Alibaba Cloud日本でのビジネス拡大は「ハード、ハーダー、ハーデスト」
中国最大のパブリッククラウドプロバイダーであるAlibaba Cloudが、2019年1月29日に東京で半日のカンファレンスを開催。Alibabaの膨大なトラフィックを支えるインフラストラクチャーを提供するクラウドサービスプロバイダーとして、日本で2番目となるアベイラビリティゾーンが稼働を始めたことを発表した。
今回の催しは「Alibaba Cloud Internet Champion Day Japan」と題されたシングルトラックのミニカンファレンスといえるもので、Alibaba Cloudのジャパンカントリーマネージャーや、Alibaba Cloudのソリューションアーキテクト、それに親会社に当たるアリババ株式会社の担当者らが登壇した。
11月11日、中国では「独身の日」と呼ばれるこの日、リアル店舗とECサイトに跨る大規模なセールスイベントが行われる。2018年は1日でなんと約3.5兆円の決済が行われ、ピーク時のトランザクションが1秒間に25万件を超えるという凄まじいトラフィックが発生したが、それを支えているのがAlibaba Cloudである。これが、Alibaba Cloudの簡単な説明だろう。ガートナーのリサーチによれば、Alibaba Cloudは、世界で3番目のIaaSプロバイダーである。
そのAlibaba Cloudが、日本における2番目のアベイラビリティゾーンを稼働させたというのが、今回のイベントに合わせたプレスリリースのポイントである。コンペティターとなるAWSは東京と大阪に、Microsoft AzureもEastとWestの2箇所に、そしてGCPも既存の東京リージョンに加え2019年に大阪リージョンがサービス開始されるという。AWS/Azure/GCPという3大パブリッククラウドサービスに対して、Alibaba Cloudはリージョン数1でアベイラビリティゾーンが2ということになる。やはり先行する3大パブリッククラウドには遅れているというのが客観的な評価だろう。
カントリーマネージャーであるユニーク・ソング氏の日本語によるプレゼンテーションの後に行われたメディア向けのブリーフィングでは、質疑応答も実施された。その際に日本市場でのゴールとして語られたのは、「AlibabaのECサイトを支える技術を日本市場に提供する」「日本企業の海外進出を助ける」「日本企業が持つノウハウをクラウドに載せる手助けをする」というものだ。
この回答なら、いわゆる外資系企業の日本市場進出における施政演説の枠を出ない観念的なものと言える。つまり、「すでに中国で展開されているサービスを日本に展開する」「強みのある中国、東南アジアに向けたサービスを日本企業に提案する」「日本企業が持つノウハウを自社サービスに載せる」ということを多少、格調高く語っているに過ぎない。追加の質問として、ゴールに関する具体的な数値目標を訊いてみたが、数字は出せないということで、先行するAWSやAzureを追い抜くための施策や現状認識については、具体的に語られることはなかった。
また市場に関しても「まだ日本企業におけるクラウドコンピューティングの浸透はこれから、成長の余地が大きい」として、先行するパブリッククラウドベンダーと真っ向から競争するのではなく、Alibaba Cloudの強みを活かして訴求するということを示唆した。しかし、こちらも具体的ではなくあくまで方向性を語ったものに過ぎない。また「テクノロジーをオープンにする」というコメントもあったが、この文脈の「オープン」は「サービスをユーザーが使えるように公開する」という意味でしかなく、オープンソース的な観点ではなかったことも残念な回答となった。
今回のイベントは約300名を集めたミニカンファレンスだったが、自社のシステムエンジニアによるAlibaba Cloudの説明と、すでに顧客となっている2つのベンチャー企業によるユースケースだけというのは、エンタープライズ企業におけるIT部門の管理職にアピールするためには、若干物足らないものとなった。
またメディア向けのブリーフィングを担当したPRエージェンシーによれば、日本最大のビジネスメディアである日経新聞などには招待を送ってないという。日本でビジネスを本格的に始めたいという意図を持ちながら、具体的な数値目標を開示できないのであれば、メディアブリーフィングにはおなじみの日経本紙の記者がいなかったのもうなずける。日経新聞の記者であれば、このブリーフィングの内容では記事を書けないだろう(日経新聞の記者は、会見で必ず数値目標を質問するというのはIT系メディア関係者の「あるある」だ)。
今回のイベントのためにロンドンから来日したAlibaba Groupの広報担当責任者は、元NutanixでAsia PacificのPRのトップだった人間で、何度も会見などで同席したことのある方だったが、「今回のブリーフィングの感想は?」と訊かれたので、「日本でビジネスをするのであれば、せめてもう少しデータを公開するべき。これでは『日本で一生懸命ハードにやります、もっとハードに、最高にハードに』って言っているのと変わらない(You guys are just saying “Doing business hard, harder, hardest.”)」とコメントしたところ、笑ってごまかされてしまったのが印象に残った。
実際のところ、Alibabaの四半期の業績発表がこのイベントの翌日だったことも関係していたこともあって、数値の公開には神経を尖らせていたことは理解できる。
また別のセッションではAlibabaが中国の企業であるということから、「データが政府や中国の民間企業に利用されてしまうのでは?」という不安に対しては明確に「日本のデータセンターに存在するデータは顧客のもの。Alibaba Cloudがアクセスすることはありません」と断言していたのは、良いコメントだったように思える。データの取り扱いについてはAWS、GCP、Azureなどの規約を例に挙げて「Alibaba Cloudも同じです」という訴求は必要だったとは思うが、もう少し突っ込んで、ではなぜAkamaiやAWS、Azureは中国専用のサービスを提供しているのか、その差異についても言及して欲しかったというのが正直な感想だ。
Alibaba CloudはKubeConやLinuxConなどでも毎回目にするスポンサーの一社であり、オープンソースプロジェクトにも多くのエンジニアが参加しているのは周知のことだ。とはいえ、今回のカンファレンスのような内容では、エンタープライズのIT部門の信頼を勝ち取るのは難しいと思われる。Alibaba Cloudのサービスについては、別の機会により詳しい内容を紹介したいと思う。