「SaaS」について語られる際に必ず登場するのが、ユーザインターフェース(UI)としてのAjax、あるいは他システム連携としてのマッシュアップである。SaaSというビジネスモデルの必須要件のようにもいわれるが、これは本質から外れた議論だと思われる。
良好なUIとは「トレーニングを受けなくても、マニュアルを読まなくても、最後までストレスなく一連の操作を完了できること」だと筆者は考える。そこに使われている技術がAjaxなのかどうかは本質ではない。Ajaxを使ったストレスたっぷりのUIもあるだろうし、Ajaxを使っていなくても最後までストレスなく操作を完遂できるUIもある。
良好なUIの好例は、B2CのWebサイトに見ることができる。B2Cのサイトはそのビジネスの本質において「最後までストレスなく記入できる」ことが求められる。トレーニングを受けたり、マニュアルを読んだりしなければ利用できないB2Cサイトなどというものは、この世に存在し得ない。
はじめてそのWebサイトで買い物をするユーザであっても、すべての項目をストレスなく記入して「購入する」というボタンを最後にクリックしてくれない限り、彼らのビジネスは成立しない。だからこそB2CのWebサイトは、真剣にUIを考えるのである。
「最後まで記入しきれるインターフェース」は、実は紙の世界でも重要な研究テーマである。「分かりやすさの設計」という意味で、「情報デザイン」という研究分野もあるぐらいだ(注1)。
※注1:
「情報デザイン−わかりやすさの設計」、情報デザインアソシエイツ編集、グラフィクス社などに詳しい。
例えば、アメリカで10年に一度行われる国勢調査の調査票のレイアウトには、情報デザインの研究成果が生かされている。途中で記入するのをあきらめてしまったり、空欄を残したまま提出してしまったりすると、調査員が訪問して調査票の空欄を記入するという工数が必要になる。人手を介せば当然費用もかかってくる。ストレスなく最後まで記入できる調査票をデザインすることには、経済合理性があるのだ。
最後まで記入しきれるUIを実現する上で、Ajaxが役立つことは間違いない。しかし、Ajaxはアイデアを実装するための標準技術の1つに過ぎない。SaaSベンダーは、自社の求めるUIは何を理想としているのかを、まず考えるべきだろう。
同じくマッシュアップというコンセプトについても、B2Bへの応用可能性以上に喧伝されすぎだと思う。本稿が想定しているCRMやHRMといったビジネスアプリケーションは、基本的にB2Bのサービスである。B2Bのサービスである限り、取りあつかうデータは「出所に責任のある」ものでなければならない。
「マッシュアップでつなげば、複数のサーバからのデータをすべて一覧で示すことができる。もはやどのサーバからきたデータなのかわからないほどだ」と誇らしげに語るエンジニアとお会いしたことがある。確かにマッシュアップを使えば、複数のサーバからのデータをつなぎ合わせて表示することなど、技術的にはなんの問題もない。
しかしビジネスという場においては、誰がそのデータに責任をもっているかが明らかでなければならない。出所のはっきりしないデータが並んでいる一覧表に基づいて、注文書を発行するなど、ビジネスの世界ではとてもできない相談である。
複数のシステム間でデータ連携するのであれば、出所が信頼できるデータ同士を結びつけるための、一定の取り決めが必要になる。すでに日本でも、データ連携のための標準フォーマットを作成し広く公開していこうとするプロジェクトは始まっている(注2)。これはピア・ツー・ピアでのつなぎこみを避けるための貴重な試みになるはずだ。
※注2:
たとえばMIJS(Made in Japan Software)コンソーシアムは、アプリケーション連携のためのオープンな規格を目指して、活発な活動を行っている。11月29日(木)には「MIJS標準規格」の発表が予定されている。ご興味ある方は、http://mijs.smartseminar.jpを参照のこと。
一方、インターネットで広く一般に開示されているデータをマッシュアップでつなぎこむ機能は、SaaSというソフトウェアの提供形態に限定されることなく、今後とも広く普及するだろう。B2Bにおいては、地図や路線情報、宿泊情報、天気予報などが中心になるだろう。
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