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事例から学ぶBCMの本質

第1回:BCMとは何か

著者:みずほ情報総研  多田 浩之   2007/1/12
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ハリケーン・カトリーナ災害とは

   2005年8月29日、ハリケーン・カトリーナは最大規模の勢力を維持したまま、ルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州を直撃しました。ルイジアナ州のニューオリンズ市に上陸した際、その最大風速は毎秒60m以上に達しました。

   ハリケーン・カトリーナ災害は、米国史上最悪の自然災害でした。その被害の概要は表1に示した通りで、被災面積は英国の国土面積に匹敵する規模に達し、被害総額1,500億ドルという、まさに壊滅的な災害でした。
被災面積 約23万平方キロ・メートル(ほぼ英国に相当する面積)
被災家屋(再居住不可能) 約30万戸
死者 1,500人以上(このほか、
数字にあがっていない行方不明者多数あり)
避難者数 110万人以上(2005年8月における16歳以上の者)
被害総額 1,250〜1,500億ドル
インフラ被害 電力 250万の顧客が停電
(ルイジアナ・ミシシッピ・アラバマ州内)
電話 300万回線が不通
(ルイジアナ・ミシシッピ・アラバマ州内)

表1:ハリケーン・カトリーナによる被災状況の概要

   特にルイジアナ州南部に位置するニューオリンズ市では、堤防が決壊して市の80%が冠水し、50万人もの市民が住居を喪失するなどの大惨事になりました。

   2006年夏には、ハリケーン・カトリーナ災害1周年を迎え、米国メディアを中心に災害の傷跡や復興状況についての特集が多数組まれました。ニューオリンズ市を中心としたメキシコ湾岸地域では復興が十分進んでいるとはいえない状況で、未だに自宅のあった地域に戻れない被災住民が数多くいるのです。


米国政府のハリケーン・カトリーナ災害対応の問題と教訓

   ハリケーン・カトリーナ災害は、米国として稀にみる壊滅的な災害として、また連邦政府の当該災害への対応の拙さから、連日メディアで大きく取り上げられました。

   この問題を受けて、連邦議会はこの災害の最大の要因として、連邦政府の応急対応が遅れたことをあげ、連邦政府を厳しく非難しました。特に非難の矢面に立ったのは、連邦政府の危機管理機関としての使命を持つ、FEMAと国土安全保障省(DHS:Department of Homeland Security)でした。

   ここで1つ述べておきたいのは、FEMAはクリントン政権時代に大改革が行われ、大統領直属の連邦の危機管理機関として、ハリケーンや地震を含む各種大規模自然災害に対して迅速かつ最適な応急対応をし、賞賛されてきたということです。このため、世界的にもFEMAが危機管理のお手本にされるほどでした。しかし現在のジョージ・W・ブッシュ政権下で、2003年にテロ対策の使命を持つDHSが創設されたことに伴い、FEMAがDHSに編入され、以前と比べてFEMAの地位と権限が低下したという経緯があります。

   連邦議会はハリケーン・カトリーナ災害直後、連邦政府の対応問題に関する究明調査委員会を設立し、数多くの聴聞会を開催しました(下院と上院で別々に設立して実施)。またホワイトハウスも連邦政府としての教訓を得ることを目的として、内部調査を進めました。その結果、2006年2月から5月にかけて、下院、上院、ホワイトハウスにより、各々調査・教訓報告書が公表されました。

   ここでは、これらの調査・教訓報告書の具体的な内容については触れませんが、当該災害における米国政府の対応問題と教訓の骨子の一部を紹介します(表2)。

項 目 概 要
壊滅的な自然災害への準備不足 長年、ニューオリンズ市における堤防決壊を伴うハリケーン災害の危険性が指摘されていたにもかかわらず、この問題への対策が実施されていなかった。
FEMA上層部の危機管理の専門性と実務経験の欠如 当時のFEMA長官を含め、FEMA上層部の多くは、危機管理の専門性および実務経験がなかった。
連邦政府の指導力の欠如 ハリケーン・カトリーナ上陸の数日前に全米ハリケーンセンター(NHC)から、ホワイトハウスに堤防決壊の可能性が高いことが警報として知らされていたにもかかわらず、連邦政府として予防的措置を命じなかった。
連邦の危機管理計画の発動の遅れ 連邦の危機管理計画が発動されたのは、ハリケーン・カトリーナがルイジアナ州に上陸した翌日であった。
連邦政府の被災状況把握の遅れ 24時間体制で米国内の緊急事態の監視・情報収集・情報共有を担う、DHSの国土安全保障オペレーションセンター(HSOC)が、ニューオリンズ市内の堤防決壊について各方面から連絡があったにもかかわらず、堤防決壊があったことを確認せず、ホワイトハウスやDHS長官などに連絡をしなかった(これについては、ホワイトハウスおよびDHSが、連邦議会に対して情報提供を拒否しており、真相は不明)。
電力・通信インフラの壊滅による指揮・統制機能の麻痺 多くの地方政府の緊急時オペレーションセンターが被災したため、州政府は、応急対応の指揮を取ることができず、地方・州政府が協調的に救援活動を行うことができなかった。
州・地方政府における緊急時通信計画の不適切さ 被災した州・地方政府の多くが、通信のバックアップ機能(衛星電話、通信の多重化等)を備えていなかった。
省庁間での応急対応活動の協調性の欠如 省庁の役所主義により、FEMAやDHS、DOD(国防総省)などの連邦機関間で捜索・救援活動を協調的に行うことができなかった。また通信インフラの壊滅、州・地方政府におけるバックアップ通信機能の未整備、情報通信システムの相互運用性の問題が、応急対応の指揮・命令系統を混乱させ、協調的な救援活動を阻害した。
避難所設置の不適切さ 多くの地方政府が避難所を場当たり的に設定したため、混乱が生じた(住民の避難と避難所の設定の手順が非効率的であった)。
FEMAのロジスティックス能力の不足 FEMAとしても経験したことのなかった規模の災害のため、完全にロジスティックス機能が破綻した。また、避難所のニーズをまったく把握できず、多くの避難所の生活環境が劣悪な状況に陥った。
仮設住宅設置の不適切さ 地方・州政府が、仮設住宅の設置を計画的に行わなかった。また、災害の規模が大きすぎたため、FEMAは仮設住宅の調達の限界を把握できなかった。

表2:米国政府のハリケーン・カトリーナ災害対応の問題と教訓の骨子の一部
(みずほ情報総研作成)

   このように危機管理の観点から連邦政府の災害対応に関して、様々な問題点や教訓が明らかにされました。一方、大被害をもたらした当該災害において、連邦政府の対応とは対照的にBCMに成功した米国企業があるのです。第2回以降では、これらの企業についてお話ししていきます。

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みずほ情報総研株式会社 多田 浩之
著者プロフィール
みずほ情報総研株式会社
多田 浩之

情報・コミュニケーション部 シニアマネジャー
1984年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修了、富士総合研究所(現みずほ情報総研)に入社。専門は非常時通信、危機管理および産業インフラリスク解析。現在、ICTを活用した産学連携安全安心プラットフォーム共同研究に携わる。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」下の小委員会・分科会委員、内閣府「消費者教育ポータルサイト研究会」委員などを歴任。


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