1台わずか25ドル! イギリス生まれの超小型ボードPC「Raspberry Pi」 前編
略史
手頃な価格のベアボーンコンピュータへの取り組みを開始したのは、約6年前、筆者がケンブリッジ大学でコンピュータサイエンス学科の教務主任をしていたときだった。筆者はケンブリッジ大学のコンピュータ研究所で学位を取得し、そこで講師をしながら博士号の勉強をしていた。当時、コンピュータ研究所でコンピュータサイエンスの専攻を志願していた若者たちのスキルは明らかに後退していた。1990年代の半ばにコンピュータサイエンスを専攻しようと大学にやってきた17歳には、複数のコンピュータ言語の基礎知識があったし、ハードウェアハッキングをかじったことがあったし、アセンブリ言語の経験があることも珍しくなかった。
だが、状況は少しずつ変化し、2005年には、HTMLの経験が少しあり、よくてPHPやCSSをかじったことがある、といった程度になった。それらの若者たちが多くの可能性を秘めていて、おそろしいほど優秀であることに変わりはなかったが、コンピュータの経験となると、私たちがこれまで見てきたものとはまったく違っていた。
ケンブリッジ大学のコンピュータサイエンスの履修課程では、3年間にわたって60週分の講義を受け、ゼミに参加することになっている。最初の1年を基礎知識の習得に充ててしまうと、次の2年で博士号の勉強を開始することや、就職できるような状態に持っていくのが難しくなる。3年間の履修課程で最もよい成績を収める学生は、毎週の宿題や授業の課題として言われたときだけプログラミングをするのではなく、暇を見つけてはプログラミングをしていた学生だ。
このため、Raspberry Piを作成しようと思い立ったきっかけは、かなり偏狭で地味なものだった。この小さな履修課程の少数の志願者がよいスタートを切れるようにするためのツールを作成したかったのだ。筆者と同僚は、オープンキャンパスの日にデバイスを学生に配布し、数カ月後に彼らがケンブリッジ大学に面接に来たときに、無料で配布されたデバイスを使ってどのようなことをしたかたずねてみようと考えていた。何かおもしろいことをしていた学生は、カリキュラムに参加してもらおうというわけだ。おそらく、こうしたデバイスを数百台ほど作成し、うまくいけば、生涯生産台数は数千台くらいになるだろうと考えていた。
当然ながら、プロジェクトへの取り組みが本格化すると、この安くてちっぽけなデバイスにはるかに多くの使い道があることが明らかになった。私たちが最初に作成したのは、現在のRaspberry Piの姿からはほど遠いものだった。最初は、キッチンのテーブルを作業台にして、Maplinで購入できる一番長いブレッドボードにAtmelチップをはんだ付けしていた。最初の雑な作りのプロトタイプは、安いマイクロコントローラチップを使って標準画質のテレビを直接制御するものだった。RAMはわずか512KB、処理能力も数MIPSしかないプロトタイプのパフォーマンスは、昔の8ビットのマイクロコンピュータとほぼ同じだった。これらのマシンが、現代のゲーム機やiPadに慣れている子供たちの心を捕えるとはとうてい思えなかった。
ケンブリッジ大学のコンピュータ研究所では、以前からコンピュータ教育全体の状況が議論されてきた。アカデミックな職を辞して業界で働くためにコンピュータ研究所を去ったとき、筆者は就職を希望する若者たちの間でも、大学で見てきたのと同じ問題が起きていることに気づいた。というわけで、コンピュータ研究所の同僚であるDr. Rob MullinsとDr. Alan Mycroft、ケンブリッジ大学の企業家精神の講師であるJack Lang、ハードウェアの第一人者であるPete Lomas、ケンブリッジのゲーム業界における有力者で、貴重な人脈を持つDavid Brabenと筆者の6人が集まってビール(Jackはチーズとワイン)を飲んでいるうちに、Raspberry Pi Foundationを設立することになった。大きな意志を持った、小さなチャリティの誕生だ。
Raspberry Piの名前の由来Raspberry Piという名前の由来をよく聞かれる。役員たちはさまざまな名前を候補に挙げていた。Raspberry Piは、打ち合わせで出された案の中では数少ないまともな名前の1つだったが、正直に言うと、最初はいやだった。その後、その名前がしっくりなじんだので好きになったが、何年もの間頭の中で「ABC Micro」と呼んでいたので抵抗があった。「Raspberry」は、以前からコンピュータに果物の名前を付ける風習が業界にあったからだ。誰もが知っている名前の他にも、昔はTangerineやApricotという名前のコンピュータがあった。Acornも果実だからセーフだろう。「Pi」はPythonの略である。開発当初は、かなり性能の低いプラットフォームで利用するとしたらPythonしかないだろうと考えていたからだが、蓋を開けてみれば、Raspberry Piの性能はそれをはるかに上回るものだった。偶然にも学習や開発用のお気に入りの言語であるPythonを推奨する気持ちに変わりはないが、Raspberry Piで他の言語の世界を探ってみるのもよいだろう。 |
翻訳書を手に取るEben氏。 |
7月16日公開予定の後編に続く。
発売後1年で100万台以上を出荷し、イギリスを中心に世界的なブームとなっているカードサイズのコンピューター「Raspberry Pi」。本書では、Linuxのセットアップやコマンドの使い方をはじめ、環境の構築方法などの基本的な情報を解説しています。
Eben Upton、Gareth Halfacree 著
価格:2,940円 (本体 2,800円+税)
発売日:2013年3月15日発売
ISBN:978-4-8443-3374-6
発行:インプレスジャパン
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