Gen AI Times 52

【ビジョンなき導入の末路】データが暴く日本企業の課題と次の一手

本記事は、生成AIコミュニティ「IKIGAI lab.」に所属するメンバーが、生成AIに関するニュースを紹介&深掘りしながら、AIがもたらす「半歩先」の未来に皆さんをご案内します。

Daiki Ikeda

11月27日 6:30

はじめに

本連載では、生成AIコミュニティ「IKIGAI lab.」に所属する各分野の専門家が、それぞれの視点から最新のAIトレンドとビジネスへの示唆を発信しています。本記事を通じて、皆さまが“半歩先の未来”に思いを馳せ、異なる価値観や視座に触れていただければ幸いです。

生成AIは、GPT-5.1のように技術的進化を続け、より日常に溶け込む一方、ビジネス現場での活用には「格差」が生まれ始めています。

今回は、こうした企業間の格差が生まれる原因(課題)、次世代の意識、そして野村総合研究所(NRI)のような国内の成功事例を紹介させていただき、AI時代を本格的に生き抜くために、今、企業や個人に何が問われているのかを明らかにします。

世界と日本の比較

Wrike Japanが2025年9月に実施した5カ国(日・米・英・独・仏)の職場における、生成AI利用に関する調査結果を発表しました。

日本のAI導入は、日常利用率や利用ツール種類において5カ国中最低レベルであり、「狭く浅く」とどまっていることが明らかになり、トップダウン型の導入モデルが示唆されます。日本の従業員はツールの「正確性」と「使いやすさ」を他国以上に重視し、非承認AI(シャドーAI)の利用率が最も低いなど、品質とガバナンスを重視する慎重な姿勢が特徴です。

ただ、組織的な課題も浮き彫りになっています。AI利用の公式ルール整備は進んでいるものの、経営層による「明確なビジョンの伝達」が著しく不足しています。現場では「AI導入の明確な責任者や推進者がいない」ことや、導入されたツールが「実際の業務フローに合っていない」ことが最大の障害として挙げられました。

結論として、日本企業がAI導入で成果を出すためには、経営層が明確なビジョンを示し、ガバナンスと現場ニーズのバランスを取る推進体制を構築することが急務です。

次は、日本企業がそんな状況の中、次世代ITエンジニアの生成AIに対する考えを紹介します。

27卒学生の96.5%がキャリアにAIの影響を認識
76.4%が企業選びでも重視

2027年卒業予定のITエンジニア志望学生144名を対象に実施した「生成AI時代の就職活動とキャリアに関する意識調査」で、学生のAIに対する強い意識が明らかになりました。

調査結果のポイントは以下の3点です。

① 27卒学生の96.5%が、将来のキャリアにAI技術の発展が「影響を与える」と認識しています。内訳は「非常に大きい影響を与える」が73.6%、「ある程度の影響を与える」が22.9%でした。過去の調査で利用率が9割を超えている「AIネイティブ世代」である彼らにとって、AIは脅威ではなく、キャリア形成における「避けられない、巨大な変化の要因」として認識されています。

② 就職活動の企業選びにおいて、76.4%の学生が企業のAI技術に関する取り組みを「重視している」(「強く重視」27.1%、「多少重視」49.3%)と回答しました。企業がAIをどう事業に組み込み、新しい価値を創出していくかというAI戦略が、学生にとって企業の「将来性」を測る重要な指標になっていると推察されます。

③ 企業が採用活動に生成AIを利用することに対し、学生は概ね肯定的です。特に「コーディング能力の評価検討」(76.4%)や「エントリーシートの評価検討」(71.5%)で高い肯定率を示しました。一方で「面接の評価検討」は、半数以上が肯定的であるものの他より数値が低く、従来の人対人のコミュニケーションとの共存が望ましいことが示唆されました。

この結果を受け「AIが存在しない職場は想定外」という前提が学生側にあり、AIへのキャッチアップが遅れている企業は、学生自身のキャリア成長にマイナスと捉えられる傾向があることが分かります。企業はAIの活用と、その活用状況のアピールが採用戦略上、重要な要素になると指摘しています。

多くの企業が課題に直面する一方、国内には圧倒的な成果を上げている成功事例があります。次は、その1つである「野村総合研究所」の事例を紹介します。

野村総合研究所(NRI)が実現した
「利用率80%超」の生成AI活用

生成AIの導入が広がる中、野村総合研究所(NRI)は、コンサルティング部門における利用率が80%を超えるという、国内でも群を抜く目覚ましい成果を上げています。派遣社員なども含めた数値であるため、現場のコンサルタントやエンジニアの利用率はほぼ100%に達しており、生成AIが完全に業務に組み込まれた成功事例と言えます。

この驚異的な浸透の最大の鍵は、「コンサルタントが安全に使えるAIの提供」という原点にあります。NRIは機密情報漏洩リスクを徹底的に排除するため、自社データセンターにクローズド環境で「NRIプライベートLLM」を構築しました。この「安全・安心な基盤」の存在が、コンサルタントが躊躇なくAIを活用する大前提となりました。

さらに、NRIはAIを単なる効率化ツールとして終わらせず、コンサルティング業務の「付加価値向上」に直結させました。Web情報との差別化が求められる中、過去の提案書、報告書、研究論考といった社内に蓄積された膨大な「独自のナレッジ」をRAG(検索拡張生成)で参照できる仕組みを整備しました。これにより、自社の強みである知見に基づいた、質の高いアウトプットを迅速に生成することを可能にしました。

最も注目すべきは、外部ツールの進化に追随する「高速なアジャイル開発体制」です。多くの企業が導入したAI基盤の「陳腐化」に悩む一方、NRIはIT企業の強みを活かし、内製開発チームが毎月1回以上の頻度で機能をアップデートし、現場のニーズを即座に反映し続けています。

安全な基盤の構築、業務価値への直結、そして高速なアジャイル改善。これらに加え、月1回の「AI推進セッション」での地道なナレッジ共有を続けるNRIの取り組みは、生成AIを全社に浸透させた成功事例の一つです。

Wrike調査で日本の課題とされた「現場での使いにくさ」をNRIは組織体制で解決しました。一方、技術側も進化をして、使いやすくなっています。次は、OpenAIの最新アップデート「GPT-5.1」を紹介します。

最新モデルGPT-5.1の機能

GPT-5.1は、GPT-5世代の能力と使いやすさを高めた「改良版」と位置づけられています。モデル体系は、日常タスク用の「Instant」、複雑な推論用の「Thinking」、それらを自動で切り替える「Auto」の3つに整理されました。

主な改善点は以下の通りです。

Instant(日常モデル):従来の事務的な応答から、より「あたたかく会話的」なスタイルに変更されました。また、「15字で返答して」といった日常的な指示への追従性が向上しました。

Thinking(上位モデル):タスクの難易度に応じて思考時間を自動調整します(簡単なタスクは高速化、難しいタスクは時間をかけて推論)。説明スタイルも平易になり、理解のしやすさが向上しました。

従来のGPT-5モデルは3ヶ月の移行期間後に提供終了となり、順次GPT-5.1が標準となります。筆者は、このアップデートにより「親しみやすさと分かりやすさ」が明確に向上したと結論づけています。

まとめ

本記事では、AIネイティブ時代における日本の「AIギャップ」の現状、次世代のキャリア観、そして国内の成功事例と最新技術の進化を多角的に解説しました。

Wrikeの調査が示すように、日本の多くの企業はAI導入において「明確なビジョンの欠如」や「現場ニーズとの乖離」といった壁に直面しています。しかし、その一方で、「AIネイティブ世代」である27卒学生は企業のAI戦略を厳しく評価しており、対応の遅れは将来の採用競争力に直結するリスクとなっています。

この「格差」を乗り越える鍵は、野村総合研究所(NRI)の事例に明確に示されています。NRIは、「安全なクローズド環境の構築」「独自のナレッジを活用した付加価値向上(RAG)」「高速なアジャイル開発体制」によって、利用率80%超という圧倒的な成果を実現しました。これは、日本の課題とされた「ガバナンス」と「現場の使いやすさ」を両立させた好例です。

経営層はAI活用の明確なビジョンと責任体制を示し、現場はNRIのようにAIを「効率化」の先にある「付加価値向上の武器」としてアジャイルに使いこなしていくこと。AI時代を本格的に生き抜くため、今こそ「ビジョン」と「実践」の両輪を回すことが求められています。

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