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世界各国政府のオープンソース採用動向
世界各国政府のオープンソース採用動向

第1回:欧州編(前編)
著者:三菱総合研究所  比屋根 一雄   2005/2/25
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ミュンヘン市、14,000台をWindowsからLinuxに移行

   2003年5月、ドイツ第3の都市ミュンヘン市議会は、市役所の全コンピュータ14,000台をWindowsからLinuxへ移行すると決議しました。このニュースは世界中を驚かせました。なぜなら、
サーバだけでなくデスクトップPCをすべてWindowsからLinuxに移行するなどとは、誰も考えもしなかったからです。


   直接のきっかけは市役所に多数あったWindows NT4.0のサポート切れでした。サポート切れに伴うリプレースには数千万ユーロを要するため、コスト削減のためにLinuxへの移行可能性を2002年に検討していたのです。また、業務システムをWebベースに切り替えようとしていたことも、Linuxへの移行の後押しをしました。

   しかし、本当の理由は別の所にありました。それは特定の製品への依存を避け、健全な市場競争を活性化することです。ドイツでも日本と同様にほとんどのパッケージソフトウェアは米国製です。Windowsだけでなく、OracleやPeopleSoftなど基本ソフトウェア(OS)からミドルウェア、アプリケーションまで米国製品が市場を独占していました。

   一方、ドイツでは早くからオープンソースソフトウェアが普及しており、開発も盛んです。世界第2のLinuxディストリビュータSUSE Linuxがあり、デスクトップ統合環境KDEの開発本拠地でもあります。また、MS Officeの対抗馬として最有力であるOpenOffice.orgの基になったStarOfficeは元々ドイツの企業が開発したものをSun Microsystemsが買収したものです。

   このような背景の下、市場競争によってドイツ製品の購入を促すために、市議会はLinux移行を決議したのです。導入コストで言えば、実はMicrosoftの方が低価格でした。IBMとSUSE Linux連合が提案した価格が3950万ドルであったのに対し、Microsoftは3660万ドルでした。それにも関わらずLinuxの提案が通ったため、Microsoftの副社長がミュンヘン市を訪れ、さらに2370万ドルへの大幅値引きを提示したと伝えられています。しかし、ミュンヘン市は独占を続けるための不当行為だとして受け入れませんでした。


Linux移行の壁

   その後1年間の検討期間を経て、2004年6月には正式にLinux移行計画LiMuxが承認されました。しかし、Linux移行は簡単ではありません。業務システムをWebベースに移行するとは言え、それまで300ものクライアントソフトが使われていました。これらをすべてLinuxやWebベースに移行するのは大変です。また、市役所で使われているMS Office文書はOpenOffice.orgと完全な互換性はなく、特にマクロが多数使われていることが分かりました。それに加え、Linux環境に慣れてもらうため職員を再教育しなければなりません。

   検討の結果、5年間をかけて徐々に移行することになりました。業務システムは可能な限りWebベースに置き換え、Linux上のブラウザで利用できるようにします。当初は、VMWareなどのエミュレーションソフトを使って、WindowsアプリケーションをLinux上で使うことも認めます。ただし、コスト高になりますので、最終的にはLinuxアプリケーションに切り替えることが原則です。


ソフトウェア特許問題による停止・再開

   Linux移行計画がスタートしてしばらく後、2004年8月、ミュンヘン市は突然計画の停止を発表しました。理由は、特許問題への懸念です。欧州ではソフトウェア特許が認められていませんでしたが、米国の圧力によりソフトウェア特許法案が提案され審議されています。これが成立した場合、Linuxをはじめとするオープンソースソフトウェアに特許問題が発生する可能性があり、その法的リスクと財務的リスクを検討するため、というのが理由でした。

   幸いなことに、1ヶ月もしない内に、リスクは許容範囲であるとして、計画は再開されました。2005年初頭に一部の部署からLinux移行が始まるとのことです。

2002年8月〜12月 クライアント調査実施
2003年5月28日 オープンソースへの移行が市議会で決議
2002年6月〜2004年6月 IBM、SUSE協力の下、詳細な構想作成作業
2004年6月16日 市議会で移行を正式に決議
2004年6月〜 Linux移行プロジェクトLiMux開始
2004年8月 特許問題の懸念から計画を一時中断
2004年9月 計画再開
2005年初頭 一部の部署で実際にLinux移行を予定

   ミュンヘン市の事例のポイントは、特定製品への依存を回避し、市場競争の下で調達を行うためにオープンソースを採用したことでした。短期的にはコストもかかり、職員の再教育も必要となります。しかし、長期的にはコスト削減が可能であり、地元企業の活性化にもつながると考えています。


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三菱総合研究所
著者プロフィール
株式会社三菱総合研究所  比屋根 一雄
情報技術研究部  主席研究員
1988年(株)三菱総合研究所入社。先端情報技術の研究開発および技術動向調査に従事。最近は「OSS技術者の人材評価調査」「日本のOSS開発者調査FLOSS-JP」「学校OSSデスクトップ実証実験」等、OSS政策やOSS技術者育成に関わる事業に携わる。著書に、「これからのIT革命」、「全予測情報革命」、「全予測先端技術」(いずれも共著)などがある。「オープンソースと政府」週刊ITコラム「Take ITEasy」を主宰。


INDEX
第1回:欧州編(前編)
  はじめに
ミュンヘン市、14,000台をWindowsからLinuxに移行
  オープンスタンダード推進にオープンソースを利用する欧州連合
  独自にリブレソフトウェアを進めるフランス