延を回避できるのか、後工程のクリティカルパスを緩和するための方策を取ることで、現工程の遅延を取り戻せるのか、など、リソースの投入調整などのシミュレーションを行えることでこそ、プロジェクト全体の進捗を適性に持ち込むことができるのである。

   もちろん、最近のツールでは、こうしたリソースの「山積」「山崩」の機能も保有しているので、「誤った見える化」に固執さえしなければ、利用者は本来の目的を達することができるのである。


重要なのは情報化戦略の明確化

   戦略目標とのギャップの話に戻そう。これには、その基となる「情報化戦略」が明確に存在せねばならず、これ無しには本来の見える化は実現し得ないのである。ITの導入以前に、こうした戦略論・戦略観が欠けているようであれば、それこそ、そこに投入するITコストそのものが経営のリスクとなり、結果として「使われない情報システム」や「IT不良資産」を抱えることにしかならない。

   ステップを確認すると、やはりまず「経営戦略論ありき」である。これにより、組織が目指す大きな方向性が定められ、さらにこれを順次ブレイクダウンしていくことにより、年次目標(KGI:Key Goal Indicators)が定義される。

   かつ年次目標は、最終的に年度の結果を「ドキドキしながらフタを開けて確かめる」ものではなく、年間活動における1つ1つのプロセスの成果から、その兆候が見て取れるものである。これをKPI(Key Performance Indicators)という、先行指標として定義し、目標達成との乖離が発生しそうな予兆を先行して捉えることで、年次結果を待たずしてタイムリーに是正措置を実施していくのである。

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株式会社日本総研ソリューションズ 坂井 司
著者プロフィール
株式会社日本総研ソリューションズ  坂井 司
技術本部 マネジャー
1989年 東京大学工学部原子力工学科卒業。同年 株式会社日本総合研究所に入社。以降、システム開発経験を踏まえ、企業のガバナンスに資するためのシステムコンサルティング活動等を展開。システムアナリスト。ITコーディネータ。「電子認証が日本を変える」(生産性出版)監修。


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