The Apache Software Foundation(ASF)が主催するCommunity Over Code Asia 2025、2日目のキーノートから「オープンソースプロジェクトを持続させるためには何が必要か?」を解説したセッションを紹介する。セッションのタイトルは「From Commits to Capital: Turning Open Source Passion into a Startup Journey」、プレゼンターはWhaleOpsというスタートアップのCEOを務めるWilliam Guo氏だ。
2枚目のスライドでこのセッションの概要を解説。ここではオープンソースプロジェクトを持続させるためには「そのソフトウェアが好き」というだけでは足らないこと、オープンソースプロジェクトを始めたエンジニアが生き残るためのガイド、オープンソースプロジェクト創設者に対するアドバイスという構成になっている。
オープンソースプロジェクトは何よりもそれを作りたいという意欲からスタートするものの、それがビジネスとして持続するための計画が最初から備わっているわけではないことを説明。この辺りはGuo氏自身がApache DolphineSchedulerとApache SeaTunnelというプロジェクトのコアメンバーであり、その商用版としてのWhaleOpsを作った経験からのリアルな体験談ということだろう。ちなみにDolphineSchedulerはデータ処理のためのワークフロー、SeaTunnelはさまざまなデータを統合するためのツールであり、どちらもビッグデータシステムには欠かせない機能を提供するソフトウェアだ。
DolphineSchedulerは元はEasyScheduler、SeaTunnelはWaterdropという名前で開発がスタートしたオープンソースソフトウェアである。そのソフトウェアがリリースされ、認知されるにつれて、利用者が増えることはユーザーにとっては嬉しいことには違いないが、一方でデベロッパーにとっては必ずしも喜ばしいことではないことを次のスライドで説明。
このスライドではDolphineSchedulerにはMcDonald、SHEIN、Zoom、Walmartなど、SeaTunnelにはJPMorganChase、DiDi、FOXCONNなどのユーザーがリストアップされている。このように世界的にも著名なユーザーが利用することで、バグの修正や機能強化には大きなプレッシャーがかかることを説明。これらの企業が使うことでプロジェクトの知名度は上がるが、同時に期待に応えないといけないというプレッシャーがかかってくるということだろう。
ここでは著名な企業がユーザーとなることでソフトウェアとして安定させることが優先項目となり、それがさらにユーザーを拡げることになり、最終的にデベロッパーに対して金銭的な補償を行うことができなくなるという、オープンソースソフトウェアが陥りやすい落とし穴に嵌ってしまうことを説明した。
ここではオープンソースで作りたい機能を実装する夢を実現することだけでは持続しない、持続するためにはビジネスモデルが必要だったと説明し、WhaleOpsを立ち上げた背景を語った。
そしてThe Apache Software Foundationについても言及し、すべてのApacheプロジェクトがそのままビジネスに転換できると保証されてはいないと説明。
ここから具体的にオープンソースソフトウェアがマネタイズする時の選択肢を紹介。
ここでは以下の4つの手法を挙げ、それぞれの利点/欠点とともに紹介されている。
- ソフトウェアはオープンのままでそれをコンサルティングやサポートするプロフェッショナルサービスをビジネスとする
- ソフトウェアをクラウド上のマネージドサービスとして提供する
- オープンソースソフトウェアに対する機能追加をマーケットプレイスとして公開し、そこから利益を得る
- オープンコアとしてコアの機能はオープン、エンタープライズ向け機能に課金する
プロフェッショナルサービスは人的コストが膨大となり投資者が嫌がる点、マーケットプレイスは管理の負担が増大する点、そしてオープンコアは2つのコードベースを同時に開発するコストがそれぞれ欠点として挙げられている。結果的にWhaleOpsはオープンコアという方法を選択したことになる。
ここでは「ASFのカンファレンスでオープンではないソフトウェアについて解説するのは気後れする」と前振りをした上で「何をオープンにしないのか?」を説明。
ここではエンタープライズ向けの機能やGUIなどのユーザビリティを向上させる機能強化、他システムとの連携機能、特定の業界で求められる機能などを売り物として、オープンソースにしないことを推奨すると説明した。
また非常に具体的な要件としてスタートアップの初期段階で資金を投資することで持続させる役割を担うベンチャーキャピタリストとの接し方についても解説。ここではGitHubのスターは売上と同じではないこと、ベンチャーキャピタリストはテクノロジーを理解するわけではなく、それがビジネスになるかどうかを見ているため、デベロッパー側がビジネスを理解する必要があることなどを説明した。ここは非常に重要なポイントであり、筆者はオープンソースソフトウェアのカンファレンスには数多く参加しているが、このポイントをキーノートの場で解説するという機会は皆無だったと言える。パネルディスカッションや質疑応答などで同様の主題を扱うことはあっても、かなり稀な内容である。
ここではGuo氏がデベロッパーからWhaleOpsのCEOとして仕事が変わった時に何が重要なのか? を経験から教えるという内容のスライドを使って解説した。コードをリリースすることからチームをまとめるためにクリアな方向性を示すこと、テクニカルな問題よりも人事やエンジニアのやる気を上げること、衝突の解決など多くの人的問題を解決する必要が出てくること、自由にソフトウェアを開発するという愉しみが、オープンソースソフトウェアを維持するという苦しみに変わること、CEOとして下した判断にはトレードオフと結果が伴うこと、単にコードを書くデベロッパーから、人材、ビジネス、ビジョンを開発し、維持していくデベロッパーにならないといけないと説明した。
ここではWhaleOpsのビジネスを紹介。ASFのオープンソースソフトウェアDolphineSchedulerとSeaTunnelを組み合わせて、エンタープライズ版としてWhaleStudioという名称で提供している。単体のソフトウェアではなく自身がコミッターとして開発をリードするオープンソースソフトウェアを組み合わせて機能強化を行い、価格を付けて市場に提供するという方法だ。
このスライドでもオープンソースソフトウェアから商用版をビジネスのコアとして利用していることを無償のオープンソースソフトウェアを使っているユーザーと商用版を使っているユーザーをロゴを使って紹介。ここではWalmartやSHEIN、McDonaldなどのユーザーが使っているというユースケースを元に、1名のセールス担当者によって中国国内の多くの企業を商用版のユーザーとして獲得できたことを説明している。
最後のパートとして今回のセッションのまとめを行った。
ここではこのカンファレンスの名称となっているCommunity Over Codeを揶揄しつつ「それだけでは売上という目標を達成できない」と説明。
スタートアップとして国内のユーザーだけをターゲットにするのではなくグローバル展開は必須であると説明。
このスライドでは投資とキャッシュフローの重要性を再度、強調。夢だけではデベロッパーが生きていくことはできないと説明。
ここではクラウドが未来であり、オンプレミスには未来がないと説明。クラウドサービスとしても提供しているWhaleOpsも、そのビジョンに従っていくことを示しているようだ。
オープンソースソフトウェアをビジネスとして持続させることをリアルな体験を踏まえて解説したセッションとして非常に良い内容だったと感じる。特に後半はすべて英語でのスライドとすることで、このカンファレンスに参加した非中国語圏のエンジニアにも訴求したいという意図を感じる内容となった。惜しむらくは、より具体的な数字がなかったことだろう。中国人エンジニアのプレゼンテーションは何よりも失敗の露出を避ける傾向にあるなかで、苦労話とも取れる内容となったのは珍しいと言える。
近年のKubeConも成功談が支配的になっている状況だが、2024年には元ChefのAdam Jacobs氏が行ったプレゼンテーションもこの内容に繋がるオープンソースのライセンス変更に関する内容だった。よりプリミティブなビジネス化という側面では今回のセッションのメッセージはシンプルで訴えかける内容となっていた。Jacobs氏のプレゼンテーションについては以下を参照されたい。
●参考:KubeCon North America 2024から、オープンソースのビジネスモデルを検証するセッションを紹介