インタビュー 第321回

マニュライフ生命のAIの責任者にインタビュー。全社員がAIを使いこなすAI for Allとは?

マニュライフ生命のAIの責任者にインタビューを実施した。役員も含めた全社員がAIを使いこなすAI for Allとは何か?

松下 康之 - Yasuyuki Matsushita

6:00

世界有数の金融サービスを展開するManulife Financial Corporationの日本でのグループ会社、マニュライフ生命保険株式会社で、現場におけるAI実装をリードするジャンセン・トマ氏(Head of AI, Thomas Janssens)にインタビューを実施。生命保険会社としてAIをすべての業務に活かすことを目指すという。その実践についてインタビューを行った。

インタビューに応えるジャンセン・トマ氏

インタビューに応えるジャンセン・トマ氏

マニュライフはAIを使って保険業務を行っているということですが、どのくらい前からそれが始まったんですか?

Janssens:マニュライフとしてはもう10年ほど前からAIに取り組んでいます。その当時は機械学習という名前でしたが、ずっと継続して機械学習そして現在は生成AIの利用に取り組んでいるということになります。すでに2024年11月には営業プロセスの中に生成AIを使うということを発表しているので、業界の中でも取り組みは早い方だったんじゃないかと思います。

環境的にはどんなプラットフォームを使っているんですか?

Janssens:弊社はMicrosoft Azureを使っていますが、保険業務という仕事柄、セキュアな環境が必要になるので、専用のクラウドを使うという感じですね。その中で生成AIについてはOpenAIのモデルを使っています。会社の中からはセキュアな環境ということで使うPCのUSBは使えないようになっています。実際、USBメモリを挿してもデータをコピーすることもできません。また社内から外部のクラウドサービスを使うことも禁止されています。

外部から送られるメールのアタッチメントもチェックされるということですね。

Janssens:そうなりますね。もちろん社員が個人で自宅から例えばClaude Codeを使うことは可能ですが、それはあくまでも個人の利用ということになります。

AIについては具体的にどのような領域で使われているんですか?

Janssens:一番わかりやすいのは保険の営業におけるQ&Aにおいて、担当者からの質問に答えるというアプリケーションですね。保険の契約にはお客様のさまざまな情報を聞き取った上で最適な契約になるように担当者がルールや規則を参照しながら決定を行いますが、その際に発生する質問にAIが答えるというものです。生成AIは確率論的な回答を生成しますので、必ずしもすべてが正解ではない場合があります。その際はその回答の確信度から「ここからは専門のアドバイザーにエスカレーションを行ってください」という人間の専門家に最終的な判断を委ねるという判断を行うような設計になっています。

つまり生成AIがハルシネーションを起こしたとしてもそれをそのまま使うのではなく「これは確度が低いので専門家に相談してください」という留保ができるということですね?

Janssens:そうです。特に保険金の支払いなどは非常に重要な業務ですので、グローバルで認められたガイダンスに従う必要がありますが、それでも書面に書かれた内容を読み取るなどの面倒な作業について生成AIのOCRが効率性と正確性を上げるために使われています。

生成AIが間違えるというのは知られたことですが、それを防ぐために何を行っていますか?

Janssens:データが足りないせいで回答の質が悪い場合はフィードバックループが重要になります。つまり大規模言語モデルは最新でも外部データベースとして使うデータが古いまたは足らないということで回答が間違ってしまうということです。その場合は、RAGの先にあるデータベースを最新の状態に更新して誤回答を減らすように改善のためのループを回すという発想ですね。回答の質が悪いかどうかは、生成AIが生成した回答の確信度を表示するようになっているので、それが低い場合は「間違っている可能性が高い」と判定して専門家にエスカレーションするという設計です。

「AI for All」というのがAIの活用に対するマニュライフのモットーというかキャッチコピーだということですが、具体的には何をするんですか?

Janssens:これはマニュライフの全社員がAIに取り組む、AIに対する知識を備えるということを意味していまして、AIを使って業務をゼロから作り直すということを実践しています。具体的には各部門にはAIの利用をリードするAIチャンピオンという存在がそのグループのAI活用を推進するということになりますが、単にこれは社員同士の啓蒙というレベルではなく、役員もその議論に参加して一緒になって検討を行います。またローコード/ノーコードを使って業務を作り直すという意味も含まれています。

つまりMicrosoftのプラットフォームであれば、Power Appsで現場が欲しい機能を実装するという発想ですね。先日韓国で取材したセキュリティ関連のカンファレンスでは元FBIのプロファイラーが企業における脆弱性のかなりの部分が非専門家によって書かれたPower Appsから発生していると警告していました。簡単にアプリが作れるが、セキュリティを意識しないことで情報漏洩やアクセスしてはいけないデータへのアクセスが可能になってしまうという危険性を強く指摘していました。その人は現在はWalmartの技術部門のセキュリティ担当なのでその意見は重く受け取らないといけないとは感じました。

会議室の外のソファーで。好きな日本食は「お好み焼き」だそうだ

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Janssens:Power Appsの使い方によってはそういうことが起き得るかもしれませんが、ここでは特にコメントはしないでおきます。

生成AIを使ってゼロから業務を見直すというのは生成AIが業務の中身全体、つまりどういう構造になっているのかというプロセスモデルを理解した上でゼロから生成AIがあるべきプロセスを生成するというのではなく、業務のプロセスを人間が理解して改善し、その中に生成AIを取り込むという発想ですか?

Janssens:そうです。実際のプロセス全体の改善は人間が行いますが、その中でどうやって生成AIを活用できるのか? このことをゼロベースで考えるという方法です。また業務の改善には現場で実際に毎日働いている社員がどうあるべきか? を考えて実際にコード化することも行っています。これはローコード/ノーコードで開発したアプリケーションを使うという内容になります。実際に開発する場合には情報システム部門やAIに関しては私のチームが横から支援するということで改善を推進しています。

役員も一緒になって業務プロセスの作り直しに参加するということですが、ひょっとするとその役員さんは自分が現場にいた頃に「こういう風に業務を変えたい」ということを成功体験として役員になれたかもしれないじゃないですか。その成功体験を壊すこと、それを生成AIが可能にするという破壊的創造に加担するということにもなりかねないですよね?

Janssens:それはそうですが、でも実際に目の前の業務を変えることで仕事が良くなるのは良いことだと考えてくれると思います。

私も個人的に数年前に交通事故に遭遇してしまったおかげで保険金の請求というタスクをやる羽目になりましたが、とにかく手書きの書類が多いこと、病院や役所から情報を貰って転記という面倒くさい仕事に疲れました。今やマイナンバーカードで医療も収入も税金も管理できる時代なんだから全部デジタルデータでやってくれよっていうのが実感なんですが、そういう時代は来ないんですか?

Janssens:やはり人間が関わらないといけないプロセスというのは少しずつではありますが、残ってしまうとは思います。でもその転記の部分ではOCRが活躍できると思いますので、徐々に良くはなっていくと思いますけど。

生命保険というのはそれを必要と考えるライフステージというのに依存すると思うんですが、若い頃は生命保険が必要なんて考えないと思うんですよね。つまり何が言いたいかというとスポーツクラブの会員と同じで毎月ちゃんとお金を払うけど一度も施設を利用しないのが最良の顧客ということが保険にも言えるんじゃないかなと。そうすると若い時、家族を持った時、生活習慣病を心配しないといけない時、それぞれのステージで保険を売る時のアプローチというのは変わるべきでそのアプローチにAIが使えるということも言えるんですか?

Janssens:そうですね。ライフステージに合わせてニーズが変わる、それに対する最も良いアプローチをAIが生成するという発想です。

生命保険業という業界ならではのセキュアなプラットフォームとレギュレーションに縛られながらも「AIを全社員が活用できる組織を目指す」というマニュライフ生命の日本におけるAI責任者として、着実に進もうとする姿勢を垣間見ることのできたインタビューとなった。

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