自分たちの「運用」を知る - 運用設計の本質
第1回では、運用現場が抱える悩みを分析し、その多くは「高負荷、属人的、見えぬ費用対効果」という3つの問題点が複合化したものであり、以下の3つの要因によって引き起こされていることを示しました。
- 運用への期待が明確でない(期待というインプットが見えていない)
- 運用設計の不在(やっていることが見えていない)
- 期待と消費リソースのひも付けが不明確(結果というアウトプットが見えていない)
第2回の今回は、これら運用現場における悩みを解消するための糸口を探していきます。このうえで、糸口の中で運用現場が自らできることを中心に考察していきます。
運用現場の「悩み」を解消するための、3つのポイント
運用現場の悩みを解消するための糸口は、上記の3つの要因をそのまま裏返す形になりますが、以下の3点がポイントになると考えられます。
- 「運用」への期待を明確化
- 「運用設計」を確立
- 期待に対する消費リソースを測定
図1: 運用現場の「悩み」を解消するための、3つのポイント(クリックで拡大) |
以下では、この3つのポイントについて、それぞれ説明していきます。やや、きれいごとが続きますが、お付き合いください。
悩み解消ポイント1. 「運用」への期待の明確化
まず、「運用」への期待を明確にする必要があります。
前回の問題点分析で説明した通り、ステーク・ホルダー全員のあらゆる期待に応えるためには、無限のリソースが必要になります。業務をあふれさせないためには「何をやらないか」の決断が重要です。この決断をするのは、ユーザーに対する最終的な責任を負い、予算決定権を持つ経営層と考えるのが妥当でしょう。
経営層からの「運用」への期待を明確にすることにより、以下の効果が期待できます。
- 1. 慢性的なリソース不足が解消
- 期待の明確化によって運用の守備範囲が明確になり、「なんでも運用」から脱却できる可能性が生まれます。肥大化する業務に比例して増大する現場のリソース要求に対し、経営層が「やらないこと」を適切に判断することで、リソース不足が解消します。これを運用現場の視点で表現すると、「予算が無いならやらない、やるなら予算よこせ」という感じでしょうか。
- 2. 慢性的な業務バーストが解消
- 「なんでも運用」と「リソース不足」から脱却した運用現場では、経営層の期待と自分達のリソースを基に、期待されている業務にリソースを集中できるようになります。リソースの集中は業務の効率化を生み、業務の効率化は的確な業務サイジングを可能にします。こうした運用現場では、業務がバーストするリスクが大幅に減っているでしょう。
- 3. 適切な運用設計が可能
- 期待の明確化によって、運用現場に求められる「アウトプット」とその「表現方法」が明確になります。これにより、「運用現場は何をコア・コンピタンスとするのか」という行動指針や「品質が重要なのか、コストが重要なのか」などの価値観が明確になります。行動指針と価値観を基に運用業務全体を捉えなおすことで、より適切な運用設計が可能となるでしょう。
悩み解消ポイント2. 運用設計の確立
次に、「運用設計」を確立する必要があります。
前回の問題点分析で説明した通り、自らの業務をきちんと把握できない状況は、運用現場自身の首を締めることにつながります。経営層からの「運用」への期待に対し、ブレ無く、モレ無く、ムダ無く、ムリ無く、かつ持続可能な運用業務をどう実現するのかを、「運用設計」を通じて明文化します。これにより、「期待」に沿った「自らの業務」を把握できるようになるでしょう。
運用設計を確立することにより、以下の効果が期待できます。
- 1. 「やらないこと」の明文化が可能になる
- 主要な「期待」に対応する運用の「業務」を文書化することで、運用現場の主要ミッションについて、ブレやモレを排除することが可能になります。同時に、「やるべきでないこと」や「優先順位が低いもの」が明確になり、ムダやムリを省くことができるようになります。こうして、限られたリソースを主要ミッションに集中できるようになります。実作業の優先順位付けを行なうことで、業務バーストの抑制も実現できるでしょう。
- 2. 本当に必要な「運用基盤」の整備が可能になる
- ミッションの明文化により、ドキュメント作成/保守業務の優先順位付けが可能になります。優先順位の高いドキュメントを確実に整備することにより、要員の退職などによる事業継続性のリスクが減ります。また、ミッションに必要なスキルセットを明確にすることにより、運用メンバーの育成方針や具体的な教育方法も見えてきます。ドキュメントとスキルセットを基に本当に必要なツールを実装することで、適切な効率化を実現できるでしょう。
- 3. 運用実績の測定が可能になる
- 運用業務の文書化と運用基盤の整備により、運用業務の各作業について、測定ポイントを選定し、実際に測定できるようになります。これにより、短期間で、運用組織内部の定性的・定量的な「見える化」が実現します。例えば、業務量と運用リソースから業務負荷を予測してリソース配分を変更することで、業務を適切にサイジングできるようになるでしょう。
悩み解消ポイント3. 期待に対する消費リソースを測定
最後に、「期待に対する消費リソースの測定」を可能にする必要があります。
これは、経営層が拠出した運用リソースに対して、「その期待に沿うかたちで、どのくらいの成果を実現したか」についての説明責任を果たすことを意味します。日頃コスト・センターと言われ続ける運用現場にとって、運用の費用対効果について説明責任を果たすことは、一律的なコスト・カットを回避するだけでなく、現在の自らの立ち位置を確認する上でも非常に重要であると言えるでしょう。
期待に対する消費リソースの測定を可能にすることで、以下の効果が期待できます。
- 1. 「運用の効率化」が可能
- 運用実績として測定されたデータを基にすることで、経営層の視点に立った「運用の効率化」が可能になります。 「運用現場における効率化」が詳細なデータに対する分析を基に行なわれるのに対して、「経営層が求める効率化」では、多くの場合、必ずしも数学的な正しさは求められません。測定データを現場視点で合理的に組みあわせることで、経営層の理解が深まり、納得を得られやすくなるでしょう。
- 2. 運用の地位が適正化
- 運用への「期待」に合致した「成果」を実現することで、運用現場に対する評価が適正化され、現場業務に適したメンバーの成長や成果を適切に評価できるようになります。さらに、測定結果を基に、サービス企画/設計部門に対して的確に助言することで、運用現場の相対的な地位が向上し、他部門とより対等な関係に近づいていくでしょう。
- 3. より高度な「期待」が醸成
- 経営層が期待する「運用の効率化」を実現して「適正な評価」を受けるようになった運用現場は、その実績を基に新たな「期待」を醸成することとなり、新たな期待を満たすことで、さらに運用現場の地位向上を果たせるようになります。これにより、新たなリソースや高度な人材/技術の獲得が可能になり、より安定したサービスを提供できる強力な運用組織へと成長することになるでしょう。
運用現場の「悩み」を解消するためのサイクル
上記の通り、書いている著者自身きれいごと過ぎると思うような3つの解消ポイントですが、運用現場の悩みを解消するためには、経営層側も運用現場自身も、考え方をある意味根本に近いところから変える必要があるのではないでしょうか。
運用現場の「悩み」を解消することは、容易ではありません。とはいえ、いつまでも「悩み」に追われているわけにもいきません。
ここでは、3つの「悩み」を解消するポイントについて、
- 「運用」への期待を明確化(Plan)
- 運用設計を確立(Do)
- 期待に対する消費リソースを測定(See)
という「PDSサイクル」で継続的に実行することを考えていきます。
図2: 運用現場の「悩み」を解消するためのサイクル(クリックで拡大) |
このPDSサイクルを実際にどうやって回していけばよいのかは、次ページで詳細に説明しますが、日々の運用業務に追われている中で、たとえ手が動かせないとしても、まずは、以下の3点から始めてみるとよいでしょう。
- 「運用への期待」が何か、を意識してみる
- 「優先順位の高い運用業務」と「運用実績の測定方法」を明確にするためにはどのような「運用設計」が必要になるのか、を意識してみる
- 得られた「運用実績」をどう分析し、どう表現するか、を意識してみる
これにより、業務に対しての見え方が変わってくる可能性があります。こうして、見えてきた部分から着実に実現・改善していくことで、「安定して、楽で、評価される運用」に一歩ずつ近づいていくのではないでしょうか。
日本の運用現場にPDCAサイクルは合わない?
多くの国際規準を含む有名なフレームワークでは、継続的な改善を行なうプロセスとして、Plan/Do/Check/Actionの4ステップを踏む「PDCAサイクル」を採用しています。しかし、国内でも広く浸透しているISMS(ITセキュリティ・マネジメント・システム)をはじめ、PDCAサイクルで「現場に歓迎されて継続的に上手くまわっているもの」を、日本国内ではほとんど見たことがありません。多くの場合、1周目のActionまでで終わるか、2周目の途中で途絶えるか、現場の反発を受けながら無理矢理継続している例が多いように感じています。
日本の運用現場には、他国と比べて、比較的士気や教育レベルが高く、自律的に動けるという特徴があると思われます。こうした日本での改善活動には、Plan/Do/Seeの3ステップを踏む「PDSサイクル」の方が、リズム良く自走しやすいと考えられます。今回の「運用方法論」では、随所にPDSサイクルを意識した考え方が反映されています。
「悩み」を解消するためのサイクルを実践
次ページでは、上記の「悩み」解消サイクルをベースに「運用業務における改善プロセス」の全体像を俯瞰し、「悩み」解消へのアプローチ方法について検討していきます。