世界中で愛される書体、ヘルベチカとは

2008年12月15日(月)
米倉 明男

ヘルベチカの誕生

今回は、サン・セリフ体について紹介します。サン・セリフ体は、活字のひげ(セリフ)がない書体を指しています。普段、私たちが使用している主なサン・セリフ体は、19世紀以降、ポスターやチラシなどを含んだ広告物のディスプレー用として作られ、20世紀以降にはスタンダードな書体として広まっていきました。

現在、世界中で最も使用されていると言われる書体に「Helvetica(ヘルベチカ)」(図1)があります。昨年、ヘルベチカをテーマにしたドキュメンタリー映画が公開され大きな話題となりました(今年の10月に日本でもDVDが発売となり、イベントも行われました)。世界中のデザイナーに愛されているヘルベチカとは、どのような書体なのでしょうか。

ヘルベチカは1957年スイスのハース活字鋳造所で、マックス・ミーティンガー(Max Miedinger)とエドアルド・ホフマン(Eduard Hoffmann)を中心に作られたサン・セリフ体です。

当時のヨーロッパでは、ヨゼフ・ミューラー・ブロックマン(Josef Müller-Brockmann)やエミール・ルダー(Emil Ruder)などに代表されるようなスイス・スタイルと呼ばれるデザイナーが活躍していました。

スイス・スタイルの特徴は、レイアウト要素を格子状の基準値に沿って配置するグリッドシステムと呼ばれる手法や、幾何学や黄金比などの数値基準に基づいたレイアウトです。スイス・スタイルのデザイナーたちは、国家や宗教に依存しないインターナショナルな思想を持ち、無国籍の象徴として積極的にサン・セリフ体を使用していました。

ヘルベチカが作られる1950年代以前は、主に19世紀の広告見出し用のサン・セリフ体が多く使われていましたが、スイス・スタイルのデザイナーたちは、サン・セリフ体で統一されたレイアウト設計を求めていて、その要望に応えられる新しいサン・セリフ体の登場が待たれていました。

ヘルベチカは当初、「ノイエ・ハース・グロテスク(新しいハース鋳造所のサン・セリフ体)」の名前で発売されていましたが、ヨーロッパ・アメリカへの販促拡大を目的として、ラテン語でスイスを意味する「Helvetica(ヘルベチカ)」という名前に改名されています。その後、ヘルベチカは爆発的なヒットとなり、その人気は現在でも続いています。

ヘルベチカの現在

現在では、デジタル・フォントとしてヘルベチカを改刻し、斜体や太さの違いなど51種類にファミリー化した「Helvetica Neue(ヘルベチカ・ノイエ)」がMacOSXに標準搭載されています。また、WindowsOSにもヘルベチカをまねたと言われる「Arial(アリアル)」が搭載されています。

また、ヘルベチカは多くの企業ロゴとしても採用されています。有名な企業としては、「ルフトハンザ航空」「FENDI」「BMW」「Jeep」「THE NORTH FACE」「American Apparel」「American Airlines」などがあり、日本企業でも「MUJI」「TOYOTA」など多く存在しています。

これまでにヘルベチカが50年にわたって人気を得た理由は、書体として特徴を持たない点にあるでしょう。無機質な形状が完ぺきなまでに中立性を保ち、どんなデザインにもフィットする書体だと言われています。

デザイナーにとっても、とても使いやすい書体です。狭いレタースペースと、広めのカウンタースペースを持つ形状は、ギリギリに詰めて組んでも、ゆるめに広げて組んでも、印象こそ違いますが、それなりに様になる珍しい書体です。一時期には、文字間を完全にくっつけて、記号的に組む手法も流行していました。そんな手法に耐えられるのは、おそらくヘルベチカだけではないでしょうか。

このようなことから、デザインになじみのない方からも初歩的に選ばれている一方で、あまりに一般的すぎて、ヘルベチカを避けるデザイナーも多くいます。

ドキュメンタリー映画「Helvetica」では、多くのデザイナーにヘルベチカについてのインタビューを行っています。ヘルベチカは企業デザインに好まれる理由から、資本主義的、権威の象徴と呼び嫌った意見や、逆に新しい世代のデザイナーたちには、「普遍的な存在」として、指示する意見もありました。完ぺきな書体という声もあれば、醜いという声もあり、印象や用途の選択は人(デザイナー)それぞれです。

ドキュメンタリー映画にまでなり、そしてデザインの論争になるほどの存在ヘルベチカはこれからも、世界のスタンダードとして多くの人々に選ばれていくでしょう。

Webデザイナー。印刷会社、Web制作会社などのデザイナー/ディレクターを経て、2007年からフリーランスとして活動。デジタルハリウッド講師。http://www.morethanwords.jp

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