LPI日本支部の新しく任命された理事とエグゼクティブディレクターにインタビュー
Linuxに関する認定試験制度を推進するLinux Professional Institute(以下、LPI)のエグゼクティブ・ディレクターであるG. Matthew Rice氏と、新たに理事会のボードメンバーとして着任した中原道紀氏にインタビューを行った。
最初に中原さんの自己紹介をお願いします。
中原:私は日本アイ・ビー・エムにエンジニアとして入社し33年間在籍していましたが、2年間ほどアメリカのMITに留学するなどしてからは、アイ・ビー・エムのインターネットビジネスに関わっていました。1999年からはLinuxのビジネス開発のマネージャーとして仕事していました。アイ・ビー・エムからは早期退職という形で卒業して今は、LPIの理事として働いています。LPIの立ち上げの頃にも関わってますので、こことの関連は深いんですよね。他にもAutoGrid Systems Japan株式会社のゼネラルマネージャーという仕事もやっていますが、そちらはカリフォルニアのエネルギー関連のソリューションを提供するベンチャーですね。
LPIというと日本ではLPI-JapanとLPI日本支部が存在していますが、LPI-JapanではなくてLPI日本支部だったのはなぜですか?
中原:それは日本アイ・ビー・エムがグローバルでLPIとの関係を統一するということになった時に、すでにローカルの組織として活動していたLPI-Japanとの関係は精算するということが起きたんですね。なのでアイ・ビー・エムとしてはLPI日本支部と仕事をするということになってその流れで今はLPI日本支部に合流したということです。
日本のエンジニアの観点からするとLPI-JapanとLPI日本支部が存在するのが不思議だと思うんですよね。私の個人的な意見ですが、LPI-Japanはエンジニアをお客だと思っている、LPI日本支部はエンジニアを一緒に働く同僚もしくは仲間だと思っているという大きな違いがあるという見解なんですが、それについてはどう思いますか?
中原:それはその通りだと思いますね。実際にガバナンスを行うメンバーが選ばれる時もオープンな投票で選ばれていることをみると、かなりオープンソース的に運営がなされているなと思います。
ではMattさんに伺います。パンデミック前にインタビューして2020年にもオンラインでインタビューして以来のインタビューですが、何か変わったことはありますか?
2018年のインタビューは以下を参照して欲しい。
●参考:オープンソースの資格制度を運用するLPIが日本支部を結成 LPI-Japanとの違いとは?
2020年に行ったオンラインインタビューについては以下の記事を参照されたい。
●参考:LPIの日本支部が新型コロナウィルス下でのビジネスをアップデート
Rice:そうですね。特には変わったことはないですが、プライベートでは自宅で野菜を育て始めました。バーミキュライトと堆肥、それにピートモスを使った土を使わない農法で、有機野菜を買ってきてそれを再生するみたいなやり方です。簡単に野菜が増えるので楽しんでますよ。仕事の関連では認定試験も着実に増えてますし、順調です。オープンソースを使ったソフトウェア開発はすでに日本のエンタープライズでも当たり前になっていますし、社内にオープンソースに特化した組織を作る企業も増えていますから。
日本の企業においては、オープンソースは使うもの、消費するものでコミュニティに還元するという発想が少ないと思いますが、それについては?
Rice:アメリカでもまだ多くの企業はその発想だと思います。企業は使うことには積極的ですが、ソースコードのバグを修正するなどの貢献をするようになるには時間がかかります。企業のエグゼクティブに、コミュニティへ還元することの意義を理解してもらうための努力がもっと必要ですね。我々はどうしてもテクニカルな人達と接することが多いので。
中原:日本ではオープンソース自体は使われていますが、まだその裏側を支えることに対する理解が進んでいないとは思いますね。日本のITというのは構造的にユーザーがベンダーに発注してベンダーがソフトウェアを持ってくる、システムインテグレーターが仕様に合わせて開発したものを受け取るということが続いています。その構造が変わらないと難しいですね。どうしてもベンダーにお任せになってしまうという。
オープンソースに限らず例えば学生がコンピュータを学ぼうとした時に今ならパブリッククラウドを使うのが一番早くてコストもかからないと思いますが、アカデミックな世界もITベンダーなどの産業界も学生が学校からクラウドを使うという部分の規制にちゃんと対峙していないんじゃないか? と思うんですね。その部分にLPI日本支部がリーダーシップを取ってくれることを期待しています。
Rice:そうですね。セキュリティの観点では、学校からクラウドを使うことについてある程度の規制は仕方ないとは思いますが、学生がもっと自由にクラウドを使えるようにするべきというのはその通りだと思います。
最近のGenerative AI、ChatGPTなどについて進化を期待する人達とその問題点を危惧する人達がそれぞれ存在しますが、それについて何かコメントはありますか?
Rice:Generative AIは素晴らしい進化だと思います。人間を支援するという使い方であればとても良いツールですし、特にテクニカルではない人達が対話することで良い結果を得られるという部分が大きいと思いますね。単にコードを生成するだけではなく、より良いコードに改良するということも実現していますから。すでにシンギュラリティが来ているとも言えます。
コードを生成するという機能について私が注目しているのは、人々がプログラミングという行為にプレッシャーを感じなくなるだろうという点ですね。より多くの人がコードを書くようになる。それは業界にとっては良い方向ですよ。Linuxサーバーの正しい設定なども、今ではChatGPTが正しい答えを教えてくれるようになっています。
他にも論文を一人で全部読んで理解しようとすると時間も労力もかかりますが、まず内容を要約させることでその時間を使うべきかどうかを判断するための材料とすることも可能です。ただ規制する側の論理や危惧もわかります。特にHallucination(間違った解答を出してしまう問題)については使われ方に注意が必要ですね。
間違った解答以外にも、そもそもトレーニングに使ったデータに対する著作権の侵害という点も挙げられています。特にヨーロッパではCyber Resilience ActやGDPRなどの強い規制が出てきています。
Rice:ヨーロッパはその方向に行きがちですね(笑)。その他にもメッセージングアプリに関する規制も強まっています。オープンソースソフトウェアだけではなくソフトウェアについては何か問題が発生しても保証を行わない、支払った金額以上の補償はしないというのは通常はライセンスにも書かれていますが、それでもやはり問題が起きて金銭的な損害が出れば訴訟問題になることもあります。アメリカでは誰もが訴訟を起こすので、もう特に珍しいことではありませんが(笑)。
訴訟はメジャーリーグベースボールに次いでアメリカのメジャーなプロフェッショナルスポーツだという人もいますね(笑)。
Rice:そういうことです。
最後に特にこれを伝えたいということはありますか?
Rice:LPIは試験をベースにしてLinuxやその他のテクノロジーに関する知識を認定して、個人をプロフェッショナルな人材だと認めることで業界の底上げをしていますが、この認定は5年ごとに再試験を受けて合格することで持続することができます。でも実際に再試験を受けなくても資格を持続することができる制度があります。それがPDU、Professional Development Unitです。これはエンジニアを教育するコースを実施したり、トレーニングの講師として時間を使ったりすることで資格を持続するための単位、ユニットとして認め、そのユニットを積み重ねることで試験を受けなくても認定されるという仕組みです。これはちゃんと説明していなかったと思いますので、ここで説明しておきます。
●参考:Professional Development Units (PDU) ? 手順とポリシー
この仕組みもLPI日本支部がエンジニアをお客として見ているのではなく、現実に仕事をする仲間として見ているということの表れですよね。持っている知識を使って教育する側に立てば認定試験を受けなくてもそれを認定するという発想ですね。本日はありがとうございました。
約29年前にSPARCstation上でFortranを使ってプログラミングするところからITのキャリアが始まったというRice氏は、Generative AIについては明るい未来を感じているようだ。またLPI日本支部に参加した中原氏も長く豊富なITビジネスの知識と経験、特にオープンソースソフトウェアに対する知見を使って日本のビジネス界にインパクトを与えてくれるのか、引き続き注目していきたい。
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