KubeCon+CloudNativeCon EU 2021、コロナ禍に対抗するシステムを支えるLinkerd
CNCF(Cloud Native Computing Foundation)が主催するクラウドネイティブなシステムに関するオンラインカンファレンス、KubeCon+CloudNativeCon EU 2021が、2021年5月4日から7日の4日間開催された。今回は5月6日のキーノートとして行われた「Linkerd vs COVID-19:Addressing the global Pandemic with Service Mesh」というセッションを紹介する。
動画:Linkerd vs. COVID-19: Addressing the global Pandemic with a Service Mesh - William Morgan, CEO
キーノートに登場したLinkerd
過去にLinkerdを開発するBuoyantのCEOであるWilliam Morgan氏には何度も取材をしているが、Morgan氏がKubeConのキーノートでスポンサードではないセッションに登場するのは、今回が初めてだ。CTOであるOliver Gould氏は、2017年にベルリンで行われたKubeCon EU 2017で「Linkerd Project Update」というタイトルでプレゼンテーションを行っている。
COVID-19によるパンデミックに対抗するために、さまざまな研究活動、啓蒙活動そして医療支援活動が研究機関、政府機関、大学、医療機関などにおいて盛んに行われている。感染拡大を防ぐために、これまで以上にソフトウェア開発に対して高速性が求められている。その状況において、シンプルさを売りにするLinkerdが利用されているというメッセージは、かなり強力だろう。またキーノートでCOVID-19に関するセッションが行われたということは、それだけCOVID-19に人々の注目が集まっているからと言えるだろう。
プレゼンテーションのタイトルスライドにあるMorgan氏の肩書きが、BuoyantのCEOではなくLinkerd Community Memberとなっていることに象徴されるように、このプレゼンテーションはLinkerdのコミュニティの存在とそれに対する感謝を改めて示すための内容となった。
Linkerdはシンプルで高速/軽量なサービスメッシュのためのソフトウェアで、サイドカーとしてPod内に実装されるProxyがデータプレーンとして稼働し、Web UIとCLIによるコントロールプレーンから構成される。Linkerdはバージョン1.xから2.xに更新する段階で、データプレーンとなるモジュールをRustで書かれたLinkerd2-proxyに置き換えたという経緯がある。KubeConのプレカンファレンスとして初めて開催されたRustに特化した「Cloud Native Rust Day」では、パネルディスカッションのモデレーターとしてMorgan氏、パネリストとしてGould氏が参加していることを見れば、LinkerdがRustのアーリーアダプターと見なされていることがわかる。
COVID-19に立ち向かう組織で用いられるLinkerd
ここからはLinkerdのユースケースとして、4つの組織が紹介された。最初のユースケースはアメリカのNIH(National Institutes of Health、保険社会福祉省)の事例である。
2つ目はClover Healthという医療保険を提供する企業のユースケースだ。このスクリーンショットではCOVID-19のワクチン接種に関する検索機能を紹介している。
3つ目はPenn State(The Pennsylvania States University、ペンシルベニア州立大学)のユースケースだ。生徒数8万人を超える巨大な大学組織のCOVID-19関連サイトにおいて、Linkerdが使われていると説明した。
最後のユースケースは2020年11月に開催されたKubeCon NA 2020のセッションでも紹介され、過去にThinkITにおいても解説記事を書いたテキサスのスーパーマーケットH-E-Bのユースケースである。これはH-E-BがCOVID-19に対応するために開発したネット販売サイトの中で、Linkerdが使われているというものだ
参考:KubeCon NA 2020、サービスメッシュのLinkerdの概要とユースケースを紹介
H-E-Bのユースケースは、Linkerdによるマイクロサービスとカオスエンジニアリングを使ったものとなる。COVID-19の被害が拡がる前に作られていたシステムの設計を変更して、マイクロサービス化を行い、同時にカオスエンジニアリングを導入してシステムの変化に対応できる仕組みになっているところが注目のシステムだった。カーブサイドと呼ばれるこのシステムはインターネットから注文し、店舗内に入らずに店頭で品物を受け取ることができるシステムで、対人接触を極度に削減する形式になっている。
H-E-Bのシステム担当者はシステム導入に際して他のシステムも比較検討しており、ドキュメントが良くできていること、疑いたくなるくらいに導入が簡単だったことを評価として解説していた。
このスライドではH-E-Bのコメントとして「他のサービスメッシュと比較して最もシンプルで最初からH-E-Bが必要とする機能を備えていたこと、理解が容易で性能面でも問題がなかったことを紹介している。
最後に「現在のLinkerdをここまで成長させてくれたのは、コミュニティを構成しているエンジニアやドキュメントなどに貢献してくれたコントリビュータである」として、感謝の意を述べてセッションを終えた。
10分に満たないキーノートセッションとなったが、テクニカルな内容には踏み込まずにLinkerdがCOVID-19関連の多くのサイト、システムにおいて利用されていることで、緊急な開発要件にマッチしたサービスメッシュシステムをシンプルに実装できるプラットフォームとしての能力をアピールした形になった。
このスライドはKubeCon NA 2020のセッションのものだが、「疑いたくなるくらいに簡単だった(Suspiciously easy)」という感想が明記されている。
求む日本国内のユースケース
サービスメッシュソフトウェアのエリアでシンプルで高速なLinkerdは、常にIstioと比較される。GoogleやIBM、Red HatがプッシュしているIstioは、その多機能さと引き換えに複雑なこと、ガバナンスの不透明なことがLinkerdとは対比のポイントになっている。COVID-19関連の案件で、Linkerdを用いて素早くシステム開発が行われたという実績は、多くのIT担当者にとって大きな意味を持つ比較のポイントとなるだろう。
William Morgan氏にKubeCon EUの後に個別にインタビューした際に「日本でのLinkerdのユースケースは?」という質問に「把握していない、もし知っていたら教えて欲しい」という回答があり、日本でのユースケースを求めていることを明らかにした。日本でLinkerdを使っているユーザーは、ぜひユースケースとして公開できるようにBuoyantに連絡して欲しい。
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