ローマン体を知る
トランジショナル・ローマン
トランジショナル・ローマン体は、先ほど紹介したオールド・ローマン体から、次に紹介する18世紀後半に生まれた次世代の様式モダン・ローマン体までの、過渡期(トランジショナル)、移行期の書体を指しています。
この時代の代表的な書体には、イギリスのジョン・バスカーヴィル(1706-75)によって作られた「Baskerville(バスカーヴィル)」、フランスのピエール・シモン・フールニエ(1712-68)の活字「Fournier(フールニエ)」がなどがあります。
バスカーヴィルは、活字にイギリスの伝統的なカリグラフィを応用したため、優雅に流れる草書体の書風が特徴です。
また、バスカーヴィルの時代は、イギリスの産業革命時代にあたります。もともと活版印刷では、印刷すると文字にマージナル・ゾーンと呼ばれるインクのにじみがつくのですが、この時代になるとにじみの少ない印刷機が使われるようになったため、オールド・ローマン体の時代よりも、細く鋭角なラインに近づいていきます。
トランジショナル・ローマン体は、印刷技術の向上に基づいた近代化への入り口と言えます。
バスカーヴィルの復刻については、イギリスの新聞「ザ・タイムズ」用の活字書体「Times New Roman(タイムズ・ニュー・ローマン)」を設計したことで知られているスタンリー・モリソンによる復刻活字書体、モノタイプ社「Baskerville(バスカーヴィル)」(1923年)や、Windows Vista用の書体「Meiryo(メイリオ)」を設計したマシュー・カーターによる「New Baskerville(ニュー・バスカーヴィル)」(1978年)などが広く使われています(図3-1)。
モダン・ローマン
モダン・ローマン体は、18世紀後半にイタリアとフランスで生まれました。モダン・ローマン体の代表的な書体には、イタリアのジャンバティスタ・ボドニ(1740-1813)によって作られた「Bodoni(ボドニ)」、フランスのフェルミン・ディド(1764-1836)の活字「Didot(ディド)」がなどがあります。
モダン・ローマン体は、印刷機器の技術発達が、活字書体のデザインに強く影響しています。印刷機性能が上がったため、垂直なラインを描いたり、ストロークの太さの強弱が大きいことが特徴です。
そのことから、オールド・ローマン体以前にあるような手書きによる滑らかなローマン体と相反して、機械的な直線のラインがデザインの特徴です。ラインの太さを均一に保ち、曲線部分は幾何学的に基づいて設計されています。
また、華やかさを備えた以前のトランジショナル・ローマン体にある、カリグラフィ的な要素を一切取り除いています。
モダン・ローマン体は、それまでのニコラ・ジェンソンに代表される様な、格式のあるローマン体とは大きく異なったため、斬新なデザインととらえられる一方で、モダン・ローマン体には産業革命の大量生産的なイメージも強く、当時のヨーロッパでは批判も多かったようです。
しかし、モダン・ローマン体はその後、イギリス、アメリカへ渡り、「Scotch Roman(スコッチ・ローマン)」として改刻されて人気を博しました。またこの時代は、アメリカ、イギリスから日本に印刷技術が入ってきた時期です。明治期初頭に日本人が印刷機を使い始めたころ、使われていたローマン体は、このモダン・ローマン体でした。
現在、復刻され人気のあるものでボドニ系統としては、ギュンター・ゲアハルト・ランゲによるベルトルド社の「Bodoni Antica(ボドニ・アンティカ)」(1970年)、ディド系統としては、「Universe(ユニバース)」の設計でも知られるアドリアン・フルティガーによる「Linotype Didot(ライノタイプ・ディド)」(1991年)があります。
また現在では、ディドやボドニといったモダン・ローマン体はファション系の広告デザインなどによく見受けられています(図3-2)。
今回は、ローマン体の歴史や背景を紹介しました。活字書体の特徴を知り、目的のデザインによって書体を使い分けていくと良いでしょう。
次回は、欧文活字書体の中でも、特にグラフィック・デザインで人気のある「Helvetica(ヘルベティカ)」「Universe(ユニバース)」を中心にサンセリフ体(セリフの無い活字書体)を紹介していきます。
【参考文献】
- 組版工学研究会『欧文書体百花事典』朗文堂(発行年:2003)
- 『IDEA NO. 321 : ヤン・チヒョルトの仕事』誠文堂新光社(発行年:2007)
編集部注:一部の表記および誤字を修正しました(2011.04.19)
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