Rocky Linuxのメインテナーに訊くコミュニティ運営の要点とは?

日本でのオープンソースソフトウェアの利用は高まってはいるものの、オープンソースプロジェクトに貢献を行うエンジニアの数は伸び悩んでいるというのが現状だろう。それぞれのプロジェクトが公開するSlackやDiscordなどのコミュニケーションチャネルにおける登録者数は増加していても、それが直接、コントリビューションの増加に比例しないということは、オープンソースを利用するだけの消費者から実際に手を動かしてプロジェクトに貢献するようになるためには大きな隔たりがあることを表している。しかもオープンソースプロジェクトはそれぞれの生い立ちや歴史から独自のガバナンスモデルを持ち、ソースコードの管理方法からバグの管理、修正、ビルド、テスト、ドキュメント管理など周辺のシステムも異なっているというのが実情だ。
そのような背景があるため「普遍的なコントリビューターのあるべき姿」を求めるのは難しいかもしれない。しかし個々のプロジェクトのコントリビューターに直接インタビューすることで、ある程度、共通した問題点やその解決策が見えてくるのではないだろうか? それらを探り当てていこうというのがこのインタビューシリーズの目的だ。企業に属しながらオープンソースプロジェクトに業務として従事するというケースから、企業の業務とは別にプライベートなタスクとして自身の時間を割り当てる草の根のコントリビューターのケースまで、幅広く意見を聞いてみたい。
1本目となる本稿では、Rocky LinuxのメインテナーでLPI日本支部の理事に就任したBrian Clemens氏のインタビューをお届けする。Clemens氏はLPIの理事(Vice Chairman、Board of Director)という立場で以前にインタビューを行っている。またCiQという企業に所属するエンジニアとしてCiQのオープンソースプログラムオフィスの管理者であり、Rocky Linuxのメインテナーでもある人物だ。今回はRocky Linuxの創始者でCentOSの創始者でもあるGregory Kurtzer氏をオンラインミーティングで繋いで意見を聞くという調整をお願いした。
●参考:LPI日本支部、新しい理事を紹介。インタビューを通じて課題を語ってもらった
日本でのLPI日本支部の理事としての目的は?
Clemens:日本に限らず世界でも同様ですが、多くのコミュニティ活動をより活発にすることですね。LPIの資格を持っているエンジニアは資格の取得には積極的ですが、それをコミュニティにおいて横に拡げること、つまり他のエンジニアによる資格の取得を励ますような動きを活発にしたいです。Rocky Linuxに関して言えば日本ではテクニカルなコミュニティ活動は活発ですが、それらの活動は日本ではLINEでのコミュニケーションで行われていて公式のチャネルではないことが残念です。
コミュニティ活動を活発にしたいというのは理解できますが、多くのエンジニアによって認定試験の取得は個人としてのモチベーションでしかなく、それをコミュニティに拡げていこうというのは難しいのでは? エンジニアにとっては認定試験の取得を目指すのは社内で賞与を獲得するなどの報償があるからで、友人を誘ってコミュニティ活動を行うということとはだいぶ違う気がします。
Clemens:それは短期的な見方ですが、長期的にみれば資格を取ってコミュニティ活動を行うことが自分のためにもなり、他のエンジニアのためにもなるという経験をした人がゆくゆくは管理職になっていくわけで、コミュニティ活動の重要さについての啓蒙を続けていく必要はあると思います。
オープンソースソフトウェアのコントリビューターになる時の良くあるパターンというのがあれば教えてください。
Clemens:それぞれのプロジェクトによって異なりますが、良くあるパターンは何かの問題に遭遇してそれを解決するためにコミュニティを使うというものですね。自分が問題に出会った時にそれを解決したくて、まずコミュニティのチャネルに質問を投げる、そうすると経験のあるエンジニアが答えてくれて問題を解決することができる、そこでそのコミュニティの価値を発見するという流れです。
なるほど。そうやってコミュニティに助けてもらった経験から次に自分が助ける側になる、ということでコミュニティに参加していくという流れですね。しかし質問に答えるためにはプロフェッショナルなエンジニアがすでに存在することが必要で、そのようなエンジニアがビギナーをヘルプするためのモチベーションやリワードがないと持続しないのでは?
Clemens:それはその通りです。実際にプロジェクトの中の人材が全員、ビギナーを助けることを得意としているわけではありませんから。Rocky Linuxに関して言えば、テストチームの中に他のエンジニアのサポートを非常に得意とする人がいます。彼は常に新しいエンジニアがコントリビュートするように励まして、支援しています。多くのエンジニアがそこからコントリビューターになっています。ただしそういうことが得意な人とそうではない人がいるということも同時に理解しておかなければなりません。その意味では、Rocky Linuxのコミュニティの問題点は常に人手不足であることですね。Rocky Linuxではソフトウェアの前にコミュニティありき、つまりコミュニティがあってこそのソフトウェアであるというのはRocky Linuxを管理運営する団体、Rocky Enterprise Software Foundation(RESF)のミッションステートメントの最初にコミュニティに対する責任という部分にも書かれていますし、それが無償で自由に改変できるオープンソースであるという部分の前に書かれている理由です(※注)。
※注:この内容については以下のページのCharterの部分を参照されたい。
●参考:About Rocky Enterprise Software Foundation
せっかくなのでCentOSとRocky Linuxの創始者であるGregory Kurtzer氏にも伺いたいのですが、オープンソースプロジェクトが持続するためのポイントを教えてください。
Kurtzer:良くある質問ですね。一つの例を挙げておきましょう。あるオープンソースソフトウェアがアイデアを持ったエンジニアの発想から開発が始まり、どんどん使われるようになってコミュニティが形成されたとします。でもあるタイミングで特定の企業がその開発のタスクを負担するようになり、最終的にガバナンスもプランニングもその企業のパワーが圧倒するようになることがあります。すると何が起こるかというと、それまでコミュニティとして集まっていたエンジニアからのコントリビューションが少なくなり、最終的にコミュニティが衰退し、結果としてソフトウェア自体も衰退してしまうという例です。
これは何かというと「If you love somebody, Set them Free」ということなんだと思います。つまり「愛する何かを持続させたいなら拘束せずに自由にしておかなければならない」という意味です。オープンソースソフトウェアも単にソースコードが公開されているだけではなく、プロジェクトとして透明で参加するエンジニアに信頼されているということが重要なんだということを表していると思います。
「If you love somebody, Set them Free」はスティングの曲の引用ですね(笑)。ちなみにそれはポリスのヒット曲「Every Breathe You Take」のアンサーソングのはずです。
Kurtzer:そうかもしれません(笑)。
最後にRocky Linuxについても教えてください。日本においてエンタープライズ向けのLinuxとはほぼRed Hat Enterprise Linuxを指すわけですが、Rocky Linuxが得意な分野は?
Clemens:Rocky LinuxはHPC(High Performance Computing)、つまりスーパーコンピューターの領域で多くのシェアを持っています。私が所属するCiQもWarewulfやApptainer、FuzzballなどのHPCに関連するオープンソースソフトウェアを開発し、公開しています。CentOSがRHELのコミュニティ版のディストリビューションとして持続されないということをRed Hatが発表したのが2020年の12月で、そこからRocky Linuxの歴史は始まりました。私はGregのブログにコメントしたことからRocky Linuxに関わるようになったんですが、HPCで多く使われていたCentOSの後継としてRocky Linuxは多く使われています。最近ではゲームについてもコミュニティが活発に活動しているようですが、それに関しては具体的な数字は取れていません。
多くの質問に率直に答えてくれたClemens氏とKurtzer氏は、Rocky Linuxについてはまだ日本でのコミュニティ活動が足らないこと、そのために必要なこととして、パートナーなどを通じた草の根的な勉強会やミートアップ、イベントへの参加などを具体的な活動として挙げた。エンタープライズ向けには日本での主要なシステムインテグレーターとの協業も必須と言えるだろう。
コントリビューターを増やすためには何が必要か? という部分については、インターンシッププログラムを使うことが方法論として適していると説明した。具体的にはGoogle Summer of Codeを使うことをアイデアとして挙げた。「それは巨人の肩に乗ってるってことですよね?」と質問したところ費用的な負担を減らせることがポイントだと説明した。またFedoraのテクニカルカンファレンスであるFedora Flock(2025年6月開催予定)にも参加する予定であると言う。小さな組織規模で最大の効果を産むためには何をすれば良いのかを考えている姿勢が良く表れているインタビューとなった。
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