フリーランスの聖地「コミュニティスペースまるも」に見る「田舎フリーランス」の魅力とは
フリーランスの聖地―金谷
現在、日本のある地域が“フリーランスの聖地”として注目されている。それが千葉県富津市の金谷だ。
話題の中心にあるのは「コミュニティスペースまるも」(以下、まるも)。コワーキングスペースとしてだけでなく、フリーランスとして活躍できるスキルを1ヶ月かけて教える「田舎フリーランス養成講座」(いなフリ)の開催や、田舎での合宿利用を目的としたスペースの提供など、地方の強みを生かしたサービスを多数提供している。
今回は、金谷でまるもを運営し、金谷にフリーランスを集めた第一人者でもある山口 拓也さんにインタビューを行った。
なぜ、金谷という土地にはフリーランスが集まるのか? コミュニティスペースまるもの実態とこれからの展望、そしてフリーランスを目指す人に伝えたいことなどを聞いた。
まずは、金谷という土地の魅力について教えてください。
自然豊かなのは田舎本来の魅力ですが、金谷は海も山も近い上に都心へ日帰りで行ける利便性も兼ね備えています。飲食店の数は多くないですが、移住者が経営する新しいお店や海鮮の美味しいお店が揃っています。スーパーもあり、徒歩圏内で生活が完結するところが最大の魅力ですね。生活していると自然と知り合いに会うので、孤独を感じることはありません。
実際にまるもを訪れてみて、人がとても多い印象を受けました。皆さん静かに作業している印象ですが、普段からこのように作業に集中できる環境なのでしょうか?
あくまでもコワーキングスペースなので、普段はこのくらい(静かに作業している人が多い)ですね。ただ、田舎フリーランス養成講座をやっている期間はもっと賑やかです。参加者が15人くらいいるのと、講師も金谷に住んでいる人に担当してもらうことが多いので、このスペースに20人くらいいることもあります。合宿利用があるときも10人近くはいることが多いですね。
合宿利用は、田舎の強みを活かすために始めたのでしょうか。
もともとは合宿スペースを運営していました。田舎でコワーキングスペースを始めても誰も来ないでしょう(笑)。まるもの前身の「KANAYA BASE(金谷ベース)」の時から企業が気分転換に(金谷に)来ていることがあったので、事業として「これはいける」という感覚がありました。私自身Web系の事業をやっていたので、まずは知人を中心にと考えてランディングページを作ってみると、初月から3件ほど反応がありました。良いときは1ヶ月で20日ほど埋まり、今は月5件程度で安定しています。合宿スペースの運営に伴い、移住者から作業スペースの要望があったことでコワーキングスペースという形を付け加えました。
移住者も多いということですが、田舎フリーランス養成講座は金谷に移住者を増やす目的で始めたのですか。
田舎フリーランス養成講座を始めた理由は3つあって、1つはまるもの2階にあるシェアハウスが空いていたこと。もう1つは自分がWeb系の事業をやっていたので身近に外注できる人が欲しかったこと。最後は単純に楽しそうという理由ですね。リモートで仕事をしているとどうしても生の仕事感が弱くなってしまい、その点で1ヶ月スキルを教えて人を育てるという経験が楽しそうだし有意義かなと考えました。
「身近に外注」とおっしゃいましたが、利用者同士の仕事のやり取りは行われているのでしょうか。
もちろん利用者同士が1つの案件で協力することはあります。しかしフリーランスの仕事自体がサイト制作やライティングなど自己完結するものなので、同じプロジェクトを手がけるといったことはほとんどありません。ただし、まるもとして頂いた仕事や自分がWeb系の事業をしているので、そちらの仕事を利用者にお願いすることはあります。利用者の得意なことを把握できているのもゆるいつながりを持ったコミュニティの強みですね。
まるもとコミュニティ運営の5年後の展望を教えてください。
まるもと金谷というところで言うと、フリーランスであれば誰もが一度は行ったことがあるような場所にしていくことが目標です。(フリーランスの聖地と呼ばれていることについては)周りの人がそう言ってくれているだけで、現状全てのフリーランスが知っている場所かと言うとそうでもありません。
例えばスタートアップであれば中国人でもイギリス人でもシリコンバレーをイメージするという共通認識があると思います。スタートアップで言うシリコンバレーのような、フリーランスが集まる場所というのは世界を見渡してもまだありません。海外だと(金谷のように)徒歩圏内で生活できる場所は少なそうですし、世界的にもフリーランスが集まる場所になれば面白そうですね。
そのための具体的な戦略は考えてらっしゃいますか。
今年1年で“フリーランスが集まる場所を作る”という目標は達成できそうなので、来年からは大企業とタッグを組んでより強固にしていこうかなと思っています。例えば、「コワーキングスペースhinode」を運営している千葉県いすみ市では「クラウドワークス特区」というのを作っていて、クラウドワークスさんが非公開案件を市に提供する、市はクラウドワークスの手数料を負担する、その中間としてhinodeはクラウドワーカーの育成や集客をやるという形を取っています。こういった制度を金谷でも導入していければと思っています。
課題は市との連携で、hinodeは大原といういすみ市でも中心にありますが、金谷は富津市の中でも一番南に位置しています。いすみ市としてのhinodeを知っている方は多いですが、富津市としてのまるもを知っている方は皆無でしょうね。そういう点でもまだ市は本腰を入れてくれていませんが、金谷が全国的に注目される場所になれば市としても無視はできないので、金谷をはじめ富津市全体をフリーランスにとって良い街にしていくことが必要です。
最終的には金谷のフリーランス人口1000人を目指しています。現状では住む場所が足りていませんが、5年あれば廃校になった小学校や海沿いの大きな施設を購入できます。1000人規模であれば世界的に知られるフリーランスの街と呼べるでしょう。人が集まればお店も増えますし、利便性も向上します。「フリーランス人口」と言ったのは、金谷は企業を誘致するのには向いていないからです。というのも、都心に出やすいとは言ってもスピード感を持って営業や調整をしなければならない仕事は向いていないからです。逆にクリエイティブスタジオなど、個人やチームの個性で勝負する方が向いていますね。
1000人規模の街だと地方の魅力が薄れ、かえって住みにくいという人は出てこないでしょうか。
その部分は工夫次第で大丈夫だと思っています。確かにコミュニティの適正人数は20人くらいだと思いますが、もちろんまるもに通わないフリーランスも出てくるでしょう。まるも以外にもコワーキングスペースを作ったりコリビングのように住みながら働ける場所を作ることも考えています。まるもに通いたくない人は金谷から出てしまうので、IT系じゃないコミュニティもあるのが理想です。ただし堂々と別のコミュニティをお膳立てしすぎると「思い通りになりたくない」と思われたり、逆に関係性がなさすぎるとこちらの売り上げにもならないのでバランスが大切です。
また、1000人規模になると全員からお金を貰うというのが難しいので、例えば1000人のフリーランスのリストをビジネスに活かすなども考えられるようになります。1000人のうち30人ほどが企業への就職を考えていれば人材紹介もできます。
街全体がフリーランスにとって住みやすい環境を目指すということですね。では、これからフリーランスを目指す人に伝えたいことがあれば教えてください。
「まずは挑戦してみてください」ということですね。自分もそうだし周りを見ていても思いますが、フリーランス自体が1つの職業みたいなものなので、「フリーランスに転職した」と捉えても良いと思います。独立とか起業と考えるから重くなってしまうわけで、転職ならみなさんもするじゃないですか。「フリーランスに転職しました」くらいの気持ちでやって、合わなければまた転職すれば良いのです。挑戦する中で個人の発信力やスキルを高められる時代なので、興味がある人はぜひやってみてほしいです。その際は田舎フリーランス養成講座をぜひ。フリーランス1ヶ月目としてはちょうど良い内容になっています。
「何から始めたら良いかわからない」という人は、自分がフリーランスになって「稼ぎたい」のか、「やりたいことがある」のか、どちらに当たるかを考えてみてください。稼ぎたい場合はフリーランスで稼ぎやすいサイト制作やライティング、デザインを学び、やりたいことがある人は「やりたいことをやってみて」ほしい。自分がどちらのタイプに当たるかを分かった上でどちらを目指すかを定めれば、自ずとやることは見えてくるはずです。
* * *
今回、まるもの取材で金谷を訪問して、都心でフリーランスとして働く筆者は都心の方がよっぽど孤独だと感じた。金谷に住む人たちは時に夕飯を共にしたり、一緒に体を動かしたりと生活面でもシェアし合っていた。金谷には「孤独で不安定だ」と言われるフリーランスのイメージはなく、周りに頼れる人がいる環境こそフリーランスに最適だ。フリーランスとして働く方もフリーランスに関心がある方も、金谷そしてまるもの動向は今後注目していくべきだろう。フリーランスを支えてくれる、自転車の補助輪のような存在が金谷にはある。――筆者にはそう感じられた。
~全国のコワーキングスペースを取材します!~
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