2年経って何が変わった? 国内のDevRel事情
2017年に掲載した開発者に自社サービスを使ってもらうには? DevRel(Developer Relations)がその解になる。DevRelという単語は徐々に広まってはいるものの、まだまだ誰でも知っているというレベルではない。ただし、DevRelに取り組んでいる企業はすでに多数あり、彼らはあえて自分たちが行っているのはDevRelであると喧伝していないだけでもある。そんな国内のDevRel事情について、開発者向けマーケティングを展開するMOONGIFTの中津川 篤司氏に解説をお願いした。
まずは繰り返しですがDevRelについて簡単に解説してください
DevRelはDeveloper Relationsの略語で、自社製品やサービスと開発者の良好な関係性を築くためのマーケティング施策になります。その活動は多岐にわたり、ブログやドキュメントといったコンテンツマーケティング、開発者コミュニティ、TwitterやFacebook、YouTubeなどのソーシャルメディア、TeratailやStack Overflowを使ったオンラインサポート、GitHubなどにあるオープンソース・ライブラリやフレームワークなど多方面から開発者を支えます。
なぜ、今DevRelを必要不可欠だと考えている企業が増えてきているのでしょうか
DevRelは開発者向けに製品やサービスを提供する場合に有効です。また、最近聞かれるのは開発者の雇用であったり、自社ブランディングにDevRelを行うケースも増えています。自社と、その外部にいる開発者との関連性を良くすることがDevRelの目的になります。インターネット上のサービスに限りませんが、一つの製品やサービスが流行るとその類似製品があっという間にでてきます。その結果、単に安価であったり、営業力の強い製品を選ぶようになってしまいます。他社との差別化、陳腐化させないためにもDevRelは役立ちます。
開発者は日々多数の広告に触れており、インターネット広告は効果的ではありません。彼らに情報を伝達する手段としてDevRelは有効です。DevRelではブログや動画、ドキュメント、Q&Aといったオンラインでの施策、コミュニティやセミナー、ハッカソンなどのオフライン施策を組み合わせて行います。オンライン、オフラインを問わず開発者との接点を持つことで彼らの信頼を獲得し、継続的に使ってもらえるようになります。
そして開発者自身の言葉で製品やサービスについて語ってもらうのが重要です。広告が響かなくなった現在、開発者の公平な言葉こそ他の開発者が受け入れやすいものになっています。開発者の多くはブログやソーシャルメディアを持っており、オンライン上での発信が容易です。そうやってオンライン上に多くの情報が集まると、まだ製品に触れたことがない開発者の目に触れる機会が増えます。少なくとも複数の競合製品があった場合、Web検索で比較するのではないでしょうか。その際、第三者の書いた内容が多いものの方が信頼できると感じるでしょう。その開発者の声を集め、オンライン上に蓄積するのがDevRelの大きな目的の一つです。
最近、国内ではどんな事例がありますか
例えばLINEが挙げられます。LINEは2017年夏時点ではDevRelチームがありませんでした。彼らはDevRelの重要性を見いだしており、2年間で十分な規模のチーム体制を整えています。LINE DEVELOPER DAYなど、数百人規模の開発者向けイベントを成功させています。LINEではClovaであったりチャットボット、LINE Beaconなど様々な開発者向けの製品や技術を要しています。これらを使い、広めていくためにもDevRel活動は必須になってくるでしょう。
DevRelチームを新しく立ち上げたという企業や部署も増えています。例えばmixi、さくらインターネット、Mobingiなどです。外資系としてはMicrosoft社は一旦これまでの枠組みを止めて、あらためてDevRelチームを立ち上げています。IBMもデベロッパーアドボケイトチームを形成しています。複数人のチーム体制で取り組む企業が増えていることで、より組織的な活動が可能になってきています。
海外から日本に入ってくる際にもDevRelを活用するケースが増えています。例えばSlackは日本支社を作りましたが、その一つの大事なタスクにコミュニティ育成があります。同様にQuoraやCircleCIでもコミュニティを育成しようと取り組んでいます。熱量の高い既存ユーザをコアメンバーとしてコミュニティを形成することで、まだ利用したことがない開発者に対して積極的にアプローチしようとしています。
開発者はそのサービスが英語版しかなかったとしても、それほど苦にせず利用できています。海外のサービスをそのまま使っていた中、さらにコミュニティが活性化されることで利用がどんどん広まっていくことでしょう。
この2年間でDevRel界隈で起きたこと
以前はエバンジェリストと呼ばれる人がDevRelにおける窓口的存在になっていましたが、最近ではアドボケイトと呼ばれる人たちも増えています。エバンジェリストは日本語では伝道師と呼び、開発者を鼓舞して牽引するような役割を担っています。多数の人たちの前に立って、話をするようなイメージです。対してアドボケイトは一人一人の開発者のそばに寄り添い、彼らをサポートするイメージです。とはいえ、アドボケイトも登壇したり、エバンジェリストもサポートを行ったりしますので、役割として大きく違うものではないと思います。企業としてのブランディングであったり、ポリシーの違いによるものでもあるでしょう。
また、ここ数年よく聞かれるようになったカスタマーサクセスとDevRelも密接に絡むことが増えてきました。IaaSやSaaSなどのWebサービスを開発者向けに提供する場合、購読型(サブスクリプション)のビジネスモデルが一般的になってきています。開発者に継続して使い続けてもらうには、彼らの作る製品の成功が必須です。そのため、既存ユーザに対するサポートやより使いこなすためのウェビナーなども大事になっています。
キーワードで言うと、DX(開発者体験)という単語が聞かれるようになっています。DXはDeveloper Experienceの略語です。UXがUser Experienceで、開発者向けなのでDXと言われます。DXは開発者が製品やサービスを利用する上での体験全体に関わるUIや操作性を考える施策です。例えばドキュメントは検索しやすく、サンプルコードなどを通じて使いやすいものにします。この試みとしてはStripeのドキュメントがたびたび話題に上がります。
DXとしては他にもAPI設計であったり、サポートできるオンラインのQAシステム、SDKのインストールなど多岐に渡ります。DevRelと同様にDXもまた、自社サービスの利用を伸ばす上で欠かせない考え方と言えます。
ビジネスサイドではMicrosoft社によるGitHubの買収がとてもインパクトが強かったです。多少の反発する意見もありましたが、大多数はポジティブな反応だったと思います。もしこの買収がかつてのMicrosoft社の状態で行われていたとしたら、世界中の開発者から反発を買っていたのではないでしょうか。そもそもGitHub社が買収提案を断っていたはずです。Microsoft社はGitHubを利用する最大の企業となっており、オープンソースへの貢献も多数行われています。Microsoft社が開発者との関係性を良好なものにしていたからこそ、この買収が成功したと言えます。
もう一つの買収はTwilioによるSendGridの買収が挙げられます。両者ともDevRelによって急激に成長してきたサービスです。その相乗効果はとても大きいのではないかと予想されます。今後の展開が非常に楽しみです。
国内のDevRel事情はいかがでしょう
企業で見ると、チーム体制を整わせているところが増えてきていたり、ワークフローも固まってきているようです。それに伴ってKPIであったり、測定すべき数値についてもはっきりしてきています。Webサービスが雨後の竹の子のように続々と登場してくる中、他社に負けないために限られた予算を一番効果の高いところに投じるのは当然と言えるでしょう。
DevRelについて言うと、人材の流動性が高くなってきています。エバンジェリストやアドボケイトを自社内で育てようとする企業もある一方で、時間的な余裕がないために外から経験者を雇用するケースが増えています。人材の流動性が高まるのは仕事の専門性やスキル要件が確立してきますので、よりDevRelに関わる人材を採用したり、教育しやすくなるのではないでしょうか。
元AWSのマーケティング統括だった小島さんがコミュニティマーケティングという考えを提唱しています。そのコミュニティであるCMC_Meetupは毎回200名近い参加者が集まる大きなイベントを行うほどに成長しています。AWSのユーザグループであるJAWS-UGは国内最大級の開発者コミュニティであり、その創設者である小島さんの話すコミュニティマーケティングからエッセンスを学ぼうとする人たちはたくさんいます。実際、その後にできた開発者コミュニティの多くが小島さんのメソッドを利用しています。
私が運営しているDevRel Meetup in Tokyoについて言えば、前回インタビューされた2017年03月時点で300人だったメンバーが760人に増えています。また、東京ながら英語のみ利用するDevRel Meetup in Englishであったり、開発者コミュニティにフォーカスしたDevRel/Communityも展開しています。徐々にではありますがDevRelというキーワードが市場に浸透してきています。
これからDevRelを行う企業がまずすべきことは何でしょうか
DevRel Meetup in Tokyoでは毎月10日、20日、30日にDevRel HUBという緩いイベントを行っています。これはそれぞれ新宿、新橋、渋谷に集まって飲むだけのイベントなのですが、イベントの懇親会ではできないような内々の話であったり、相談なども聞いています。DevRel Meetupのイベントにいきなり参加してもハードルが高い…と感じる方は、まずHUBから参加してみてはいかがでしょうか。
基礎が分かったら、自社サービスにあった施策を選定します。エバンジェリストやアドボケイトを雇用しているのであれば、彼らが表立って活動していけば良いでしょう。しかし多くの場合はそういった人はいないはずで、その場合はオンライン施策から入る方が簡単です。例えばドキュメント整備、オンラインフォーラムの開設、ブログ執筆などです。地道な活動ではありますが、そういった足固めを最初に行わないと、新規訪問者の登録率であったり、新規登録者の定着率は悪いままです。目の粗いザルに砂を投じても目をすり抜けてしまいます。ユーザの受け皿たるWebサイトをしっかりと作ることで、流入を増やす施策が効いてくるのです。
コミュニティを作る場合、コミュニティマーケティングの概念を踏まえるならば熱狂的ファンの存在が絶対に欠かせません。ファンがいない中でコミュニティを作ろうとしても必ず失敗します。そのため新規サービスの場合は不向きな施策になるでしょう。ユーザ数を増やし、品質の良いサービスによってファンが十分に増えたと感じたら実行に移すべきです。
DevRelを推進するにあたり、気にすべき事や障害となるところは?
多くの企業で聞かれるのは予算や人的リソースの話です。どれくらいかかるのか分からないから実施に踏み切れないという声です。オンライン施策だけはじめるのであれば、大きな予算はかからないでしょう。ブログを週2記事、月8本を社内で割り振って書いてみるところからはじめてみてはどうでしょう。ブログサービスはすでに多数ありますし、無料のものも多いです。ブログ記事は長くとも数時間あれば書き終われるでしょう。8本としても約3日分の作業量です。校正などは行わず、誤字脱字を見直すくらいであればそれほど負担にもなりません。これくらいからはじめてみてはいかがでしょう。
大事なのは現状の分析と、その効果測定です。効果が分からないと継続性が危ぶまれます。ブログなどであればアクセス解析が大事ですが、どの記事が一番読まれているのか、どの記事からユーザ登録に至ったケースが多いのかなどを分析しなければなりません。それによってユーザのニーズを探り、その分野の記事を深掘りしたり、別な技術と組み合わせてみると言った展開が考えられるでしょう。予算をかける必要はありませんが、分析は行うべきです。
障害については、上司の理解が最も大事です。経営層によるトップダウンで進める場合も、途中の上司が理解してくれないために継続できなくなったという話をよく聞きます。適切な目標設定とレポーティングが継続性に大きな意味を持ってくるでしょう。DevRelは広告のようにある程度の予算を投じて、すぐに結果が得られるものではありません。少なくとも半年、一年と言った期間が必要です。そのためDevRelをやると決めたら数年間は継続する気構えが必要です。三ヶ月で効果がないから止めた、というのでは開発者に対する裏切り行為にすらなりかねません。開発者が裏切りにあったと感じると、ファンが反転してアンチに変わる可能性もあります。それはブランディング的に大きなマイナスイメージにつながりかねません。そうならないためにも継続性を担保できる仕組み作り、実現可能性の高い目標設定が重要です。
イベント公式サイト→ https://tokyo-2019.devrel.net/
DevRelCon Tokyoは2017年からはじまり、今年で3回目になります。DevRelCon自体、グローバルなカンファレンスとしてロンドン、サンフランシスコ、中国そして日本で行われています。各地、毎回規模を拡大しつつ行われています。DevRelCon Tokyo 2019ではRubyのパパとして知られるまつもとゆきひろさんやMicrosoftのちょまどさん、GitHubのブライアン・ダグラスなどの有名企業の方々が多数登壇します。彼らのDevRelにおける経験、テクニックを学べる唯一無二の機会になります。ぜひご参加ください。全英語セッションですが、翻訳システムを提供します。
チケット申し込みページ(割引適用済み)
→ https://ti.to/devrelcon-tokyo/2019/discount/THINKIT
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