AI最前線の現場から【学びing】FX版「巫」の取り組みと実マーケットにおける戦績
第1回では、Fintech業界の現状や資産運用AI「巫(かんなぎ)」を紹介しました。今回は、FX版「巫」の取り組みと、実際のマーケットにおける戦績について解説します。
FX版「巫」の取り組みの経緯
FX版「巫」(以下、「巫」)の取り組みは2016年1月から始まりました。数カ月毎にフェーズを区切って、実証実験の段階を進めてきたのです(図1)。
第一・第二フェーズの実証実験
第一・第二フェーズは「巫」を構成する基本的な予測機能を検証するための期間でした。1日を東京時間・欧州時間・ニューヨーク時間の3つの時間帯に分割し、時間帯ごとに予測した結果を発表しました。およそ「8時間に1回」という周期の予測でした。
第一・第二フェーズを実施した2016年1月~3月は全世界的に猛烈な円高・ドル安・株安が進んだ時期であり、例えるなら大嵐の中での出航となりました。ドル円が10円前後円高になるというリーマンショックを彷彿とさせる非常に波乱に満ちたマーケット環境でしたが、第一・第フェーズ通算で浅い損失幅(およそマイナス1%強)で乗り切ることができました。
それなりに守りの堅さを見せた第一・第二フェーズですが、「巫」が目指すところはマーケットが上下しても収益を上げることです。2016年1月~3月のような猛烈な暴落マーケットでもしっかりと収益を確保できるロジックです。
第三フェーズの実証実験
そこで第三フェーズではアルゴリズムを8時間に1回の予測からリアルタイム予測に改良し、大きく設計変更して機械学習によりリアルタイム予測でトレードするのに適した投資アルゴリズムを模索しました。過去の値動きデータを読み込み、シミュレーションを繰り返して性能の良いアルゴリズムをひたすら探したのです。
アプローチとしては機械学習の「グリッドサーチ」機能を使用しました。投資アルゴリズムの系統ごとに適用するパラメータを少しずつ変化させ、何度もシミュレーションを繰り返したのです。こうして第三フェーズで適用する投資アルゴリズムを選定し、実証実験を始めました。
グリッドサーチとは、機械学習の際に与えるパラメータを様々に変化させて、良い性能をもたらすパラメータを探すことです。グリッドサーチを行う際の基本的なアプローチは、ループ処理で細かくパラメータを調節しながら、性能が最も良くなるパラメータを探すというものです。
第三フェーズ冒頭の2016年4月は、かなり良いパフォーマンスが出ました。一時は運用効率が5%を超える場面もありましたが、最終的には4%台に落ち着きました。公開しているトラックレコード(運用実績)が良好なことを踏まえ、商用サービス化を模索することになりました。
そこで、ゴゴジャン株式会社が運営するfx-on.comで公開準備を進め、2016年5月19日にサービスを公開しました。
第三フェーズが始まった2016年4月から8月16日までの売買シグナルのトラックレコードは、運用効率が約6.48%でした(図2)。売買シグナル通りにドル円を売買すれば、資産が+6.48%増えるということです。1カ月平均では約1.44%、年間では約1.44x12カ月=17.28%の運用効率になります。
実際にこの計算どおりになるかは今後数カ月の経過を見守る必要がありますが、現在のところ運用効率は順調に右肩上がりの曲線を描いています(詳細:http://fx-on.com/adviser/detail/?id=9325#c)。
また、fx-on.com上で公開している売買シグナルやトレンドの定点観測を基に、金融関連会社と連携してさらなるサービス拡大の準備を進めています。
実際のマーケットにおける「巫」の振る舞い
では、「巫」が実際のマーケットでどのような振る舞いを見せたのか解説しましょう。最近のマーケットで大きなイベントがあった時期をいくつかピックアップして紹介したいと思います。
(1) 2016年4月28日・日銀政策発表直後
日銀政策発表はマーケットが大きく動くイベントの1つです。この日の日銀政策発表では、追加緩和の見送りが発表されました。その瞬間、1分もしない間にドル円は2円前後も暴落しました。強烈な円高ドル安です。株式市場も巻き込まれました。
これだけ一気に下落すれば、「そろそろ底を打ちだろう、上昇に転じるのではないか」と思いたくなるのが人情です。 しかし、「巫」はそんな人情を無視するかのように下落を予測し、ショート(ドル円の売り)のシグナルを出したのです。蓋を開けてみると、果たして下落トレンドは続き、「巫」は4月29日の夕方に悠々と利益確定をしました(図3)。
ここから、次第にマーケットを熟知した人間の感覚とは明らかに異質の判断を下す「巫」の傾向が明らかになっていきました。
【補足】
機械学習を利用してパフォーマンスが良い投資アルゴリズムを選んだだけで、どういったメカニズム・振る舞いをするのかは分からず、この実証実験を通して「巫」の特性が明らかになっていきます。
(2) 2016年5月6日・米国雇用統計
米国雇用統計も、マーケットに大きなインパクトを与える発表イベントの1つです。世界最大の経済力・市場規模を持つ米国経済の影響は絶大であり、その代表的バロメータとみなされているのが「米国雇用統計」です。
しかし、最近では米国雇用統計発表時のマーケットの動き方が過去とは異なる傾向が強くなっています。上下の見極めがますます難しくなっているのです。
この大イベントで「巫」がどのように振る舞ったのかを見てみましょう(図4)。
米国雇用統計は、日本時間で21時半(夏時間の場合)に発表されます。発表直後は瞬間的に上下いずれかの方向にかなりのスピードで動きます。
21時半に米国雇用統計が発表された直後は1時間ほどドル円が下落し、円高ドル安がスピーディに進行しました。ところが、そこから急激に反転上昇したのです。これは手ごわい相場展開です。
下がると思ってショート(売り)を仕掛けた投資家、上がると思ってロング(買い)を仕掛けた投資家の両方が打撃を受ける展開だからです。米国雇用統計でロングを仕掛けた投資家は発表直後の急落でロスカット(損切り)します。一方、ショートを仕掛けた投資家も急激な反転上昇に巻き込まれ、ロスカットに追い込まれてしまうのです。
この難解な展開が繰り広げられていた時、「巫」は売買シグナルを出さずに静観していました。これは振り返ってみると妥当で合理的な判断でした。「手を出すべきでないところでは、しっかりと様子を見る」という判断ができていたからです。
「巫」はそのあとも数時間生還後、ようやく上昇を予測してロングのシグナルを配信しました。マーケットが上下どちらに行くのか不透明で多くの投資家たちが疑心暗鬼に陥る中「上昇」という判断を下したのです。その後ゴールデンウィークを挟んで5月10日までロングポジションを保有し、しっかりと利益が乗ったところでポジションを閉じて利益確定したのです。
マーケットの方向感が不透明で市場参加者(投資家)が疑心暗鬼に陥っているときは、なかなかポジションを保有し続けることができません。不安になって、少しでも利益が乗ったらポジションを閉じて利益確定してしまうのです。
このような不透明なマーケットで数日にわたりポジションを保有し続けるという判断は、生身の人間にはなかなかできない芸当です。メンタルにかかる重圧(途中でトレンドが変わって利益を失うのではないかという恐怖)に耐えきれないことがほとんどだからです。
しかし、AIには恐怖を感じるアルゴリズムが搭載されていないため、ひたすらロジックに従ってトレードできます。これもまた、実戦運用を通して明らかになった「巫」の特性です。
(3) 2016年6月3日・米国雇用統計
米国雇用統計は、原則的に毎月第一金曜日に発表されることになっています。この日も21時半に米国雇用統計が発表されました(図5)。
2016年5月の米国雇用統計が想起され、「またしても方向感のない行って来いの相場になるのでは」と思いきや、しっかりと下落の方向感が出る展開になりました。
この局面において、「巫」は下落トレンドを追撃する形でショート(売り)のシグナルを出しました。マーケットが大きく動いている最中にエントリーするのは勇気が要ります。「ここでエントリーした途端にトレンドがひっくり返ったらどうしよう?」という不安が付きまといます。
一般に多くの個人投資家は、下げ止まる、または上げ止まったところで、それまでのトレンドとは反対方向のトレードをする「逆張り」を好みます。「そろそろ下げ止まるだろう、上げ止まるだろう」と判断する方が、トレンドを追撃する判断よりも心理的抵抗がだいぶ少ないからです。
ところが、「巫」はそうした人間心理などお構いなしにトレンドを追撃する判断をしました。その後のマーケットは週明けまで下落トレンドが続き、「巫」は週明け月曜日(6月6日)の朝のマーケットで無事に利益確定したのでした。
ここには、「マーケットが大きく動く時は人間心理に強い抵抗がある判断をした方が結果として大きな利益につながる」という傾向が見え隠れしています。
(4) 2016年6月16日・日銀政策発表
この日は日銀政策発表がありました。米国や欧州の金融政策発表とは異なり、発表時間が不確定なため、当日は疑心暗鬼のピリピリムードになることが多いです。いつマーケットが急騰・急落するか分からないという、大変な恐怖と不安を伴います。
神経質で不透明なマーケットの状態では、人間心理からすれば「怖いから見送る」というのが自然な流れです。ところが、この時「巫」は前日のうちに下落すると判断してショート(売り)のシグナルを出していたのです(図6)。
大イベントの前にエントリー(仕掛け)すること自体、かなりの勇気がいる判断です。エントリーしてしまえば身動きができないので、急騰するか急落するか分からないうちに仕掛けることは、正に賭けに等しいと感じるのが通常の心理です。
果たしてその結果は見事に下落トレンドの読みが的中し、6月16日の深夜にエグジット(決済)して無事に利益確定したのでした。
振り返ってみれば、日銀政策発表の前日からマーケットの値動きは伸び悩み、失速する気配を見せていました。とは言え、大イベントの前にポジションを仕掛けるのは、よほどの強心臓でなければ難しいでしょう。
これは正に「恐怖」という感情を検知しないAIならではの振る舞いと言えます。
(5) 2016年6月23日・英国国民投票
全世界が固唾を飲んで見守ってた英国国民投票、読者の皆さんもまだ記憶に新しいと思います。英国のEU脱退(ブレグジット)の可否を問う歴史的な国民投票は、世界に激震が走る結果になりました。当然ながら、マーケットにおいても歴史的な一大イベントとなりました(図7)。
この時「巫」は前日のうちに上昇を予測し、ロング(買い)のシグナルを出していました。国民投票当日の朝までは順調に上昇し十分な利益を確保していました(およそ2%)が、開票が進み「離脱派が優勢」と報じられた途端、瞬間的にトレンドが急変してしまいました。
「巫」はトレンドの反転を検知し、ロングのポジションを閉じました。せっかくの利益は吹き飛び、わずかながら損失を被ってしまいました。その後ドル円は「下落幅8円」というとんでもない暴落を見せ、「もはや恐怖と狂気に満ちた異常なマーケット」と言わざるを得ない状況でした。
蛇足ですが、金融関連企業の取引手数料にあたるスプレッドが、とんでもない大きさになっていたことも話題になっていました。あまりにもスプレッドが大きすぎて、投資家のポジションが軒並み強制的にロスカットされ、大損失を被ってしまったのです。
「巫」はしばらくこうした恐ろしい事態の推移を見守った後で下落を予測し、ショート(売り)のシグナルを出しました。マーケットの狂乱が終息し、小康状態を取り戻したかのように見えました。
ところが、そこから急激に上昇し始めたのです。それまでの暴落は一体何だったのかというほどの反発でした。結局「巫」は週明けの月曜日にポジションをエグジットし、1%を超える損失を被ってしまいました。
さすがに歴史的な一大イベントのインパクトがもたらすカオスには、現時点ではAIでも対応しきれないことが分かりました。
「巫」のふるまいと浮かび上がる課題
今回は、2016年4月以降における、代表的なイベント時の「巫」の振る舞いを紹介しました。英国国民投票では、さすがのAIも翻弄されたものの、2016年4月~7月の期間通算では、しっかりと運用効率が右肩上がりの傾向となりました。
「巫」の個々の判断を見ていくと大胆な予測・トレードが多く、それを見た人間の投資家がその判断を「どこまで信じ、どこまで実行できるのか」という課題も浮かび上がりました。
次回は、このような「巫」の課題をテーマに解説したいと思います。
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