システムやツールの背景に目を向けて「ワンランク上のPMO」になろう

はじめに
プロジェクトを円滑に進めるために、仕組みや運用ルールなどを作った。メンバーから特に好反応があるわけではないが、不満も出ていない。表面上は、業務が滞りなく回っている。しかし、まだ何か問題がありそうだ……。PMOの中には、こうした「現状は悪くはないけれど、何となくモヤモヤした状態」に悩む人もいます。
もちろん、プロジェクトが円滑に進行しているなら任務は遂行できていると言えるでしょう。しかしながら、このような感覚がある人は、PMOとしてさらに質の高い仕事ができる成長段階にあるのではないかと思います。つまりは、PMOにとってレベルアップできるチャンスなのです。
それでは、実際にどのようなことを意識すればワンランク上のPMOになれるのでしょうか。今回も、私の経験からそのポイントを解説していきます。
プロジェクトごとの「答え」は
正解の先にある
以前、プロジェクトメンバーとして関わった仕事でこのようなことがありました。そのプロジェクトはチャットツールのコミュニケーションが盛んで、日々さまざまな発言が飛び交っていたのですが、その回数が多くなると「あれ? この発言は何の話題だっけ?」など、チャット内で混乱が生じていたのです。
そこで、プロジェクトのPMOは「発言するときのタイトルは〇〇とします。本文は書かずにスレッドに発言をぶら下げるように。見た人は必ずリアクションボタンを……」などと、細やかな運用ルールを設定しました。その矢先、私が急ぎの情報共有で行った発言にルールから外れた部分があり、PMOから「ルールに従ってください」と注意を受けたのです。
もちろん注意は当然ですし、私は謝罪しました。しかし、それからというものチャット内のやり取りは必要最低限の発言にとどまり、以前の活発さがなくなってしまったのです。他のメンバーに聞いてみると「ルールに反する注意されそうで、余計な発言はしにくい」とのこと。
私は「なるほど」と思いました。ルールが正しいことは、みんな理解しています。しかし、あまりにガチガチのルールで固められてしまうと、ルールから外れた発言だけでなく、これまで飛び交っていたライトな意見やアイデアといったものまで出なくなる。コミュニケーション自体も消極化してしまう恐れがある。これは、プロジェクト全体で見ると、とてももったいないことだなと感じたのです。
その後、自分自身もPMOとなり、さまざまなプロジェクトを見てきました。確かに何事にも「正解」はあります。例えば、チャットツールの運用、業務報告の仕方、情報の管理などを決められたルールに則って間違いなく行うこと。そして、プロジェクトマネジメントの各種資格試験で学ぶようなこともすべて正解ですし、PMOとして知っておくべきことです。
しかし、実際の現場では「正解はこれだけど、このプロジェクトの場合は、こうするともっと良くなる」というケースが多々存在するのです。言うなれば、正解の先に本当の答えがあるパターンですね。その場合、前述の事例のように良かれと思って置いたルールが、かえって状況を悪くする可能性もあるのです。
「今入っているプロジェクトには、どんな答えが適切なのか」。こうした現場ごとの答えを捉えられる力は、ワンランク上のPMOになるために必要な要素だと思っています。
普段当たり前に使うツールの
「背景」を見つめてみよう
それでは、どうしたらそのような力を身につけられるようになるのでしょうか。私はその方法の1つとして「意識的に身近なシステムやツールの背景を見ることだ」と思っています。
例えば駅の改札。毎日何も考えず通過するのではなく、「この改札機にはどんな背景があるのだろう」と考えてみるのです。昔は駅員が切符を切っていましたが(その記憶がある人も今や少ないですが……)、自動改札となり、現在はICカードやQRコードの読み取り機が付いているものもありますね。
改札とは本来「運賃を払った人だけが構内に入れる」ものであれば良いはずです。しかし、人による作業はミスも出るし、駅の業務効率化を考えれば自動改札が便利です。そして「ICカードが一番便利」という人もいれば、一方で「家計の管理がしやすいから、現金で切符を買うのが一番」「ポイントが貯まるQRコードが良いな」「回数券を使いたい」という人もいます。そうしたいろいろな背景があって、今の改札機があるわけです。
つまり、何が言いたいかというと、切符の買い方1つとっても「固定された答えはない」ということです。世の中にはいろいろな考えの人がいて、時代の流れやニーズの変化などもあります。そうしたことを踏まえて、ときに大胆なモデルチェンジもしながら今の答えが出されている。そして、その答えは今後さらに変わっていくかもしれません。
プロジェクトも同じで「正しい進め方」はあるものの、メンバーやプロジェクト内容、現在の状況などにより、それがマッチする場合もあればしない場合もあります。正しさより、いかに円滑にみんながやりやすい方法へ柔軟に対応できるかも大事なのです。
前述のチャットで言えば、私ならすでに活発にやりとりがあるのであれば、発言の最初に【共有】【報告】【雑談】【アイデア】などを入れるだけで十分良くなるな、と感じました。そうすれば活発なチャットを維持したまま混乱は防げるのではと思います(もちろん、プロジェクトの規模によってはチャネルを分ける、情報の分類によってチャット以外で管理するなどの流量コントロールをします)。
「正しいことをしているのに、なぜうまくいかないんだろう」
「メンバーの反応があまりよくない気がする」
PMOの仕事をしていて、そんなふうに感じるときは、もしかしたらあなたの中の「正しさ」と、プロジェクト内の「答え」にズレが生じているかもしれません。メンバーたちに「あのPMOは正論ばかり言うから、とりあえず言われたことをやれば良い」などと思われている可能性もあります。
そこで大事なのは「もしかしたら、自分の考えは間違っているのかもしれない」とズレに気づくこと。そして「一般的にはこれが正解ですが、御社にもしこんな課題があるのなら、この方法を選択するのはどうでしょう」という提案をしてみることです。そうすれば、お客様から「この人は自分たちの会社のことをすみずみまでよく考えてくれているな」という信頼を得ることができるでしょう。
それだけではなく「実はこんな課題もあって……」と、もっといろいろな困りごとを話してくれるかもしれません。まだ見えていないプロジェクトの根本的な課題に触れることで、PMOとしてもっと質の高い仕事ができる可能性も広がっていきます。
柔軟性のあるPMOは最強
前述したシステムやツールの背景を見る意識は、それを使う「お客様への理解」にもつながります。例えば、改札機を見ても利用者の意見を調査する人、改札機や読み取り機を設計する人や作る人、改札機本体を運んできた人、運用する駅員、鉄道会社、システム会社など、たくさんの人や企業などが関わって「改札機」という1つのツールができていると分かりますよね。
ECサイトや自動販売機、ファミレスのタッチパネルなど、日常生活で触れるあらゆるものに、そうした背景や関わった人たちがいる。そんなふうに意識すると「じゃあ、その人たちはどんな課題を持っているのだろう」と考えられるようになります。そうなると、全く知らない業界のプロジェクトに入るときも、少し勉強すれば「ああ、こんな課題がありそうだな」ということが分かるようになるのです。
PMOはいろいろなプロジェクトに入るので、業界の理解に時間を取られることも多くあります。しかし、こうした習慣をつけると1回目の打ち合わせから具体的な会話ができるため、圧倒的なアドバンテージになります。
作り手目線と使い手目線の両方が加わり、自分の提案も必要に応じてフレキシブルに変えることができれば、より円滑にプロジェクトを進めることができるでしょう。「状況に応じていかようにも進め方を変えられる」。そんなPMOが最強だと思っています。
おわりに
事例・実践編第3回目の今回は、以下のような内容を解説しました。
- プロジェクトにおいて「正しさ」だけが答えではない場合がある
- システムやツールの背景から、柔軟性の大切さや業界の課題が見えてくる
- 正しさと柔軟性を兼ね備えたPMOは幅広い仕事に携われる
正しさと適切な答えとのズレは、本人がなかなか気づきにくい一面もあるもの。ずっとズレに気づかず、いつしか仕事の声がかからなくなってから、やっと「あれ?」と気づく人もいます。そのため、プロジェクトを終えて「何かモヤモヤする」と感じるだけでも、すでにPMOとしてワンランク上の視点が持てていると思ってください。
さらに、今回お伝えしたことを実行できれば、おそらくモヤモヤは解消され「次もお願いします!」と必ず声がかかるPMOになれると思います。ぜひ意識してみてください。
次回は、伝わりやすいグラフや資料の作成スキルについて解説します。お楽しみに!