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  インタビュー

「会社すべてがIT企業に」を目指すマネックス証券 基幹システムの内製化により社内意識が大きく変わり始めた

2017年10月12日(木)
狐塚 淳(こづか じゅん)
2017年1月、ネット証券大手のマネックス証券は証券基幹システムを刷新した。お客様へ提供するサービスの開発スピード向上と、ノウハウの社内蓄積、開発コストの適正化を目的に、開発環境も外部のASPサービス利用から内製化に切り変えた。構想から10年弱の歳月を経て全面刷新したことで、システムの開発/運用を担当するオペレーション・システム部だけでなく、全社のシステムに対する意識改革が生まれたという。

なぜ、証券基幹システムの内製化を決断したのか?

ネット証券会社の多くは、対面で株などを販売する店舗型の大手証券会社が提供する証券基幹システムを使用している。ネット専業のマネックス証券でも以前は大手証券会社のシステム系子会社が提供するASPサービスを利用していた。マネックス証券は2008年からシステムの内製化の検討を開始。2011年に次世代システム準備室を開設し原型となる他社製システムを購入して研究・開発を開始した。2012年には一部のお客様に協力いただき内製化した新システムをスモールスタートさせた。その後、新旧システムを併用しながら新システムの開発を継続し、2017年1月にすべてのお客様の取り引きを完成した新システムでの運用に切り替えた。

証券基幹システム内製化タイムライン

内製化によってマネックス証券が目指したのはサービス開発コストの適正化とノウハウの社内蓄積、そしてサービスの開発スピード向上である。

「ASPの場合、お客様との取引総量が増えるとシステムの利用料金が増えます。内製化により増加するASPの利用料金を抑え、サービス開発への投資を増やし、サービスを充実したい。加えて、サービスの改善や新サービスの開発時に、ASPサービスの提供会社との会議に費やしていた時間を削減し開発のスピードアップを図ることで、競合他社への競争力を強化したいと考えました。一貫した開発体制を社内に持つことで、ノウハウを蓄積し開発力を向上させることを目指しました」と、マネックス証券執行役員の後藤浩氏は内製化に舵を切った理由を説明する。

内製化で一変したシステムの開発フロー

ネット証券の基幹システムはフロントシステムとバックシステムから構成される。バックシステムは、株などを営業担当が対面販売する店舗型の証券会社が使用する基幹システムをベースとしている。営業担当が受注や約定などを入力し、帳票処理や口座管理などを実行する。そこにネット証券独特のフロントシステムを組みあわせる。

オンラインによる注文が、店舗型証券会社の営業担当の代替となるネット証券では、フロントシステムの重要性が高い。お客様の口座開設や証券売買だけでなく、複雑な注文への対応やロスカット(強制決済)、ポイント付与などさまざまな機能が求められる。そうしたフロントシステムとバックシステムで構成された基幹システムを使って、ネット証券会社は株式や債券、投資信託など様々な商品とサービスを扱っている。

ネット証券基幹システムの構成

マネックス証券も以前は、大手証券会社のシステム系小会社が提供するフロントとバックが一体化された基幹システムをASPサービスで利用していた。お客様に提供するサービスの改善や追加については、このシステム会社に要望を提出し、システム会社が開発するというスタイルを取っていた。だが、システムの内製化によりこの手順が一変した。

2017年4月の組織改編で証券基幹システムを担当するオペレーション・システム部は、「管理」「企画・設計」「開発」「業務・保守」「インフラ・運用」の5グループ体制となった。アプリケーションの開発・保守は、「企画・設計」「開発」「業務・保守」の3グループ体制になっている。各グループが連携してシステムの改編や新規開発にあたる。

「新機能に関するお客様からの要求は、主にコンタクトセンターを統括するカスタマーサービス本部よりあります。ブロックチェーンなどFinTech関連の新技術への取り組みは、社内のマーケティング部やプロダクト部より要望が来ます」と、オペレーション・システム部マネジャーの竹中聡氏は説明する。

オペレーション・システム部 マネジャー 竹中 聡氏

そうした要望を、企画・設計グループが引き取り、業務フローやITサポート、運用の形などを含めた要求仕様書にする。これをもとにシステム改編や追加開発が決定すると、社内関係者が協力して要件定義を行い、各種ドキュメントを作成。開発グループが設計、開発、実装、テストを受け持ち、業務・保守グループが営業とコンプライアンス管理の部門と話し合いながら、サービスの運用計画を立案する。サービスフェイズの実装テストと、ユーザーテストの確認にも参画する。

こうしたスタイルでの開発を社内で行えるようになったため、社内のコミュニケーションはより密になり、開発速度も向上しているという。

マネックス証券組織イメージ

内製化がもたらした社内の意識改革

新システムでの運用切り替えから半年強が経過して、当初の狙いは達成されたのだろうか? 毎月のシステム維持費は大きく減少している。今後は、社員を増やして内製化をさらに進め、システム開発投資の削減と開発スピードの向上を図っていく計画だ。

こうした成果は、システム単体によってもたらされたものではなく、内製化に向けて長年積み重ねてきた経験があってのものだ。入社2年目で次世代システム準備室に配属され、基幹システム内製化を新システムへの切り替えまで見てきた竹中氏も、「内製化の意義は事前に説明を受けていたのですが、配属当初は、その意味をよく理解できていませんでした」という。「それまで一緒に仕事をしてきたASPサービスの提供会社が別の会社に変わるくらいの意識だったのです。ですが、原型システムとASPサービスとのギャップ分析を開始したらすぐに違いが見えてきました。以前はASPサービス提供会社に任せていた現行仕様の確認から、すべてを社内でやらなくてはなりません。主体的に動く部分が大幅に増加しました」と振り返る。

2012年のスモールスタートのタイミングでは、フロントシステム開発の比重が大きく、バックシステムへの変更は最小限で進めた。それでも制度や法令の変更時には、システム全体を把握しバックシステムの変更も必要になる。プロジェクトを推進する中で、バックシステムの理解にも努力した。

こうした蓄積が、現在の開発・運用にも活かされ、開発のスピードアップやコスト削減につながっている。開発グループの石井勇輝氏も「最初からの開発に携わってきた人がいるので、わからないときにはすぐに誰かに聞けるため、効率的に開発ができ自信をもって進められます。」と語る。

オペレーション・システム部 石井 勇輝氏

そして、内製化によってもたらされたもう一つの効果が社内の意識改革だ。社内開発体制を取ることで、オペレーション・システム部も社内他部門とのコミュニケーション機会が飛躍的に増大し、全社のシステムに対する理解も深まってきたという。

「以前からフラットな職場で他部門の上司とも普通に話せる会社でした。ですが今は、システムはこう作ると決めたら決めたようにしか動かないということを、他部門の方も理解してくれるようになりました。コンタクトセンターとマーケティング部、プロダクト部とオペレーション・システム部が1つのチームとして、サービスの開発に当たれるようになりました」と、業務・保守グループの坂本麗子氏は語る。

オペレーション・システム部 坂本 麗子氏

基幹システム内製化の効果によりマネックス証券は、「会社すべてがIT企業になっていく」という改革へと踏み出したのである。

次世代システムに向けた若手エンジニアの育成

マネックス証券の今後のシステム開発はどんな変化を遂げていくのだろうか? 竹中氏はウォーターフォール型で開発した新システムとは別のフロントシステム開発を経験している。2012年秋にマネックス証券が買収した米国企業トレードステーションで、日本株取引システムを開発するために2年半出向した。トレードステーションでは2010年にウォーターフォール型の開発からアジャイル開発に移行していたため、アジャイル開発も経験した。その経験から竹中氏は、「ウォーターフォール型とアジャイル開発は使い分けが重要だ」と話す。

「ウォーターフォール型は仕様を決定してから開発が始まるため、スケジュールやコストが管理しやすく、大規模なシステムの開発に適しています。一方、アジャイルでは小さな単位の開発サイクルを繰り返しながらゴールに向かっていくため、開発のスピードアップが可能になります。今後は基幹システムの開発でも部分的にアジャイル開発を適用することが有効になってくると思いますが、そうした体制を可能にするためには社内人員の増強が重要です」

内製化した新システムはリリースされたが、今後の改善や開発を考えれば、社内スタッフの拡充は必須だ。マネックス証券はエンジニアへの充実した研修を用意しており、研修を修了した社内の若手は今後のシステム開発・運用に取り組んでいる。

執行役員 後藤 浩氏

2016年4月に新卒で入社した石井氏は、英語研修や3か月間のコールセンター研修を経て、11月にオペレーション・システム部に配属された。社内ツールなどの保守運用にあたりながら、新システムがリリースされる直前2か月間の刺激的な雰囲気を経験した。2017年4月の組織改編時に、希望していた現在の開発グループに就き、2か月のJava言語研修を終えた今は、社内向け保守システムを開発している。石井氏は、「どんどん勉強して、システム内製化の推進力になりたい」と語る。

2014年4月に新卒で入社した坂本氏は2年間のバックオフィス業務を経た後、オペレーション・システム部の業務・保守グループに異動になった。投資信託の取引時などに口座に付与されるマネックスポイントの改善や、各種業務や不具合の改善を担当している。新システムへの移行の前には旧システムとの併用運用での保守を経験し、その後、旧システムのWebサイトを新システムに移行するプロジェクトの推進も担当した。

コールセンターデータの蓄積がサービス開発のプライオリティーを決定する

マネックス証券では、若手エンジニアが順調に経験を重ねているが、スタッフの人数はまだ十分ではない。

「協力会社に依頼している仕事を引き取りながら、内製化をさらに進めていくつもりです。10年先は、全く業態が変わっているかもしれません。たとえば証券業務と銀行業務の垣根がなくなり、給与振り込みや電気水道代の引き落としといったサービスを証券会社が提供している可能性もあります。そうした大きな変化が到来しても、社内に蓄積したノウハウを活用し、遅滞のない開発ができる体制を築いていきたい」と、後藤氏は抱負を述べる。

「FacebookやAmazon.comが10年間でどれだけ成長したでしょう。10年後を考えると、私たちのオペレーション・システム部が証券システムだけを担当しているとは考えにくい。私たちが、きっと新しい金融インフラ作りに取り組んでいるはずです」と語る竹中氏も、将来に向けた開発を一緒に担ってくれる仲間を求めている。

(撮影:鹿野 宏)

左からオペレーション・システム部 坂本氏、竹中氏、石井氏、執行役員 後藤氏
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著者
狐塚 淳(こづか じゅん)
コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集を経て、フリーランスのITライターに。現在は雑誌やWebメディアで、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなどの記事を中心に執筆している。

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