1台わずか25ドル! イギリス生まれの超小型ボードPC「Raspberry Pi」 前編
プログラミングは楽しい
プログラミングは、やりがいがあり、クリエイティブで、途方もないおもしろさがある。ゴージャスなまでに手の込んだプログラムはもとより、あっけにとられるほど高速で、シンプルさを装った裏で、あらゆる手を尽くして障害を回避するプログラムを作成できる(私にとってはこちらのほうがゴージャスだ)。他人が羨望のまなざしを向けるようなプログラムが完成した日は、満足の余韻に浸って1日を過ごすことができる。
筆者の本業は、Raspberry Piのプロセッサとして採用されているようなシリコンチップを設計し、それらの上で動作するハードウェアに近い領域のソフトウェアを作成することだ。基本的には、1日中じっと座って遊んでいれば、給料をもらえる。このような人生を送るための素養を人々に授けること以上にすばらしいことがあるだろうか。
もちろん、子供たちがコンピュータ業界において足を踏み入れたくない職種に私たちが就いているわけでもない。今から数年前、Raspberry Piプロジェクトがゆっくりと動き出したときに、尻を蹴飛ばされるような出来事が起きた。Raspberry Piの開発作業はすべて、Raspberry Pi Foundationの役員や有志が夜間や週末の空いた時間に行っていた。
Raspberry Pi FoundationはNPO(登録チャリティ)なので、役員報酬はなく、全員が常勤の仕事で生活費を稼いでいる。このため、ワインをすすりながら『アレステッド・ディベロップメント』※1 のDVDボックスセットを観て過ごしたい夜は、なかなかやる気が出ないこともあった。ある晩、近所の住人の甥とGCSE※2 に備えて受講している科目について話をしていたときに、将来どんな仕事をしたいのかたずねてみた。
- ※1 2003〜2006年にアメリカで放送されていたテレビドラマ。
- ※2 General Certificate of Secondary Education。16歳くらいから受験するイギリスの義務教育修了試験。
「コンピュータゲームを作りたい」と彼は言った。
「それはすごい。家にはどんな種類のコンピュータがあるんだい。僕が持っているプログラミング本で、興味があるものが何冊かあるかもしれないよ。」
「WiiとXbox。」
それから少し話をして、この申し分なく優秀な子供が、これまで実際にプログラミングをした経験がまったくないことがわかった。そして、プログラミングをできるようなマシンは自宅になく、ICT※3 の授業では、コンピュータを使いこなす能力がこれっぽっちも身についていないこともわかった。だが、彼はコンピュータゲームに夢中だった。そして、自分が夢中になっていることを仕事にしたいと考えるのは、しごくまっとうだ。そういうわけで、彼は自分が選んだGCSE科目でその夢がかなうという希望を抱いていた。確かに彼にはゲーム業界が求めている芸術的な才能があったし、数学と科学の成績も悪くなかった。
だが、学校教育はプログラミングをそっちのけにしていた。時間割にはコンピューティングの「コ」の字もなく、プログラミングではなくエンドユーザーに焦点を合わせたICTの授業と似たようなものがあるだけだった。そして、自宅でのコンピューティングとの触れ合いからは、彼が人生で本当にやりたいことをするために必要なスキルを身につけるチャンスはほとんどなかった。
- ※3 Information and Communication Technology。グループで1台のPCを使用し、Webページのデザインや、スプレッドシートやワードプロセッサの使い方を教わる授業。
潜在能力や情熱を無駄にする——そうした状況の背景こそ、筆者の知りたいことなのだ。もちろん、Raspberry Piを作成するだけで、必要とされるすべての変化が起きる、という妄想は抱いていない。しかし、Raspberry Piがそのきっかけになれると信じていることは確かである。イギリスの教育機関のカリキュラムには、すでに大きな変化が起きている。時間割にコンピューティングの授業が組まれ、ICTも刷新されている。また、Raspberry Piがリリースされてからわずか数カ月で、子供用の教育的/文化的設備の格差に対する認識も大きく改められている。
子供たちが日常的に触れ合うコンピューティングデバイスは、ツールとして独創的な使い方ができないほど制限されているものばかりだ。コンピューティングはクリエイティブなテーマだというのに。筆者は、iPhoneをロボットの頭脳として使ったり、自分で作ったゲームをPS3で動かしたりしてほしいのだ。
もちろん、自宅のPCでプログラミングをすることは可能だが、ハードルが高すぎて、たいていの子供には乗り越えられない。特別なソフトウェアをダウンロードする必要があるし、親は子供が何かを動かなくしてしまったら自分たちでは直せないことを心配するだろう。そして、子供たちの多くは自宅のPCでプログラミングができることにそもそも気づいていない。彼らにとってPCは、あまり考えなくても必要なことが簡単にできる、クリックしやすい便利なアイコンを表示するマシンなのだ。両親がインターネットバンキングに使っていて、壊したりしたら新しくするのにかなりお金がかかってしまう、封印された箱でしかない。
発売1周年記念限定モデル「Blue Raspberry Pi」 |
Raspberry Piは数週間分の小遣いで買えるほど安いし、動作させるために必要な機材はおそらくすべて揃っている。テレビと古いカメラで使っていたSDメモリカード、スマートフォンの充電器、キーボード、そしてマウスがあればいい。Raspberry Piは家族と共同で使う必要のない自分だけのマシンで、ポケットに入れて持ち歩けるほど小さい。何か問題が起きてもへっちゃらだ。新しいSDメモリカードと交換すれば、Raspberry Piが真っ新の状態に戻る。そして、Raspberry Piのプログラミング方法を学ぶ旅に出かけるために必要なツール、環境、教材はすべてそこにあり、あとは電源を入れるだけである。
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