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事例から学ぶBCMの本質

第5回:大規模震災に向けたBCMのあり方

著者:みずほ情報総研  多田 浩之   2007/3/9
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BCMのあり方を考える

   本連載ではハリケーン・カトリーナ危機に対する米国連邦政府の応急対応の問題点およびBCMに成功した企業の事例として、サザンカンパニー、スターウッドホテルおよびウォルマートについて解説しました。

   「第1回:BCMとは何か」でも述べたように、日本では、首都大規模地震や東海・南海・東南海地震などの広域・大規模震災の発生が懸念されており、地域レベルでの防災・減災への取り組みの強化が求められています。同時に、BCMの一環として地域の減災・防災における企業の果たす役割とは何かを考えることも非常に重要であると思います。

   最終回となる今回は、以上を踏まえて「大規模震災に向けたBCMのあり方」について考えてみたいと思います。

ハリケーン・カトリーナ危機に対する連邦政府の対応とBCMに成功した企業の対応

   最初に、ハリケーン・カトリーナ危機に対する連邦政府とBCMに成功した企業の対応における本質的な違いは何かについて簡単に考察してみたいと思います。

   当該危機に対する両者の対応の本質的な相違点として、「壊滅的な自然災害に対する準備」「予防的応急措置」「コミュニケーション・応急対応活動の連携」および「危機管理指導力」の4点をあげることができます(表1)。

相違点 連邦政府 BCMに成功した企業
壊滅的な
自然災害に
対する準備
長年、ニューオリンズ市で、堤防決壊を伴うハリケーン災害の危険性が指摘されていたにもかかわらず、対策を怠ってきた。 過去のハリケーン災害の教訓を活かし、最悪の事態を想定した周到な準備を行っていた。
予防的応急対策 ハリケーン・カトリーナが再上陸するまで、予防的かつ本質的な応急対策を実施しなかった。 ハリケーン・カトリーナが上陸あるいは再上陸する前に、余裕を持って予防的応急対策を実施した。
コミュニケーション・応急対応活動の連携 当該危機のあらゆる局面において、ホワイトハウス、連邦・州・地方政府機関などの間で、相互に適切なコミュニケーションがとれていなかった。また、相互に連携・協調して、被災地での救援・救助活動を行わなかった。 当該危機のあらゆる局面において、本社、事業所(あるいは子会社)などの間で、間断なく、相互に密接なコミュニケーションをとりながら、被災事業所に対する救援・復旧活動を行った。
危機管理リーダーシップ 当該危機への対応に際して、連邦政府内に危機管理のリーダーシップを発揮する者がいなかった。 被災地域の事業責任者あるいは危機管理責任者が、応急対応・復旧活動の陣頭指揮を行った。

表1:ハリケーン・カトリーナ危機に対する連邦政府とBCMに成功した企業の対応の比較
(みずほ情報総研作成)

   ここで重要な点は、連邦政府はオールハザードの危機に対して、「国家応急対応計画(NRP:National Response Plan)」を準備していたことです。これは、国土安全保障省(DHS)長官を危機管理の責任者として、連邦・州・地方政府、米国赤十字などのNGO、民間企業などとの連携・協調体制に基づく準備・応急対応の体制と仕組みを体系的に記述した新しい防災・危機管理計画です。

   そのような準備にもかかわらず、連邦政府のハリケーン・カトリーナ危機への応急対応が遅れた原因は、NRPが当該災害の起こる8ヶ月前(2004年12月)に策定されたものであり、政府の危機管理関係者がNRPの内容について必ずしも完全に理解していなかったということがあげられます。

   そして、最大の原因はホワイトハウスやDHS、連邦危機管理庁(FEMA)を含めた連邦政府内で、当該災害への対応について確固たるリーダーシップを発揮する者がいなかったことにあります。

   筆者は、これが、本来減災することが可能であった当該災害の規模(特に犠牲者・被災者数)を拡大させ、連邦・州・地方政府による救援・救助活動の混乱を招いた大きな要因であったと考えています。これは、当該災害の究明調査の一環として行われた上院と下院の聴聞会(上院21回、下院9回)での関係者の証言から、十分に読み取れます。

   一方、本連載で取り上げた事例の企業は、いずれも被災地域の事業責任者あるいは危機管理責任者が陣頭指揮をとって応急対応にあたり、ほとんど犠牲者をださずに、迅速な事業の復旧・継続に成功しました。

   これは、大規模災害時における企業のトップおよび危機管理責任者のリーダーシップが、いかに迅速な事業復旧と事業継続の成功を左右するものであるかを物語るものといえます。

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みずほ情報総研株式会社 多田 浩之
著者プロフィール
みずほ情報総研株式会社
多田 浩之

情報・コミュニケーション部 シニアマネジャー
1984年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修了、富士総合研究所(現みずほ情報総研)に入社。専門は非常時通信、危機管理および産業インフラリスク解析。現在、ICTを活用した産学連携安全安心プラットフォーム共同研究に携わる。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」下の小委員会・分科会委員、内閣府「消費者教育ポータルサイト研究会」委員などを歴任。


INDEX
第5回:大規模震災に向けたBCMのあり方
BCMのあり方を考える
  ハリケーン・カトリーナ危機に対するBCM成功のポイント
  地域の防災・減災における企業の果たす役割