連載 :
  インタビュー

日本でOSSのコントリビュータを増やすには何が必要か?を座談会形式で語り合う(後編)

2025年3月7日(金)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
OSS識者とともに、OSSへのコントリビューションを増やすためには何が必要かを語り合う座談会の後編をお届けする。

日本のITエンジニアの圧倒的多数を占める企業に属してソフトウェア開発を行うエンジニアによる、オープンソースコミュニティに対する貢献を増やすためには何が必要か? を語る座談会、後編は草の根オープンソースコミュニティの運営を20年以上に渡って続けてきた宮原氏の意見からスタートする。

●前編:日本でOSSのコントリビュータを増やすには何が必要か? 座談会形式で語り合う(前編)

ubeCon NAのお土産のクッキーを手に。左から水野氏、玉置氏、江藤氏、宮原氏、元木氏

ubeCon NAのお土産のクッキーを手に。左から水野氏、玉置氏、江藤氏、宮原氏、元木氏

座談会の参加者は草の根のオープンソースコミュニティの支援活動を続けてきた日本仮想化技術株式会社の宮原 徹氏、同じく玉置伸行氏、ニュートラルな視点で俯瞰できる立ち位置にいるThe Linux Foundationの江藤 圭也氏、企業からの貢献を続けているNTTの水野 伸太郎氏、同じくNECの元木 顕弘氏の各氏だ。

宮原さんは今の状況をどうみますか?

宮原:ぶっちゃけ言うと、そもそも日本にはオープンソースは馴染まないっていうことなのかなと。

いきなり結論が出ちゃいましたけど(笑)。

宮原:つまりお客さんも「システムに対してこういうのが欲しい」とリクエストしてそれをシステムインテグレーターがいろいろなソフトウェア、これはオープンソースも含めますけど、それを組み合わせて提供する、足らない機能がある場合は「こういう仕様です」と言って納得させようとする、開発の途中でバグが見つかったとしてもコンポーネントの中身を見て直そうとまではしないですよね。なので使うのはありだけど、コミュニティに貢献するっていう部分は馴染まないかなと。

オープンソースカンファレンスについては?

宮原:オープンソースカンファレンス(OSC)はもう20年続いてきたカンファレンスですけど、昔に比べて質が変わってきたかなとは思いますね。昔は会社の先輩が「あれに行って勉強してこい」みたいな動機で参加するエンジニアがいたんですけど、最近の傾向だとそういうのにかける時間がないっていうのかなと。昔は趣味の感覚でメールサーバー立ててみるとか、やってみた的なことをやるのがオープンソースっていう感覚だったと思うんですけど、もうこの機能を実装するためにいつまでに調べていつまでに実装して、みたいにエンジニアに余裕がない。あとは最近だとオープンソースを使って自分で実装するんじゃなくて「それはもうAWSにあるからそっちでやればいいじゃん?」みたいな状況になってますね(笑)。もう使うのがブラックボックスになってる感があって、それでも気にしてないっていう。

もうAWSさんという便利な地面屋さんがいるから、そこの中でオープンソースを使えば、お金はかかるけど最悪何かあればAWSさんが直してくれる! みたいな。

宮原:江藤さんが言っていた威勢の良いおじさんがいなくなっちゃったというのもあると思うんですよ。でもそれ以上にAWSが便利過ぎてそこで満足しているっていう。

江藤:もう日本はエンジニアを育てるという感覚がなくなってきたのかもしれないですね。今の仕事に就いてからさまざまな日本の企業の人とお話していますが、ソフトウェアが重要だと思っている経営層はほんとにいないんです。そうなるとオープンソースソフトウェアなんて言わずもがなで。とある企業のIT部門の責任者と話した時も「うちはオープンソースを一切使っていません」って断言していましたけど、「Androidすら使ってないんですか?」って言いそうになりましたけど(笑)。

元木:でもそれはソフトウェアが自分たちのビジネスにどれだけ影響しているのかをわかっていないから言える話じゃないですかね。ソフトウェアがないとビジネスできないという状況になれば変わるかもしれませんけど。

江藤:それはその責任者は単に発注元でしかなくて、中に何が入っているのかは知らなくても良いという話だけじゃないかなとは思いました。

かなり危機的な状況ですね。

宮原:それに関して言えばシステムインテグレーターが悪いみたいな話になりそうですけど、実際にはユーザーも「俺が120%満足できるソリューションを持って来い」みたいな考えのままですし、ユーザーもシステムインテグレーターもベンダーからいっぱい提案を受けて「これならこんなことができます」みたいな情報で溢れていて、そこにないものを開発してそれをオープンソースにするみたいな方向にはなかなか行かないというのをいっぱい見てますからねぇ。

元木:システムインテグレーターに関して言えば、システムインテグレーターのエンジニアも顧客の案件で使っているオープンソースソフトウェアの機能改善やバグ修正を行ってコミュニティに反映していくというのはアリかなと思いますし、やっています。そうした活動を通して、オープンソースソフトウェアであっても課題解決を一緒にやっていけるパートナーだと顧客から信頼してもらえれば、コントリビューションしていく意義は出てくると思うので。ただ、顧客のシステムで使っている機能といった事例だと、カンファレンスとかでそのまま紹介することも難しい可能性が高いので、そうなると純粋に技術の紹介とかになっちゃうと思うんですよね。

宮原:とあるカンファレンスではすごいエンジニアが、かなり特殊で優秀な事例を紹介するのが流行っていますけど、それってまったく再現性がないというか他に応用できないような内容ばっかりで。

自慢大会になっている(笑)?

宮原:優秀な人の特殊な芸を見せている感じ、かな(笑)。他に使えない話ばっかりと言うか。

元木:オープンソースを使っている優秀なエンジニアで表には出てきていない人が実際にはいっぱいいるんですけど、そういう人がその仕事を紹介するということの利点がないというか。

宮原:海外のカンファレンスだと優秀なエンジニアはだいたいどこかのコミュニティでも有名人でその人を採用するとそのコミュニティでの地位を獲得できるっていう利点はあるでしょうね。

徐々に暗闇の中で光が見えないというか進む方向すら見出せない話になってきましたが(笑)。要はオープンソースに貢献していてそれが仕事にも役立っているというエンジニア個人の成功例があまり紹介されていないんですよね。

宮原:あとこれはシステムを開発する側へのアドバイスなんですが、受託したソフトウェアにオープンソースを使っていることをあまり言わないほうが良いような場合がありますね。つまりオープンソースを使っているとソフトウェアはタダだと思われてしまうという。エンジニア同士の時は良いんですけど外部には言わないほうが良い場合があると思います。

水野:ソフトウェアが無償というのは間違った認識ですよね。ライセンスは確かに無償ですけどそれをアップグレードするとかサポートとかお金がかかるところはいっぱいありますから。

もう本来の目的である「エンジニアがオープンソースに貢献することを増やすためには何が必要か?」という命題以前の話になりつつあります。

宮原:それで言うと「エンジニアにとってのサバイバル戦略としてオープンソースに貢献する」というのを位置付けるほうが良いような気がしますね。つまりもう会社が教育してくれるのも期待できないし、キャリアパスも自分で設計するしかないわけですから。

今の時代にエンジニアとして生き抜いていくためにオープンソースのコミュニティに参加して実績を挙げる、その中から次の転職先を見つける、みたいな話ですね。

最後は暗闇の中に一条の光を見たような宮原氏の意見が印象的な座談会となった。日本のIT産業の構造的問題点から草の根コミュニティの現状、AWSに依存してしまうエンジニアへの危惧など、かなり脱線しながらも参加者が抱いている問題点や解決のためのヒントに溢れた1時間半となった。オープンソースソフトウェアをずっと追いかけている筆者とすれば、機会があれば他の識者も交えて話を聞いていきたい問題である。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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