TOP調査レポート> ハリケーン・カトリーナ危機に対するBCM成功のポイント
BCM
事例から学ぶBCMの本質

第5回:大規模震災に向けたBCMのあり方

著者:みずほ情報総研  多田 浩之   2007/3/9
前のページ  1  2  3  次のページ
ハリケーン・カトリーナ危機に対するBCM成功のポイント

   次に、準備期・警戒期と緊急時・復旧期に分けて、事例に示した企業がハリケーン・カトリーナ危機に対してBCMに成功した重要なポイントについて俯瞰的に整理してみましょう(表2、表3)。
BCM成功のポイント 概要
実効性のあるBCPと最悪の事態を想定した緊急時応急対応・復旧計画の策定 各危機管理フェーズ(準備期、警戒期、緊急時、復旧期)に即した、オールハザード対応の実効性のあるBCPを備えていた。また、この一環として、当該危機に関する自社への影響について最悪の事態を想定し、予測できない事態への対応を考慮した、緊急時応急対応・復旧計画(バックアップ・プランを含む)を準備していた。
災害時における責任・役割の明確化 災害時における、本社、関連部署および地域事業所間の責任と役割を明確に規定していた。
迫りくる危機に対する事前の周到な情報収集・分析・予測 各種気象予報情報(民間契約の気象予報サービスからの情報を含む)などに基づき、ハリケーン・カトリーナの挙動や再上陸地点などについて正確に分析・予測し、自社への影響を分析していた(サザンカンパニー、ウォルマートの場合)。
被災地域の責任者による迅速な意思決定と危機管理指導力の発揮 災害時において、最も危機に直面している地域の責任者(地域管理者)に、応急対応に関する意思決定に対して完全な権限を与えていた。これにより、被災地域の危機管理責任者が、自社全体の応急対応の陣頭指揮を行い、事前の災害準備段階から、迅速な意思決定と応急対応の調整を行うことができた(ウォルマートの場合は、事業部門の代表者が緊急時オペレーションセンター(EOC)に集結し、各々の事業部門の意思決定者および連絡調整者として機能した)。
予防的対策・措置の実施 当該危機が顕在化する前にBCPを発動し、時間的余裕を持って、当該危機に対する予防的対策・措置(緊急時指揮機能の設置・確立、危機管理・応急対応チームの発動、緊急時用設備・要員などの待機場所への配置、十分な食料・飲料水の確保など)を実施した。

表2:事例に基づくハリケーン・カトリーナ危機に対するBCM成功の重要なポイント
「準備期・警戒期」
(みずほ情報総研作成)

BCM成功の
ポイント
概要
実効性のある初動・応急対応の実施 非常時指揮システム(ICS、注1)に基づいて、迅速かつ効果的な初動・応急対応(危機管理・応急対応チームの被災地域への派遣、緊急時用設備・要員などの待機・配置など)を実施した。これにより、被災地域での迅速かつ効果的な応急対応、防護対策および復旧活動を実施することができ、早期に事業を復旧することができた。
緊急時における絶え間のないコミュニケーションの実施 本社、危機管理・応急対応チーム、各地域の事業所、被災地域の事業所などの間で、絶え間ないコミュニケーションを行う仕組みが整っており、危機管理責任者による情報の集中管理が行われた。そのため、当該危機では、自社の被災状況、被災地域の事業所のニーズ、応急対策の状況などについて迅速に情報を収集し、状況を把握することができた。
従業員の安全対策の実施 従業員やその家族の安全確保のための万全な対策・措置を実施した。
臨機応変な応急対応の実施 ハリケーン・カトリーナ危機は、各社で想定されていた最悪の事態に相当するか、それを超えるものであり、予期されていない事態が生じたが、危機管理責任者および被災現場の従業員の臨機応変かつ献身的な応急対応・措置により、危機を乗り越えることができた。
顧客へのケアおよび被災地域への貢献 被災にともなう顧客、地域などへの対応やケアを精力的に実施した(例えば、スターウッドホテルの場合は、宿泊客に対する最大限の安全確保や病人などへのケアを実施)。
被災従業員へのケア 被災した従業員やその家族に対して、住居、食料、給与などの観点から救済措置を実施した。
災害の教訓の反映 過去に経験した災害の教訓を、継続的にBCPおよびBCMに反映した。

表3:事例に基づくハリケーン・カトリーナ危機に対するBCM成功の重要なポイント
「緊急時・復旧期」
(みずほ情報総研作成)

※注1: 異なる複数の組織・機関が持つ人員・資源を1つの標準的な組織構造に統合し、緊急事態に対して迅速かつ効果的に対応するための初動・応急対応のフレームワークであり、全米の政府・応急対応機関でICSの採用が義務付けられている。一般企業に対してもICSを採用することが奨励されており、最近ICSを採用する企業が増えている。

   表2および表3に示したBCM成功のポイントの多くは、本連載に事例としてあげた3社に共通するものです。

   これら3社は広域で事業を展開する大規模な企業であり、業種、事業形態、企業規模などによってBCMの局面は異なります。したがって、ここにあげたBCM成功のポイントは、すべての業種・企業に適用できるとは限りませんが、BCMのあり方を考える際に十分参考になると思います。


広域・大規模震災時におけるBCMの注意点

   表2および表3に示したBCMの成功のポイントは、ハリケーン災害(風水害)に関する事例に基づくものではありますが、災害・危機の種類にかかわらず幅広く適用できると考えられます。しかし、これらのポイントを広域・大規模震災の場合に適用する際に注意すべき点があります。

   まず震災と風水害で最も大きく異なる点は、震災の場合、現在の技術では地震の発生を予知できないため、実際に地震が起きるまで、初動体制の確立、応急対応要員の配置、緊急用物資の事前調達、避難などの予防的な応急対策を行うことができないことです。

   しかも震災の場合は、組織・個人間での十分な連絡や状況把握ができない中で、迅速に初動・応急対応を行うことが必要になる可能性が大きいといえます。

   したがって、震災の場合には、風水害(台風を含む)の場合と比較して、危機管理・応急対応チームの設立、およびその役割と責任(表4)、個別対策の手順などを明確に規定した「緊急時応急対応計画」を策定するとともに、それをBCMに反映することが一層重要になります。

  • 初動・応急対応
  • 緊急時コミュニケーション(安否確認を含む)
  • 避難
  • 顧客対応
  • 代替事業所への移転 など

表4:危機管理・応急対応チームの任務の例

   また、あらゆる事態を想定し、「緊急時応急対応計画」の中でバックアッププランを策定しておくことが不可欠です(表2)。

   では次に、地域の防災・減災における企業の果たす役割について考えてみたいと思います。

前のページ  1  2  3  次のページ


みずほ情報総研株式会社 多田 浩之
著者プロフィール
みずほ情報総研株式会社
多田 浩之

情報・コミュニケーション部 シニアマネジャー
1984年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修了、富士総合研究所(現みずほ情報総研)に入社。専門は非常時通信、危機管理および産業インフラリスク解析。現在、ICTを活用した産学連携安全安心プラットフォーム共同研究に携わる。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」下の小委員会・分科会委員、内閣府「消費者教育ポータルサイト研究会」委員などを歴任。


INDEX
第5回:大規模震災に向けたBCMのあり方
  BCMのあり方を考える
ハリケーン・カトリーナ危機に対するBCM成功のポイント
  地域の防災・減災における企業の果たす役割