NGINX、マイクロサービス時代のアプリケーションプラットフォームとして日本市場に挑戦
オープンソースソフトウェアのWebサーバーNGINXは、軽量で高速かつ拡張が容易という特徴を備えており、モダンなWebシステムには必須のコンポーネントと言ってもいいだろう。そのNGINXが、日本に拠点を開設した。カントリーマネージャーは、かつてCanonicalの日本代表だった中島健氏、それにテクニカルソリューションズアーキテクトとして田辺茂也氏が参加し、現在はこの2名体制で日本市場での存在を拡大しようとしている。
NGINXはJapan Container Days v18.12にもスポンサーとして参加しており、日本でのビジネスに本格的に取り組む姿勢を見ることができた。今回は中島氏と田辺氏、そしてNGINXのAsia PacificリージョンのRegional Solutions ArchitectであるAlan Murphy氏にインタビューをする機会を得た。
自己紹介をお願いします。
Murphy:私はNGINXでAPACのRegional Solutions Architectとして働いています。NGINXでのキャリアは約3年ですが、主に顧客とフェイス・トゥ・フェイスで対話してクラウドネイティブなシステムの提案を行う仕事です。
製品の仕様に関してはプロダクトマネージメントのグループが決めていますが、顧客のニーズを拾い上げてそれを形にして、製品担当に届けるというのも私達の仕事になります。今はオーストラリアで仕事をしていますが、その前にはシアトルで働いていました。その当時はテクニカルなパートナーシップを支援する仕事で、MicrosoftやAmazon、Red Hat、それにGoogleなどと仕事をしてきました。その後、APACのビジネスを拡大するためにシドニーに移りました。
NGINXの前はF5 Networksでアプリケーションデリバリーソリューションのエンジニアをやっていました。その前は、皆さんもう忘れているかもしれませんが、RealNetworksで音楽配信のエンジニアをやっていました。驚くべきことにRealNetworksはまだ活動しているんですよ(笑)。
中島:おぉ!それは知らなかった。私もSONYに在籍していた時にRealNetworksとも仕事をしたことがあるんですよ。まさかここでつながるとは。
NGINXはオープンソースソフトウェアとしてはかなり有名で、多くのエンドユーザーが利用していると思います。製品の体系などを教えてください。
Murphy:オープンソースソフトウェアであるNGINXは、Webサーバーとしてすでに4億以上のサイトで利用されています。オープンソースソフトウェアですので、コミュニティからのフィードバックはとても重要ですね。またそれとは別に、ロードバランサーやAPIゲートウェイの機能を追加したNGINX Plusと言う製品があります。NGINXとNGINX Plusがデータプレーンを担当するソフトウェアだとすると、その監視と管理を行うコントロールプレーンのソフトウェアがNGINX Controllerになります。そしてNGINX Unitはアプリケーションサーバーですね。オープンソースのNGINX以外は、全て有償のソフトウェアになります。
JKD v18.12では田辺さんが、モノリシックなシステムからマイクロサービスに移行する際に一気に行うのではなく、徐々に移行する方法を話していました。日本の大企業の多くは、まだモノリシックなシステムや3層構造のWebシステムから移行できていないというのが実態だと思いますが、マイクロサービスに移行する際のヒントはありませんか?
Murphy:多くの企業が悩んでいる部分ですね。例えば3層構造のWebシステムの場合、それぞれのレイヤーごとにマイクロサービス化していくということを推奨しています。いきなり全部をマイクロサービスにするよりも、リスクが少なくなります。またモノリシックなシステムの場合は、大きな処理のブロックごとにサービスを切り分けていくというやり方ですね。ログインの処理であれば、それだけを切り出してそれを複数のプロセスに分けていく。そういうアプローチが良いと思います。
田辺:JKDのセッションでは、Kubernetes上でのアプリケーションの分散化について説明しましたが、レガシーなアプリケーションでも同じ発想ですね。
実際にクラウドネイティブな変化に対応できるシステムを作ろうとして、アジャイルな開発環境やDevOpsなどをツールで実現しても、日本の場合は、組織の構造の問題があると思います。それについてはどうですか?
中島:それについては私のほうから。先日のJKDで講演を行ったメルカリさんのように、日本でも先端的なシステムを構築している企業もありますので、NGINXとしてはそういう企業を応援していきたいと思っています。そのような先端的な使い方を実現するためには、組織を変えて、開発を行うプログラマーを企業の中で抱えるといったことが必要でしょうね。
そもそも、仕様書を書いてから開発をスタートさせるウォーターフォール型の開発をやっていては、もう負けてしまうというのは明らかですから。ある企業はプログラマーとの契約を見直して、アジャイルな開発に適したものにしたという例も聞いていますし。そういう流れは、これからも出てくるのではないでしょうか。
Murphy:中島さんと同じ意見ですが、国や地域によって先進的なテクノロジーに対する姿勢が異なるということは言えると思います。例えばオーストラリアの顧客は新しいものにどんどん挑戦する傾向にありますが、日本はかなり保守的ですね。その中間と言えるのがシンガポールでしょうか。しかしシンガポールの金融業界は、とても先進的です。シンガポールは、政府もITに関してとても積極的に取り組んでいるということは言えると思います。
NGINXはオープンソースソフトウェアであるNGINXと有償版のNGINX Plusが存在するというビジネスモデルですが、これが成功している例はそれほど多くないと思います。また有償版の機能と同じものが、オープンソースソフトウェアとして出てくる可能性もありますよね? これが上手く行くと思うのはなぜですか?
Murphy:オープンソースソフトウェアとして公開しているものを使ってもらうことで、まずはNGINXのソフトウェアの良さを知ってもらい、ロードバランサーやAPIゲートウェイなどの機能が必要になった時にNGINX Plusを買ってもらうという流れがあることは我々にとってはマイナスではなくてプラスに働いていると思います。エンタープライズにとっては、オープンソースソフトウェアにちゃんとしたサポートや高い可用性(HA)の保証があるというのは、大きな意味があると思っています。
NGINXにはプラグインの形で様々な機能を追加できるのですが、それも含めてエコシステムとして拡大するのはオープンソースソフトウェアのお陰だと思います。それに同じ機能のものがオープンソースソフトウェアとして出てきたとしても、我々のソフトウェアのほうが最適化されていると思いますよ。例えばあるバグを修正するパッチがコミュニティから出てきたとしても、それをすぐにマージしたりすることはありません。我々のエンジニアが検証を行って、もっと良いものを書くことができればそれをマージします。それぐらいソフトウェアの品質には気を配っています。
マイクロサービスは、色々なベンダーがツールについて解説をして効果などを訴求していますが、まだあまり実例がないのではないでしょうか? 例えて言えばまるで「高校生におけるセックス」みたいなモノに思えます。つまり「誰もがそれについて語っているけど、だれも体験したことがない」ようなモノとして。
Murphy:それは良い例えですね(笑)。サービスメッシュの説明をする時に使いたいと思います(笑)。しかしソフトウェアが進化するスピードを上げようと思えば、サービスメッシュにたどり着くのは明らかです。NGINXはインフラストラクチャーのように思われるかもしれませんが、アプリケーションをクラウドのように実行するプラットフォームにもなっています。単にデータプレーンを実装するだけではなく監視も必要ですし、トレーシングも必要です。その意味でNGINX Controllerは意味があります。そしてポイントソリューションではなく、必要な機能を包括的に提供できるのがNGINXの強みだと思っています。
最後にNGINXにとってのチャレンジはなんですか?
Murphy:クラウドネイティブなシステムの進化のスピードはとても速いので、それをちゃんと理解して、開発を止めないこと、むしろリードする立場でありたいということですね。ある新機能が公開されたら、それをサポートし、場合によってはそれを超える機能を製品として実現していきたいです。APACはそれぞれの国でマーケットの特徴も異なりますし、同じニーズでも実装は全く違うかもしれません。そういうマーケットごとの動きを、ちゃんとキャッチアップし続けることですね。
中島:日本市場は、まだ新しいテクノロジーを使おうとするアーリーアダプターが少なく、まだ周りの動きを見ている状態の企業が多いわけです。そういう企業が少しでも加速する手伝いをしたいというのがチャレンジですね。そのために、今年の予算としては数名を増員する予定です。
NGINXのCEOのGus Robertsonは日本市場の重要性や特性を理解してくれていて、長期的な視点から日本に投資を行う予定になっていますので、これからもっと日本市場での成果に期待してもらって良いと思います。
日本でもNGINXの利用はかなり進んでいますが、まだNGINX Plusについてはあまり知られていません。またNGINX自体の使い方もまだよく理解してもらえているとは言い難い状態です。そこで、トレーニングやミートアップなどを積極的に実施していきたいと思っています。
CanonicalではRed Hatとのバトルに苦労していた中島氏だが、NGINXではエンタープライズからの反応に手応えを感じているという。無料のオープンソース版と機能を追加したエンタープライズ版を有償で提供するというビジネスモデルの難しさを知るベテランだけに、日本市場での成果に期待したい。