インスペクタはこんなところをみている

2009年3月25日(水)
細川 宣啓

複数のメトリクスを使った評価

 ここまで4回にわたってメトリクス測定・定量化・品質検査(インスペクション)について説明してきましたが、最後にメトリクスと品質保証の関係について触れたいと思います。

 今回も含めてご紹介したメトリクス測定のコツやTipsはすべて「品質を推測する」ための指標であり、品質そのものを表すものではありません。言い換えればここでご紹介したものは、すべて目視にて丁寧に成果物を検査するインスペクションを効率的に進めるための指標であり、「各種のメトリクスは品質の写像である」という前提に立脚して利用しなくてはなりません。決してメトリクスだけで品質を「判定」することや、インスペクションに時間をかけられるならメトリクス測定が不要と断じてしまうことはあってはならないことだと筆者は考えます。

 例えば国内で利用される主要な品質メトリクスとしては、残存欠陥率や欠陥密度が存在します。しかしこのメトリクスはすべての欠陥が同じ粒度であり、影響度が同じであるという条件下にのみ有効なメトリクスです。

 また面白いことにこれらのメトリクスは品質検査活動抜きにして語ることができない「PostReview」型のメトリクスであるため、単体では存在し得ないものです。万能のメトリクスと、(よく考えてみれば当たり前のことですが)品質を表現するための唯一無二の指標というのが存在するはずがありません。品質には時間やお金と違って「単位」がないからです。

 複数のメトリクス(=写像・断面)で品質を多面的に評価することが、品質保証組織・専門家にとって最も重要です。メトリクスと実際の品質(欠陥)検査は相補の関係であり、お互いの弱点を補完する役割として組み合わせて利用するのが最適と筆者は考えます(図3)。

「品質」はもうからない?

 では、なぜこんなにまでメトリクスにこだわりながらインスペクターは品質を追及するのでしょうか。

 現在国内は不況下と言われIT投資が控えられている企業も少なくありません。例えば新規のハードウエア購入やソフトウエアの導入等は必要最低限に抑えられていますが、インスペクションやメトリクス測定活動に投資をしている企業はさらに少ないのが実情です。

 これは企業経営の判断として仕方のないことですが、時々「品質への投資は利益に直結しないから」という理由で品質活動への投資を止めてしまう・削減する企業が多いのは、本当に残念なことです。

 よくよく考えてみてください。「品質はもうからない」というのは本当でしょうか?品質投資は金額というメトリクスで表現することができますが「もうからないこと」もメトリクス測定によって可視化・定量化することは極めて難しいことだと筆者は考えます(実際に過去に「品質がもうからないこと」を調査・証明したり、品質と利益の相関を表すメトリクスを研究したりといった事例などは筆者の知る限りありません)。

 インスペクションに代表される品質検査やメトリクス計測という、恐らくIT業界の中で最も地味で最も疲れる仕事は、若い技術者が「将来の夢」として選ぶことはあまりないでしょう。しかし、今この不況下において地味でコツコツとした領域を奨励し、淡々と継続する企業とそうでない企業の差は、恐らく10年を待たずに大きく広がって行くと考えられます。

 なぜなら、品質検査やメトリクス計測の分野は、ITの歴史の中でもここ30年変化がなく、ずっとずっとIT業界の礎として脈々と受け継がれてきた「息の長い技術」だからです。

 膨大な経験差が生み出す企業価値と言っても過言ではない不変技術と品質をおもんぱかる姿勢とその技術者に対して、今後どのような投資を行うかは企業経営の中で大きな分岐点になるかもしれません。

インスペクションやメトリクス計測は、それほどの威力と価値を潜在的に有する活動なのです。

日本アイ・ビー・エム株式会社
1992年日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。SEを経て1999年より同社品質保証組織にてQuality Inspectionチームを立上げ。品質工学および上流フェーズ欠陥検出技術の社内外への展開を手がける。IEEEAssociateMember. 経済産業省IPA/SEC価値指向マネジメントワーキンググループメンバー。2007年ASTA Korea、2008年4WCSQにて発表。http://www.ibm.com/jp/

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