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FinOps Foundationのエグゼクティブディレクターにインタビュー。日本には「How」ではなくて「Why」が必要か

2024年11月13日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
FinOps Foundationのエグゼクティブディレクターにインタビューを実施した。

FinOps FoundationがCloud Native Community Japanと協力してセミナーを開催した。開催に合わせて来日したエグゼクティブディレクターのJ.R. Storment氏にインタビューを行った。Cloud Native Community Japanのメンバーも同席して「日本の事情にあったFinOps」のあり方について意見交換が行われた。

インタビューに参加したのはStorment氏とFinOps FoundationのVP of MarketingのSteve Trask氏だ。

Storment氏はFinOps Foundationのエグゼクティブディレクターとして「Cloud FinOps: Collaborative, Real-Time Cloud Financial Management」という書籍の著者としても知られている。

●参考:https://www.finops.org/community/finops-book/

またStorment氏とTrask氏はどちらもCloudabilityとApptioを経てFinOps Foundationに参加していることから、気心の知れた仲間としてFinOpsに取り組んでいるというところだろう。Storment氏はハワイ出身、Trask氏はイギリス出身と出自は異なるものの、パブリッククラウドがビジネスに与える影響の大きさを良く理解しているという経歴だ。

Trask氏(左)とStorment氏(右)

Trask氏(左)とStorment氏(右)

昨日行われたMeetupでも質問しましたが、日本企業がFinOpsに取り組むために組織が必要なのであれば、それは大きな投資となります。日本のトラディショナルな企業では新しい部署を作るというのはかなり大きな投資ですから。投資には当然、それに見合うリターンが必要になります。欧米の企業がFinOpsに取り組む際にどんな状況が前提になっているんでしょうか?

Storment:アメリカの企業の例では私がFinOpsの必要性を訴え始めた頃は大きな企業でも毎年4~500万ドル程度の出費というのが普通でした。そのレベルであれば問題ないのかもしれませんが、すでに多くの企業が当然のようにそれを超えた出費を行っています。現状では毎月のコストが100万ドルを超える程度になってくると、FinOpsに取り組む必要があると思い始める企業が多いと思います。

ただ実態としてはFinOps自体が誤解されていることも事実です。よく聞く話で「FinOpsは金融機関向けのハナシで我々には関係ない」というものがあります。これはFinTechとFinOpsが混同されているから起こる誤解ですが、そのレベルの企業もまだ存在するというのが現状だと思いますね。

昨日のプレゼンテーションでFinOpsは「運用のためのフレームワーク」でもあるが、「文化的な実践」であるという表現にちょっと引っかかりました。なぜなら「文化」という単語はビジネスの世界ではあまり聞かない単語ですから。つまり「文化はあまりおカネにならないから」なんですが(笑)。そうではなくて「ビジネスの価値を最大化するためにクラウドの利用を最適化する」という最初の部分をより多く打ち出したほうが日本の企業には響くような気がしますが、それについては?

Storment:我々は主にFinOpsをある程度理解している企業に対してコミュニケーションを行ってきましたから、どちらかと言えば「どうやってFinOpsを実践するのか?(How)」については多くの情報を提供しています。サクセスストーリーなんかもその一環ですね。FinOps XもすでにFinOpsを実践している人達の集まりですから。しかし今の質問からもう少し「どうやって」ではなく「どうしてFinOpsをやらないといけないのか(Why)」について訴求するべきかもしれませんね。良い質問でした、ありがとうございます。

※参考:FinOps Xはヨーロッパ、アメリカで毎年開催されるカンファレンスで2024年11月にバルセロナで開催される。次回、アメリカでのカンファレンスは2025年6月にサンディエゴで開催予定だ。

●FinOps Xの公式サイト:https://x.finops.org/eur/

もう少し組織的な話をしたいと思います。FinOpsが企業の中の経理部門とエンジニアリング部門を交差する形で実践するべきと言う話は理解できますが、今の日本のIT事情の観点から言えば、アプリケーション開発においてエンドユーザー企業にデベロッパーがいない、つまり開発自体は外注化されてしまっているという状況があります。まだ多くの企業はシステムインテグレーターや外部のソフトウェア開発会社に発注を行ってシステム開発を行っています。ですので実際にAWSの請求書を間近で見ているのは、エンドユーザーではなく中間にいるシステムインテグレーターのエンジニアなのです。そういう状況では「エンドユーザーのビジネス価値を最大化するためにクラウドを最適化」するというのも限界があるのではないでしょうか?

これについてCNCJのメンバーとして同席していたエンジニアがコメントした。

某氏:もっと正確に言えば、エンジニアは中間ではなくエンドユーザーの側にいて、エンドユーザーのフリをしてクラウドプロバイダーと調整をするのが実態ではないでしょうか。そして多くの場合、エンドユーザーよりもシステムインテグレーターの利益を最大化するように誘導してしまうことになりがちです。そういう現実の姿を理解しないとクラウドの価値を最大化するという目的が、クラウドの価値を使って「システムインテグレーターの価値を最大化」するということになりかねないんです。日本にはそういう構造的な問題点が存在することを、FinOpsを推進する皆さんにはご理解いただけると良いと思いますね。

Storment:貴重な考察ですね。私は初めて日本に来たということもあって学ぶことが多い旅行になりました。ありがとうございます。

数年前にインターネットサービスをやっている企業のエンジニアにインタビューを行った時に、多くのエンジニア、それもマネージャーではない人たちがパブリッククラウドに対するコスト管理に多くの時間を使っていることを知って驚きました。FinOpsという言葉はそのエンジニアからは出なかったが、やっていることは明らかにFinOps的な発想でした。なので日本でもそういうコスト意識の高いエンジニアが経理部門と協力しあってFinOpsを推進する大きな力になり得ると思います。

某氏:日本では多くの企業において内部の小さなグループが一つの企業のように経営することを求められます。つまり開発チームであっても予算管理や人事、それに人材育成などを担当することが求められます。なのでそういうインターネットサービスの企業では、エンジニアであってもコスト管理の意識が高いのは理解できますね。

FinOpsがクラウドの価値の最適化を目指すのであれば、より多くのクラウドベンダーにオンボードしてもらうのことは必須と言える。クラウド間の共有言語を作るFOCUSについても、AWSなどの巨大なクラウドプロバイダーの協力だけではなく他のクラウドベンダーの協力が必須なのは当然。しかし、このインタビューが行われたKubeDay Japanのスポンサーとして会場で展示ブースを持っていたAkamai TechnologiesのセールスエンジニアにFinOpsやFOCUSへの取り組みを訊いたところ「FinOps? FOCUS?」と認知が行き渡っていないことを感じた瞬間もあった。これからは3大クラウド以外にも、例えばリージョナルなクラウドプロバイダーへの働きかけも必要になってくるだろう。

短い時間ではあったがFinOps Foundationの活動や発想について理解が深まったインタビューとなった。初来日となったStorment氏、Trask氏にとっても発見の多い出張となったのではないだろうか。また「好きな日本食は?」という質問に寿司という回答が返ってきたのは想定できたが、朝食で「魚を焼いたものが出てきたんだがこれが美味しくて忘れられない。この魚はなんていう名前か教えて欲しい」と逆に写真を見せて質問を返される場面もあった。写真から判断するにその焼き魚はエボダイの干物の塩焼きだろう。イギリスでは朝から魚は食べないということでイギリス出身のTrask氏にとっては驚きであったという。ちなみにハワイ出身のStorment氏の好物のひとつはスパム握りだそうだ。

朝食の焼き魚の写真を探すStorment氏とTrask氏

朝食の焼き魚の写真を探すStorment氏とTrask氏

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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