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事例から学ぶBCMの本質

第4回:ハリケーン・カトリーナ災害から学ぶ〜小売企業の対応事例

著者:みずほ情報総研  多田 浩之   2007/2/23
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ウォルマートのBCMの基本方針とその対応

   ウォルマートが迅速な事業の復旧・継続に成功した要因の1つは、通常期から復旧期に至るまでのBCMの基本方針がしっかりしたものであったことがあげられます。また同社の持つ大規模な物資貯蔵・配送能力に加え、米国政府と同等のレベルの危機管理システムおよび体制を構築・整備していることも大きな要因といえます(これは、同社が全米および世界規模で業務を行っていることに起因しています)。

   同社の危機管理システムには、以下のようなものがあります。
緊急時オペレーションセンター(EOC:Emergency Operation Center)の設立
危機管理の調整を行うための中央集中化された危機管理プラットフォームとして機能する「緊急時オペレーションセンター」を設立(6〜10名のスタッフが常駐)。先端の情報システムを備え、世界で起きる危機を24時間体制で監視。
ハリケーン追跡ソフトウェアと非常時管理アプリケーション
ハリケーン追跡ソフトウェアや準リアルタイムで各店舗の被災状況を把握できる非常時管理アプリケーション(Wal-Mart Incident Management Website)などを構築(同社は、ハリケーン・カトリーナ災害の最中に、Wal-Mart Incident Management Websiteと地理情報ソフトウェアをリンクさせ、各店舗が直面する問題をマップで表示できるように機能拡張を行った)。
非常時指揮システム(ICS:Incident Command System)
ICS(注2)に基づく、柔軟性・拡張性のある初動・応急対応体制を採用。

表2:ウォルマートの危機管理システム

※注2: ICSは、明確な任務の設定、通信システムの統一、指揮命令系統の統一、用語の共通化、組織機能の標準化などを行い、異なる複数の組織・機関が持つ人員・資源を1つの標準的な組織構造に統合し、緊急事態に対して迅速かつ効果的に対応するための初動・応急対応のフレームワークである。ICSは、1970年代に米国の消防分野で開発され、9・11同時テロ事件を契機として、全米の政府・応急対応機関で採用が義務付けられている。また、一般企業に対してもICSを採用することが奨励されており、最近ICSを採用する企業が増えている。

   表3に示すようにウォルマートのBCMは、同社の巨大な事業規模、人材、資源などに即したものであるといえますが、それ以上に危機管理のエキスパート企業としてのBCMとして位置づけられると考えられます。

危機管理
フェーズ
BCMの基本方針(例)
方針 概要
通常・
準備期
オールハザード対応の危機管理体制 同社の世界規模での業務展開のため、日常ベースで、地方・全米・世界レベルでの危機管理体制を構築。米国政府と同様に、オールハザード対応の危機管理アプローチを採用。
適切な準備・減災計画を備えたBCPの策定 災害の多くは、事前の兆候もなく突然襲ってくるため、そのような事態に直面した場合に、可能な限りベストの結果を得ることができるよう、適切な準備および減災計画を備えたBCPを策定。同社の各組織やレベルに対応した緊急時対応のための一連の手順を設定。
24時間監視体制および迅速な状況判断 本社にある緊急時オペレーションセンター(EOC)により、24時間、365日体制で、世界レベルでの危機の監視、緊急事態の全体像の把握、自社の事業へのインパクト分析、危機への準備に関する迅速な意思決定支援などを実施。
ロジスティックスの整備 全米100の配送センターのうち、8つのセンターに「災害時用商品」(470万ドル相当)を備蓄(25万ガロンの飲料水を含む)。
警戒時・
緊急時
柔軟性のある緊急時管理体制 EOCを軸として、非常時指揮システム(ICS)に基づく、柔軟性・拡張性を持った緊急時管理体制を整備(状況に応じて、迅速に応急対応の変更を行い、従業員から構成される応急対応チームを編成・派遣する能力を備える)。
本社の総合支援 EOCを通じて、危機への準備、応急対応および復旧オペレーションを実施。事業部門の代表者がEOCに参集し、各々の事業部門の意思決定者および連絡調整者として機能。
効果的なコミュニケーション 災害時においては、特に、上位レベルでのコミュニケーションが危機管理の成功の鍵を握るという認識の下、EOCレベルでの危機管理においては、意思決定者が参集するため、フェイスtoフェイスのコミュニケーションを実施(同社の経験から、災害時においては、ボイスメールや電子メールは情報伝達の手段として効率的ではないとの見解)。
情報システムの活用 同社の持つ情報システムを活用して、災害前と災害後の消費者のニーズを把握。
自社の持つ資源・能力の活用 利用可能な自社資源を最大限に有効活用(ウォルマートの場合は、物資搬送能力、商品の量(生活物資)、情報システム、人的能力など)。
復旧期 災害教訓の検証 災害を経験した後に、必要であれば迅速に自社の危機管理体制やBCP等を改訂・更新。
その他 企業文化 災害時において、従業員が、自身の店舗が位置する地域の救援・復旧活動に積極的に関与することを奨励。

表3:ウォルマートにおける危機管理フェーズ別のBCMの基本方針の例
(上院聴聞会のビデオ・資料、その他公開資料を参考にみずほ情報総研作成)

   実際、同社のグローバル・セキュリティ部門の事業継続部長であるJason Jackson氏は上院の聴聞会で、同社がハリケーン・カトリーナ災害の際、FEMA(連邦危機管理庁)よりも早く被災地域住民に救援物資を配送し、被災現場で救援活動にあたっていた政府機関の応急対応者に必要物資を提供したことなどを証言しています。この事実は、州や連邦政府よりも迅速かつ的確に救援活動を実施したことを全米に印象付けました。

   では、次に、同社が当該危機において実施した具体的な応急対応の例を述べます。

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みずほ情報総研株式会社 多田 浩之
著者プロフィール
みずほ情報総研株式会社
多田 浩之

情報・コミュニケーション部 シニアマネジャー
1984年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修了、富士総合研究所(現みずほ情報総研)に入社。専門は非常時通信、危機管理および産業インフラリスク解析。現在、ICTを活用した産学連携安全安心プラットフォーム共同研究に携わる。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」下の小委員会・分科会委員、内閣府「消費者教育ポータルサイト研究会」委員などを歴任。


INDEX
第4回:ハリケーン・カトリーナ災害から学ぶ〜小売企業の対応事例
  ハリケーン・カトリーナ危機に対するBCMに成功した米国企業
ウォルマートのBCMの基本方針とその対応
  ウォルマートがハリケーン・カトリーナ危機において実施した具体的な応急対策・対応の例