CODT2021、ソフトバンクの研究者が解説するOSSを使ったモバイルネットワーク入門セッション
Cloud Operator Days Tokyo 2021に共催されたCloud Native Telecom Operator Meetupから、モバイルネットワークをオープンソースソフトウェアで試してみるというセッションを紹介する。これはソフトバンクのネットワークエンジニアである堀場勝広氏が行ったものだ。堀場氏の所属が「先端技術開発本部 ネットワーク研究室 室長代行」となっていることから、運用の現場というよりも先端的なシステムの研究組織のリーダーということだろう。
このタイトルにあるように、モバイルネットワークを実際に構築する際に、これまで通信事業者がこれまで築いてきたネットワークスタックをオープンソースソフトウェアや安価なデバイスで作ってみるとすればどういうものが必要か? を解説する内容だ。
このスライドにあるように、現在のモバイルネットワークを実装する際には、ネットワーク機器ベンダーが開発したプロプライエタリーなソフトウェアやハードウェアを使わずにオープンソースで実装できるように時代が変わってきたという辺りから解説が始まる。
ここではモバイルネットワークの実装が難しいのではなく、その試験が難しいという部分に注目したい。すでにオープンソースソフトウェアで実装されている通信ネットワークは多く、経験則や構成例なども豊富に揃っている。しかしモバイルネットワークになったことで、これまでとは違う多くのプロトコルや仕様が存在し、その仕様書を読み込み、理解するだけでも多くの労力がかかるというのが堀場氏のコメントだ。
そして公共向けに提供されるネットワークは、当然ながらその品質や稼働に関して高い試験目標が設定されることが期待される。以前、テレコムオペレーターの座談会の司会を行った時に「トラブルがあると総務省に呼び出されて報告書を書かされるのがとにかく辛い。今のインターネットベースのネットワークはベストエフォートが当たり前なのに、公衆電話網と同じ感覚で管理・規制しようとしている」というコメントを聞いたことがある。ここで言う「試験のハードルが高い」も、それと同じ感覚なのだろう。
しかしこれまでの商用ソフトウェアスタックではなく、オープンソースでモバイルネットワークを実装することも可能になってきたというのが次のスライドだ。
ここではfree5GCやsrsLTE、Open Air Interfaceなどが紹介されているが、同時にFacebookが公開しているMagmaも紹介され、モバイルオペレーター以外にもソフトウェアを使って独自の実装を試みている例を紹介している。
FacebookのMagma:Open-sourcing Magma to extend mobile networks
そして多くのモバイルネットワークのコンポーネントが協調して稼働しているが、従来のネットワークに比べてクラウドネイティブに近づいてきたということを紹介したのが次のスライドだ。
それぞれのプロセスはコンテナ化され、APIを通じて通信を行い、利用者情報や稼働情報などはデータベースにアクセスすることで利用可能であるという説明からは、Webベースのアプリケーションと何も違わず、むしろ先端のWebシステムの良さを応用するべきという意図があるように思える。
ここではfree5GCの紹介がされているが、5Gのモバイルネットワークにはローカル5Gという実装が可能であるという前提を知っておいた方が良いだろう。JANOG(JApan Network Operators Group)のスライドに参考になる情報が公開されているので参照されたい。
そして実装されたテスト用の環境であっても、実際に操作することでデータベース(この例ではNoSQLのMongoDB)に格納された情報をJSONの形で視ることが可能であるとして、ここでもWebアプリケーションの一形態としてのモバイルネットワークを紹介している。
そしてfree5GCによってモバイルネットワークに無線ネットワークのシミュレータを接続して、実際に操作することも可能であると紹介した。
またAWS上での実装例を「パブリッククラウドからの誘い」と称して紹介し、すでにオンプレミスだけではなくパブリッククラウド上でモバイルネットワークを実装することも可能であると説明した。この例ではAWS上のKubernetes(EKS)を使って実装されている。
そしてオープンソースソフトウェアの利用には欠かせないコミュニティの紹介を行い、困った時にはコミュニティを頼りにすることを強調した。特に日本でのコミュニティの例としてomni-jpを紹介した。
参考:Open Mobile Network Infra Community Japan
またfree5GCのトラブルシューティングツールの紹介や5Gのトレーシングのツールなども紹介し、オープンソースソフトウェアのエコシステムが拡がっていることを紹介した。
その他、Software Defined RadioやSIMカード、リーダー/ライターなどにも言及して、オープンソースソフトウェアだけではなくハードウェアレベルでも大きな投資を行わなくても実装が可能であるということを解説した。
ここまでのセッションを聞いて感じたのは、このセッションは誰に向けたものだろう? という疑問だ。すでに通信事業者に属しているエンジニアにとってみれば、自社のシステム以外にオープンソースソフトウェアでもここまでできると啓蒙する内容だが、既存のシステムをオープンソースで置き換えるというのは一人のエンジニアが行えるものではないし、次世代の実装を研究開発しているエンジニアにしてみれば、すでに知っている情報でしかない。
想像だが、これから通信事業者に就職を考えているエンジニアに対して、オープンソースでも可能であることを知らしめるのが目的だと考えるのが妥当だろう。
またローカル5Gを検討している自治体に対しても、基地局やシステム自体のコストをオープンソースで抑えることができることを紹介して、気持ちを盛り上げることを目的としているとすれば、最低限のハードルはクリアしたのではないだろうか。