目次
はじめに
企業における4種類のPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)のうち、今回取り上げるのは、3つ目の「コーポレートPMO」です。
下図において③にあたるポジションで、これまで紹介してきた中で最も守備範囲の広いPMOとなります。組織のトップである経営層直下に位置し、全社的なマネジメントを担います。
具体的には、ガバナンス強化、部門間の連携支援、プロジェクトの標準化などにより、企業全体の効率的な経営判断をサポートします。
とはいえ現実には、「コーポレートPMO」を置く企業はほとんどありません。多くの場合、「経営企画部」がその役割を担っていることでしょう。いずれにしても、本来このポジションは企業全体を動かす重要な役割なのです。
しかしながら、現場の経営企画部を見ると、本来の役割とはかけ離れた業務を行い、十分に機能していないケースもよくあります。
例えば、経営報告書や経営会議の資料作成、そのための数値の集計、書類フォーマットの統一、各事業部への通達など。もちろん組織に必要な作業ではあるものの、これらの多くは経営層から「これやっておいて」「これ伝えておいて」とリクエストされたことに応えているだけ。
つまり、本来のこのポジションの役割を果たしておらず、「御用聞き」や「伝書鳩」に収まってしまっていると言わざるを得ないでしょう。
私はこうした状況こそが、コーポレートPMOの本質や重要性をさらに見えづらくしていると感じています。
今回は、私のこれまでの経験や事例を踏まえながらコーポレートPMOの役割を紐解きつつ、多くの企業に存在する経営企画部の課題、進化のための方法なども整理したいと思います。
コーポレートPMO(経営企画部)の
最大の任務は「経営全体の最適化」
まず、コーポレートPMOの活動領域をあらためて確認しましょう。
これまでに紹介した「プロジェクト内PMO」は個別プロジェクト、「部門PMO」は特定の部門内にある複数プロジェクトが管理対象ですが、「コーポレートPMO」は「自社全体」を対象にマネジメントを行います。
具体的には、経営層から出される事業ミッション。例えば、「生産性の向上」「予算管理」「リスク管理」「働き方の改善」「組織風土の改革」といった1つひとつが、コーポレートPMOにとっての「プロジェクト」ですし、もっと言えば「会社全体を1つのプロジェクトとして扱う」ポジションでもあると思っています。
しかし、それらのプロジェクトはコーポレートPMOや経営企画部が直接「実行」するわけではありません。例えば、「組織風土の改革」であれば総務部や人事部などから適切な人員を選出することが必要でしょう。
改革推進のための予算や計画通り進行するためのルール、進捗を把握するための仕組みなども欠かせません。
つまり、各プロジェクトを成功させるために、「ヒト」「モノ」「カネ」といった経営資源を最適に配分すること。これこそが、コーポレートPMOや経営企画部に課せられた最大の任務なのです。
コーポレートPMOや経営企画部が
「伝書鳩」に留まってしまう理由
では、なぜ多くの企業におけるコーポレートPMOや経営企画部が、十分に機能していないのか。それは、前述した自身の任務、役割が理解されていないからに他なりません。
私も、企業の経営企画部の方と会話していると、「私たちは経営層から言われたことをこなしていれば問題ない」という考えに触れることがとても多いのです。実際、そうした仕事を評価する企業も多いでしょうから、仕方のないことかもしれません。
また、「経営企画部」という曖昧な名称や社内の認識が、役割意識を狭めている側面もあると感じています。例えば、「いつも会議の事務局をしている」「経営層の秘書のようなことをしている」のであれば、「事務局っぽく」も「秘書室っぽく」もなれてしまうのが経営企画部なのです。
そうした認識は社内にも浸透し、所属するメンバーもいつしか「私たちは事務局的な、あるいは秘書的な仕事をするべきなんだ」と考えるようになってしまう。それにより、本質的な役割をさらに意識しづらくなるのだと思います。
ですが、PMOとしてさまざまな企業を見てきた私からすれば、「本当にそれでいいんですか?」と声を大にして言いたいのです。
経験上、経営企画部(あるいはコーポレートPMO)がきちんと機能している企業は、例外なく経営判断がスピーディーで継続的に発展しています。経営企画部は「企業の頭脳」とも言われますが、企業成長を力強く、持続的に伸場していく過程において、このポジションを正しく機能させることは欠かせない要素なのです。
実際のシーンから紐解く、
コーポレートPMOの本当の役割
では、経営企画部がただの「伝書鳩」状態にとどまらず、企業の成長を促す「エンジン」となるにはどうしたらいいのか。
企業でよくあるシーンにおけるコーポレートPMOの動きを見ながら、その役割の本質を紐解いていきたいと思います。
コーポレートPMOの本質①
経営層の事業ミッションを「具現化」する
経営層の事業ミッションを実現に導くことが、コーポレートPMOにとってのプロジェクト。 しかし、経営層が掲げる事業ミッションは往々にして抽象的な場合が多いものです。
「今期の目標は、社員の生産性を向上させること」
「全社的に働き方改革を進めたい」
こうした経営層の言葉を、そのまま現場に伝えても何も変わりません。なぜなら、この言葉だけでは「具体的に何をすればいいのか」がわからないからです。
例えば、「具体的にどのような状態になれば、「生産性が上がった」と言えるのか」「残業時間がどの程度減ったら、働き方改革は成功なのか」「どのようなデータで判断するのか」。
こうした要素を洗い出しながら、抽象的な事業ミッションを達成された状態まで明らかにし、「現場で実行可能な事業ミッション」にまで翻訳すること。それが、コーポレートPMOの重要な役割の1 つなのです。
そのためには常に、「経営層がどのようなことを考えているのか」にアンテナを立て、理解しておくこと、そしてその考えを全社に浸透させるにはどうしたら良いか、を考えることが不可欠です。
コーポレートPMOの本質②
ガバナンスの設計と標準化で、経営層の「判断の土台」をつくる
「今後、●千万円を超える規模のプロジェクトは、役員承認を必須としよう」と経営層から言われた場合、あなたならどうしますか?「では、各事業部長へ通達をしておきますね」と言うだけなら、残念ながら「伝書鳩」止まりです。その行く末はというと、承認会議の場は設けられても思うように進行しません。
まず何をもって承認するのか「判断基準」が曖昧なため、各事業部からは質疑が繰り返され、その都度説明の手間が発生するでしょう。部門ごとに資料フォーマットが異なり、経営層側も判断に時間を要したり、要点が掴めないまま決済してしまったりすることすら起こり得ます。
こうした状態では、経営層の意思決定は遅くなり、現場の負荷も増えるだけ。ここでコーポレートPMOがすべきは、「判断の土台」を形成することです。
例えば、経営層が考える承認基準を明確にした上で、プロジェクトの評価項目を統一する。役員が承認可否を判断するための根拠資料の作り方を標準化する――こうした「経営判断のためのインフラ整備」をするだけで、企業全体の動きは1段階加速するのです。
コーポレートPMOの本質③
経営層と現場のムダを軽減する、フィルター役となる
前述のインフラ整備を行なっても、各部門から必ず完璧な提案や計画が挙がってくるとは言い切れません。それらを「では、経営層へ通しておきますね」とそのまま経営層に届けてしまうと、経営層はその精査に時間や手間をかけることになります。
結果として「これでは話にならない」と部門へ返されるケースもあるでしょう。そうなれば、現場もまたあらためて提案や計画を見直す必要が出てきます。
こうしたムダを避けるために、部門から挙げられてくるものを事前に精査し、万全の状態で経営層に届けるという「フィルター役」もコーポレートPMOの大事な役割なのです。
「この計画は見積もりが甘すぎます」
「この数字では、経営判断ができませんよ」
時に、こうした厳しい指摘をして、各部門の「嫌われ役」となることもあるでしょう。しかし、私はむしろそれこそがコーポレートPMOの価値だと思っているのです。なぜなら、そのフィルターがなければ、同じ指摘を企業のトップ層から言われるだけだからです。
経営層の意図を理解したコーポレートPMOが、事前に提出物をチェックし、質を上げることは、最終的に各部門のプロジェクト成功の可能性を高めることにつながります。
長い目で見れば、各部門から感謝されることすらあるのです。私自身、「あのとき、甲州さんに計画書を見てもらってよかったです」と言われた経験が多々あります。
コーポレートPMOの本質④
経営資源を最適に配置する「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」
これまでも触れてきましたが、コーポレートPMO(経営企画部)は「自ら動くポジション」ではありません。そのため、実行すべきプロジェクトごとに「誰に動いてもらうべきか」を判断し、適切に役割を割り当てることも欠かせない仕事です。
コーポレートPMOは、経営層から事業ミッションを受け取ったら、まず「最適なプロジェクトチームの組成」から取り組みます。プロジェクト成功のために、必要な人材を判断し任命、あるいは選定した人材を、選定理由とともに経営層へ提案するのです。
さらに言えば、事業ミッション(プロジェクト)は常に複数存在しています。それらを横断的に見ながら、「ヒト(人員)」や「カネ(予算)」、あるいは、設備や環境といった「モノ」という経営資源を最適に配置して企業全体を向かうべき方向へ導く。
少し大きな括りにはなりますが、コーポレートPMOは、「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」も重要な仕事の1つだと私は考えています。
【事例】ITガバナンス整備により、
山積していた問題が改善
最後に、私が実際に経験した事例を紹介しましょう。その企業は、社員数500名以上で、複数のITプロジェクトが同時進行していましたが、「システム障害が多発」「ITへの投資判断がされていない」「開発案件の管理がExcelで、情報の一元管理されていない」などの問題が発生していたのです。
しかし、社内にコーポレートPMOや経営企画部のような横断的に対応できる部署はありませんでした。そこで、CIO直轄の「CIO室」を設け、私がそこに入りコーポレートPMO的なポジションを担い、ITガバナンス整備の推進を行いました。具体的な取り組み内容は以下です。
ITガバナンス全体整備推進(設計・管理)
ITガバナンス整備計画の作成、運営マニュアル、各種テンプレートの作成などを行いました。
IT投資判断に対する取り組み
システム開発案件の管理全般(ステータス、金額規模、案件レベルの管理)、IT投資判断会議の運営、案件管理システムの活用により、案件の一元管理と承認ワークフローなどを導入しました。
システム開発案件に対する取り組み
PMO機能の設計・運用(プロジェクト推進・レビュー会運営プロセスの構築など)、成果物のテンプレートやサンプルの作成、品質管理機能の強化などを行いました。
システム運用案件に対する取り組み
システム障害管理の運営として、年間発生障害の集計、直接原因・根本原因の分析、再発防止策の策定・実施状況のトラッキングなどを行いました。
このような取り組みの結果、以下の成果が得られました。
- システム障害が減少し、システム開発品質が向上
- システム障害発生からの対応が早期化
- IT投資金額の把握により案件の優先度付が可能となり案件推進が効率化
- 案件の一元管理により管理工数が削減
- PMに依存する案件推進ではなく、組織的なプロジェクト推進が可能に
これらの取り組みを推進する中で、これまで部署内で完結していた機能が、全社横断的に連動してきました。予算の配分からシステム開発の実行、システム運用への移行、投資費用に対するROIのチェックという一連の流れが機能し、経営判断がしやすい環境を作れたことでこの企業はより大きく成長しています。
おわりに
今回は、コーポレートPMO、および経営企画部に焦点を当てて解説しました。お伝えしてきたように、コーポレートPMOや経営企画部は、経営層の依頼をただこなすポジションではありません。
経営層の意思を汲み取り、それを具体化し、フィルターとして判断の土台を整え、全社のリソースを適切に配分する。さらには、全社の方向性や経営層の意図を鑑みた上で、良い効果が期待できる提案や相談は受け入れ、逆に不利益が想定されるような提案や相談は経営層に届く前に遮断する。
こうした経営の「アクセルやブレーキ」を握るのも、このポジションの大きな特徴でしょう。企業にとって非常に重要なこの役目を果たすには、常に自分の正しい役割を認識すること。時に、「自分はきちんと役目を果たせているか?」と自身の仕事を疑うことも大切だと私は考えています。
コーポレートPMOがしっかり機能すれば、経営層に未来を考える時間が増えるとともに、現場は迷いなく業務を遂行できるようになります。企業成長を支える重要な柱として、コーポレートPMOの認知がもっと多くの企業へ広がることを心から願っています。
次回は、これまでのPMOとは立ち位置が大きく異なる「第三者PMO」を掘り下げたいと思います。どうぞ、お楽しみに!
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