インタビュー 319

三菱電機のOSPOにインタビュー、生成AIに見つけて貰うとは? そしてAI Slopにどう対処するのか? を訊いた

三菱電機のOSPOにインタビューを実施。生成AIに見つけて貰うとは? そしてAI Slopにどう対処するのか? を訊いてみた。

松下 康之 - Yasuyuki Matsushita

5:32

目次

  1. 前回のインタビューというか座談会から約1年です。あれからオープンソースに関わる状況は大きく変わったと思いますが、三菱電機さんのOSPOの状況はどんな感じですか?
  2. Margoについても自社の事業にインパクトがある領域を選んで貢献しているということですね?
  3. 先ほど説明して貰ったスライドではAIについて「ナレッジを活用するための技術である」とありました。つまりこれまで人間がやってきた「知識の共有」ではなく「知識を活用」するものであると。そのためにはAIに企業が持つ知識を見つけて貰う必要がある、そのためにオープンソースの発想を使うということですが、具体的には何をするのかを教えてください。知財である特許を無償で提供するということではないんですよね?
  4. 特許ではなくその使い方を生成AIがクロールしてコンテキストとして生成してくれることで、使い方やどこでハマるのか? を提示してくれるという話ですね。
  5. 三菱電機はインナーソースとオープンソースを上手く使い分けていると思いますが、実際にそれは効果が出ていると思いますか?
  6. では次のトピックに行きましょう。生成AIによってコーディングをするという仕事がかなりの部分、人間のエンジニアからAIに移行しています。その結果、多くのオープンソースプロジェクトでは大量のプルリクエストが押し寄せてレビューができない、脆弱性についても生成AIが数分で発見してしまうためにこれまで1ヶ月に数件だった脆弱性のレポートがメンテナーに押し寄せる結果になっています。これまではコードの修正や機能追加、脆弱性の発見という仕事はプロジェクトに対するコンテキストの理解と熟練の技能が必要だったのに、生成AIがそのコストを劇的に削減してしまった。結果としてメンテナーはレビューにより多くの時間が必要となり疲弊しています。これについてはどう考えていますか?
  7. 三菱電機の人がプロジェクトに投げるプルリクエストを精査して質を高めるというのはやるべきだと思いますが、それだと生成AIが大量に作成する100個のプルリクの一つが良くなるだけで、焼け石に水というか出血している傷にバンドエイド貼る程度という感じですよね? つまりコードを生成するコストが下がっているのにレビューするコストは高いまま、その結果、プロジェクトが疲弊してxz Utilsのように数年掛けてコミュニティの信用を得てからマルウェアを仕込むという事件も起こり得てしまう。Akritesも脆弱性がメンテナーに届く前に吸収するという役割ですから、負担は軽くはなるものの本質的な解決策ではない。LFもこのコストのアンバランスは問題として認識はしていますが、解決策はまだないというのが実態です。これはプロプライエタリなソフトウェアでは起こらないオープンソース固有の問題なので、すべての業界に影響を与える事態であると認識しています。

設立直後の三菱電機のOSPOのメンバーに初めてインタビューを行ったのが2025年8月のことだった。それから約1年後の2026年7月30日に最新の状況をアップデートして貰うために再訪した。前回と同じ横浜のSerendie Street Yokohamaでのインタビューに参加してくれたのは、これまた前回も参加したグループマネージャーの増井翼氏だ。

インタビューに応える増井氏

インタビューに応える増井氏

前回のインタビュー記事は以下から参照して欲しい。

●参考:三菱電機が設立したOSPOのメンバーにインタビュー。「インナーソース」を戦略的に使う背景とは?

前回のインタビューでは社内での新規ソフトウェア開発はGitHub Enterpriseで行うことで社内に公開し、社外のOSSコミュニティについても事業領域と関連の深いプロジェクトにコントリビュータとして参加するという施策で徐々に成果が出ていることを解説して貰った。あれから1年、オープンソースのコミュニティでは生成AIを使って脆弱性を発見し、その修正のプルリクエストが津波のように押し寄せるという危機的状況にある。その中で三菱電機として生成AIとの関わり方、オープンソースに貢献する際のガイドラインなどについても解説を聞いた。

前回のインタビューというか座談会から約1年です。あれからオープンソースに関わる状況は大きく変わったと思いますが、三菱電機さんのOSPOの状況はどんな感じですか?

増井:この共創空間の利用も拡がっていますし、活発にオープンソース的な発想で物造りをしようというのは推進できているかなとは思いますね。前回お話したApache TVM以外にもThe Linux Foundation配下のMargoという産業用エッジ環境全体(デバイス、アプリ、管理ソフト)の相互運用性のためのオープン標準とリファレンス実装を開発する、オープンソースプロジェクトにも参加していますし、いい感じになっていると思います。

Margoについても自社の事業にインパクトがある領域を選んで貢献しているということですね?

増井:そうです。FAの領域では各社がさまざまなシステムや装置、エッジデバイスを開発していますが、一つの工場にさまざまなハードウェアとソフトウェアで構成されるシステムが存在していて、相互に運用するのが難しくなっている、そういうのを避けたいというのが顧客側の意向でもあるんですよ。なので三菱電機のビジネスドメインであるFA、組込系システムにおいて顧客が望むオープンなシステムを提供するというのは、我々のビジネス戦略にマッチしている選択なんです。

先ほど説明して貰ったスライドではAIについて「ナレッジを活用するための技術である」とありました。つまりこれまで人間がやってきた「知識の共有」ではなく「知識を活用」するものであると。そのためにはAIに企業が持つ知識を見つけて貰う必要がある、そのためにオープンソースの発想を使うということですが、具体的には何をするのかを教えてください。知財である特許を無償で提供するということではないんですよね?

増井:違いますね。知財は我々のコアコンピタンスであり、それは事業に必要なものとして存在しますが、それをどうやって使うと問題を解決できるのか? という使い勝手や現場のノウハウという部分がなければ実際の利用には繋がらないんです。それはすでに実例として存在していまして、弊社の名古屋製作所で実際にあった話ですが、ロボット関連のオープンソース、ROS2に対して弊社のドライバーを公開したんです。それはドライバーのコードを公開するだけではなくインターフェースを公開することでそれまで接点がなかった顧客と商談がまとまるという結果になりました。これは単にドライバーのコードを公開するのではなく、どう組み合わせるか? トラブルが起こるのはどの辺か? などの情報が公開されたからこそ起きた案件ですね。

特許ではなくその使い方を生成AIがクロールしてコンテキストとして生成してくれることで、使い方やどこでハマるのか? を提示してくれるという話ですね。

増井:そうです。特許は守りながら、これまでリーチできていなかった人にも発見して貰えるということになります。

三菱電機はインナーソースとオープンソースを上手く使い分けていると思いますが、実際にそれは効果が出ていると思いますか?

増井:思いますね。インナーソースは製造業としてソースコードをいきなりGitHubへ無制限に公開するより先に社内、グループの中で公開して、そこから新しいアイデアを出したり協力したりするという場合には有効ですし、ある程度、オープンソースに対して理解が進んでいる人や組織にはオープンにすることで良いものができる、他の人が書いたパッチをレビューしてソフトウェアを良くすることが結果的に自社の利益にも繋がるということが理解されてきていると思います。

では次のトピックに行きましょう。生成AIによってコーディングをするという仕事がかなりの部分、人間のエンジニアからAIに移行しています。その結果、多くのオープンソースプロジェクトでは大量のプルリクエストが押し寄せてレビューができない、脆弱性についても生成AIが数分で発見してしまうためにこれまで1ヶ月に数件だった脆弱性のレポートがメンテナーに押し寄せる結果になっています。これまではコードの修正や機能追加、脆弱性の発見という仕事はプロジェクトに対するコンテキストの理解と熟練の技能が必要だったのに、生成AIがそのコストを劇的に削減してしまった。結果としてメンテナーはレビューにより多くの時間が必要となり疲弊しています。これについてはどう考えていますか?

増井:AI Slop問題は深刻だと感じています。LFもAkritesという新しいプロジェクトをスタートしてメンテナーを支援しようとしていますが、三菱電機においてもMargoやTVMでの貢献と同時に社内からのオープンソースプロジェクトへの貢献のガイドラインを作成していますので、その中にも盛り込まれる予定です。つまりAIを使って意図を理解していない修正を投げない、ちゃんと理解したうえで何を解決するのか? を提示することでメンテナーをヘルプしたいと考えています。ガイドラインは作成中ですが、オープンソースとして公開する予定です。

増井氏が説明に使用したスライド。AI Slopへの対策が記されている

増井氏が説明に使用したスライド。AI Slopへの対策が記されている

三菱電機の人がプロジェクトに投げるプルリクエストを精査して質を高めるというのはやるべきだと思いますが、それだと生成AIが大量に作成する100個のプルリクの一つが良くなるだけで、焼け石に水というか出血している傷にバンドエイド貼る程度という感じですよね? つまりコードを生成するコストが下がっているのにレビューするコストは高いまま、その結果、プロジェクトが疲弊してxz Utilsのように数年掛けてコミュニティの信用を得てからマルウェアを仕込むという事件も起こり得てしまう。Akritesも脆弱性がメンテナーに届く前に吸収するという役割ですから、負担は軽くはなるものの本質的な解決策ではない。LFもこのコストのアンバランスは問題として認識はしていますが、解決策はまだないというのが実態です。これはプロプライエタリなソフトウェアでは起こらないオープンソース固有の問題なので、すべての業界に影響を与える事態であると認識しています。

増井:かなり深刻な状態であるということは、今回のインタビューで認識を新たにしました。まだ本質的な解決策がないということにも驚きを感じます。我々も国内でOSPOを運営しているさまざまな企業とコミュニケーションをとりながら何かできることはないか? を模索していきたいと思います。

インタビューを通じて、AI Slopについては何よりも産業界が認識を同じくして欲しいと改めて思った。すなわち、ひとつひとつのプロジェクトの困窮ではなくオープンソース全体の問題であると。オープンソースを消費する企業もプロジェクトが疲弊した結果のリリースの遅延や、脆弱性が野放しになってしまうという事態が今、眼の前で起こっているということを認識して、それをコミュニティで共有することで何か新しいアイデアやプロジェクトを助ける方法を思いつけるかもしれない。人材や金銭を提供することよりもまず業界、コミュニティでその認識を共有して欲しい、行動はその後でも良いかもしれない。

そのような危機感を表明するためであれば、我々のようなメディアを利用するという方法論もアリだろう。

多くの厳しい質問にも真摯に答えてくれた増井氏だが、OSPOが社内を向いた組織として機能するのと同時に社外、コミュニティに対する窓口としても機能して欲しい、意見を表明する機能を果たして欲しいという筆者の願いには少なからず驚いていたようだ。オープンソースのカンファレンスやミートアップは多数行われており、自社の姿勢や進捗を公表する機会は多数存在する。コミュニティと直接、対話して共有できるノウハウや失敗談は公開し、コミュニティが良くなる、存続するための努力は惜しまないで欲しいと思えたインタビューとなった。

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