なぜ「Flutter」なのか、そしてなぜ「Dart」なのか

2025年2月12日(水)
加納 愼之典
第1回の今回は、Flutterの概要とDartの特徴を紹介し、クロスプラットフォーム開発の利点と採用の理由を解説します。

はじめに

2008年にモバイルアプリ市場が誕生してから十数年が経ちました。モバイルアプリ開発の世界も当時から大きく変化しています。かつては、iOSとAndroidそれぞれのプラットフォーム向けに別々の開発が必要でしたが、「Flutter(フラッター)」をはじめとするクロスプラットフォーム開発フレームワークの登場により、この常識は大きく変わりました。

Flutterを使えば、一度書いたプログラムコードからiOSやAndroidはもちろん、デスクトップアプリケーションまで、様々なプラットフォーム向けのアプリを効率的に開発できます。

本連載は、このクロスプラットフォーム開発フレームワーク「Flutter」を活用したモバイルアプリ開発について詳しく解説し、プログラミングの初心者でも無理なく開発を始められる内容になっています。ただし、環境構築やプログラミング言語の文法といった技術的な基礎についてはFlutterの公式ドキュメントや豊富な学習リソースで十分にカバーされているので、それらを参照してください。

本連載でお伝えしたいのは「なぜFlutterなのか」という本質的な問いへの答えです。例えば「なぜクロスプラットフォーム開発が可能なのか」「なぜUIの構築方法が他のフレームワークと異なるのか」といった疑問に、技術的な背景も含めて深く切り込んで解説していきます。本連載を通じて得られる理解が、実際の開発作業や公式ドキュメントの読解を、より効率的で意味のあるものにするはずです。

本連載は、以下のような方々に特に価値があると考えています。

  • モバイルアプリ開発に挑戦したいが、React Native、Flutter等の選択肢の中で迷っている開発者の方
  • 社内でFlutterの採用を提案したい方、または経営層へFlutterの価値を説明したい技術リーダーの方
  • すでにWebアプリケーション開発の経験があり、モバイルアプリ開発へのスキルアップを考えている方
  • スタートアップや新規事業で、効率的なモバイルアプリ開発手法を探している方

FlutterはGoogleが開発した比較的新しい技術ですが、すでに多くの企業で採用され、急速な成長を続けています。本連載を通じて、このモダンな開発プラットフォームの可能性と魅力を皆さんと共に探っていければと思います。

Flutterの基礎知識

まずは、簡単にFlutterの概要を紹介します。

モバイルアプリ開発の世界で急速に注目を集めているFlutterは、Googleが開発した革新的なアプリケーション開発フレームワークです。2015年に「Sky(スカイ)」というプロジェクト名で誕生し、その後Flutterという名前に変更され、現在はオープンソースとして世界中の開発者に開かれています。

マルチプラットフォーム

Flutterの最大の特徴は、その優れたマルチプラットフォーム対応能力です。従来、iOSアプリの開発にはSwift言語(またはObjective-C)とXcode、Androidアプリの開発にはKotlin(またはJava)言語とAndroid Studioという、まったく異なる開発環境と言語が必要でした。これは、企業にとって開発コストの増大や、開発者の専門性の分断という課題をもたらしています。

しかし、Flutterを使用すれば、たった1つのプログラムコードからiOS、Android両方のアプリを生成できます。それどころか、同じコードからWebアプリケーションやデスクトップアプリケーションまで開発できます。これにより、開発時間の短縮、コストの削減、そして品質の統一性を実現します。例えば、機能の追加や不具合の修正を行う際も1箇所の変更で全プラットフォームに反映できるため、保守性が大幅に向上します。

Dart言語

もう1つの重要な特徴は、プログラミング言語として「Dart(ダート)」を採用している点です。DartはFlutterと同様にGoogleが開発した言語で、JavaScriptやJavaなど、広く使われている言語の良い特徴を取り入れつつ、モバイルアプリ開発に最適化された設計となっています。

例えば、アプリの動作を滑らかにする「JIT(Just-In-Time)コンパイル」と、実行速度を最大化する「AOT(Ahead-Of-Time)コンパイル」の両方をサポートしており、開発効率と実行性能の両立を実現しています。

2025年現在において、DartはJavaScriptやPythonほど広く普及しているとは言えません。しかし、その学習価値は非常に高く評価されています。2023年のStackOverflowの調査によれば、Dartを使用した開発者の50%以上が「今後も継続して使用したい」と回答しており、その使いやすさと効率性が高く評価されています。特に、JavaScriptやJava、C#などの一般的なプログラミング言語の経験がある開発者であれば、Dartの習得は比較的容易です。

実際に、Dartの特徴は以下のような点で多くの開発者から支持を得ています。

  • 文法がシンプルで読みやすい
  • 型安全性が高く、バグの早期発見が容易
  • ホットリロード機能により、変更をリアルタイムで確認可能
  • 非同期プログラミングが直感的に書ける

このように、FlutterとDartの組み合わせは、モバイルアプリ開発の新しい可能性を切り開いています。以降では、これらの特徴をより具体的に掘り下げていきます。

なぜ(わざわざ)Dartのなのか

新しいプログラミング言語の習得には投資を必要とします。特にDartは2024年現在でも比較的シェアの小さい言語であることから、その習得に躊躇される方も多いでしょう。実際、同じくクロスプラットフォーム開発が可能なReact Nativeは、広く普及しているJavaScriptを使用できます。では、なぜFlutterはあえてDartを採用しているのでしょうか。

その答えは、Dartがモバイルアプリ開発における長年の課題を解決する、革新的な特徴を持っているからです。従来、モバイルアプリ開発ではコードの変更からその結果を確認するまでに長い時間を要し、開発効率を大きく低下させていました。Dartは、この課題に対して画期的な解決策を提供しています。

静的型付け言語/動的型付け言語

Dartの最も重要な特徴は「静的型付け言語」と「動的型付け言語」の利点を組み合わせた独自のアプローチです。これを理解するために、まず両者の特徴を見てみましょう。

・静的型付け言語
静的型付け言語では、プログラムの実行前に変数の型(数値、文字列などのデータ種別)が確定されます。これにより、プログラムの実行前にエラーを発見できるほか、開発環境での入力補完が効果的に機能して開発効率が向上します。さらに、事前にコンパイル(コードを機械語に変換)することで、実行時の性能も最適化されます。

・動的型付け言語
静的型付け言語には開発速度という観点で課題があります。コードを変更するたびにコンパイルが必要となるからです。コードに少し改修を加えるだけでも、実際の実行結果がどうなるか確認するためにはコンパイルの完了を待たなくてはなりません。一方JavaScriptのような動的型付け言語では実行時にコードを解釈するため、変更をすぐに確認できます。

両アプローチの良いとこどり

Dartは、この両方のアプローチを組み合わせることで、画期的な開発体験を実現しています。開発中は実行時コンパイル(JITコンパイル)を使用して迅速な開発を可能にし、アプリのリリース時には事前コンパイル(AOTコンパイル)で最適化された実行ファイルを生成します。

この特徴が最も効果を発揮するのが「ホットリロード」機能です。WebフロントエンドのReactやVueの開発者にとって馴染み深いこの機能がモバイルアプリ開発でも実現されました。コードを変更すると、その結果が即座に実機上で確認できるのです。しかも、静的型チェックによってコードレベルのエラーは事前に検出されるため、安全性も確保されています。

歴史的に見るとモバイルアプリ開発の効率化は常に課題でした。AndroidのInstant RunやiOSのインターフェースビルダーなど、様々な解決策が提案されてきました。しかし、Dartを採用したFlutterのアプローチは、これらの先行事例と比べて圧倒的な優位性を持っています。変更の反映速度が極めて高速であり、かつ実機上で直接動作確認ができるためです。

このように、Dartの採用は単なる言語の選択以上の意味を持ちます。それは、モバイルアプリ開発の効率を劇的に向上させる技術的革新なのです。確かに新しい言語の習得には時間と労力が必要ですが、得られる恩恵は十分にそれを上回るものと言えるでしょう。

スタートアップに最適

Flutterが提供する技術的な革新は、特にスタートアップ企業にとって戦略的な価値をもたらします。リソースが限られたスタートアップにおいて開発効率と市場投入のスピードは成功を左右する重要な要素となりますが、Flutterはまさにこの課題に対する効果的なソリューションとなります。

開発効率の観点では、単一のコードベースから複数のプラットフォーム向けアプリを生成できる特徴が直接的なコスト削減につながります。従来のアプローチではiOSとAndroid向けにそれぞれ専門の開発チームが必要でしたが、Flutterではこれを1つのチームに統合できます。これにより、人件費の削減だけでなく、チーム間のコミュニケーションコストも大幅に削減できます。

さらに、前述したホットリロード機能による高速な開発サイクルは、スタートアップの生命線である「素早い市場検証」を強力にサポートします。アイデアを迅速にプロトタイプ化し、実際のユーザーからフィードバックを得て製品を改善していくという反復的な開発プロセスが、極めて効率的に実施できるのです。

デメリットはないのか?

ただし、クロスプラットフォーム開発フレームワークとしてのFlutterには、考慮すべき制約もあります。最も顕著なのは、プラットフォーム固有の最新機能への対応速度です。例えば、AppleやGoogleが新しいOS機能をリリースした際、Flutterフレームワークがその機能をサポートするまでには一定の時間が必要です。

しかし、この制約がビジネスに与える影響は、実際には限定的です。多くのスタートアップにとってプロダクトの価値は基本的なユーザー体験や独自のビジネスロジックにあり、OSの最新機能への即時対応はそれほど重要ではありません。むしろ、基本的な機能を迅速に実装し、市場での仮説検証を行える能力の方が、はるかに重要な価値を持ちます。

人材の採用・育成上のポイント

人材採用の観点では、確かにDart言語の経験者は現時点では限定的です。しかし、これは採用において必ずしも大きな障壁とはなりません。DartはJavaScriptやJavaなど、広く普及している言語の特徴を取り入れた設計となっており、これらの言語経験者にとって学習障壁は比較的低いものとなっています。

実際にDartはJavaScriptとの互換性を意識して設計された経緯があり、JavaScriptの開発者であれば、その知識と経験を活かしてスムーズに移行できます。同様にKotlinやSwiftでのモバイルアプリ開発経験者も、その知識をDart/Flutter開発に効果的に転用できます。つまり採用市場においては、直接的なDart経験者だけでなく関連技術のスキルを持つ人材も候補として検討されます。

おわりに

連載の第1回となる今回は、Flutterの基本的な知識とDartを使用した開発の魅力、そしてスタートアップとしてアプリ開発にあたりFlutterを採用するポイントについて紹介しました。

Flutterは技術的な優位性だけでなく、ビジネス戦略の観点からも、特にスタートアップ企業にとって魅力的な選択肢となっています。開発効率の向上、コストの最適化、市場投入の迅速化など、スタートアップが直面する主要な課題に対して効果的なソリューションを提供します。

次回からは、この理論的な理解を実践に移すべく、実際のコード例を用いながらFlutterによるモバイルアプリケーション開発の具体的な手法を探っていきます。皆さんのプロダクト開発における新たな可能性を開く一助となれば幸いです。

株式会社Fivot「IDARE」事業部エンジニア
神戸市外国語大学卒業後、江戸時代より約300年続く老舗和菓子屋に入社。伊勢本店勤務を経て東京路面店出店事業に従事したのち退職。餅、餡、モバイルアプリの製造を強みとし、現在はFlutterを用いた開発を中心に担当。札幌在住、二児の父。
個人向け貯蓄アプリであるイデアは「貯まるキャッシュレス」というコンセプトのもと、「高還元ボーナス」「充実の貯蓄サポート機能」「使いやすいプリカ」という3つの軸でサービスを展開しています。2021年4月のサービス開始から3年でユーザーが設定している目標金額の総額は150億円を突破。多くのユーザーに支持され、事業を拡大しています。
公式サイト: https://idare.jp/

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