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AI最前線の現場から【学びing】 「巫」の課題と将来

2016年9月14日(水)
斉藤 常治高橋 佑幸

前回は、学びingの資産運用AI「巫(かんなぎ)」の取り組みと実際のマーケットにおける戦績について紹介しました。最終回の今回は、「巫」の課題と将来について解説します。

FX版「巫」の特性のおさらい

最初に、第一弾の商用サービスであるFX版「巫」について簡単におさらいしたいと思います。本稿執筆時点において、FX版「巫」の特性は「損小利大」かつ「順張り」と表すことができます。

  • 損小利大:「トレードの失敗時は損失が小さく、成功時は利益が大きい」という意味
  • 順張り:「トレンドの流れに沿ってトレードする」というスタイルのこと

FX版「巫」は順張りのトレードスタイルなので、マーケットが上昇トレンドにあるときはロング(買い)、下落トレンドにあるときはショート(売り)のポジションを持ちます。

また、トレードスタイルが順張りの場合は、投資アルゴリズムを適切に構築すれば損小利大に収束することが多くなります。

【補足】
言い換えれば、順張りのアルゴリズムなのに損小利大になっていない場合は、改善の余地が大きい可能性があります。

そして、FX版「巫」はトレードの勝ち負けを繰り返しながら、月平均で+1.44%の運用効率をはじき出しています。マイナス金利の影響で運用環境が悪化している中、最大ドローダウンが-2.905円あっても最低で月平均およそ1%を稼ぐFX版「巫」は、存在価値があるのかもしれません。

FX版「巫」の課題

売買の平均値を見ると十分に運用利益が出ていますが、FX版「巫」には次のような課題があります(図1)。

図1:現時点のFX版「巫」の特性と課題

(1)売買のエントリータイミングの判定

順張りのトレードスタイルでは一旦利益が乗り始めるととことん利益が伸びることもしばしばです。例えば、1回トレードにおいて利益が+1%~2%に達することがあります。しかし、ポジションを閉じる時には、せっかく稼いだ利益を三分の一ほど失っていることが多いのです。

トレンドの転換を待ってからポジションを閉じているため、急速に値動きするケースでは値動きのスピードにトレンドの転換判定が追いつかないことがあります。このディレイ(遅延)により、最大利益から三分の一ほど利益を失ってからポジションを閉じることが多くなるわけです。

解決策としては、より高性能なトレンド判定アルゴリズムの開発が考えられます。ポジションを閉じるタイミングを、より高度かつ精密に判定するためです。具体的にはディープラーニング(深層学習)を導入し、高度な値動きパターン判定処理を開発するといったアプローチがあります。

(2)売買の方向(上昇・下降)の判定

順張りのトレードをする場合、一般的に勝率は低くなります。成功するのは3回に1回、4回に1回といったところです。それでも損小利大で勝つ時にまとめて大きく利益を確保するので、トータルでは右肩上がりに利益が伸びていくわけです。

ただ、トータルで勝つと分かっていても、人間が裁量でトレードすると勝利までたどり着く前に心が折れてしまうことが多くなります。2回連続、3回連続、4回連続、時にはそれ以上失敗し続けることがあり、成功トレードにめぐり合うまでに強い不安・ストレスがかかります。万人がその重圧に耐えられるものではありません。

勝利への道筋がハッキリと示されていても、その道筋に沿って進むには鋼鉄のメンタルが要求されるという、もどかしいジレンマがあるわけです。

この課題を解決するには勝率を上げる必要がありますが、順張りのトレードスタイルを維持したまま勝率を上げることは大変難易度の高い課題です。この解決アプローチとしては(1)と同様にディープラーニングを用いた高度な予測処理の実現が挙げられます。

(3)テロ、要人発言、突然の政変など急変するマーケットへの対応力

テロ、要人発言、政変といった突発的な出来事により、マーケットが非常事態に陥る可能性があります。

最近の例では、歴史的なイベントとなった英国国民投票がマーケットを非常事態に陥れました。こうした突発的な出来事はそもそも発生頻度が低く、機械学習をさせようにも十分な学習データを集めることができない可能性が高いため、事前予測が非常に難しくなります。

対処方法としては、「マーケットが非常事態に陥ったらトレードしない」というアプローチがあります。トレードを止めるタイミングを測るため、マーケットの平常時と非常時を見分けるAIを開発することになります。

(4)マーケット環境の変化に応じたロジック更新

手離れが良いAIほど、問題発生時に人間が対応できる余地が少なくなります。例えば、資産運用AIで成績が下降した場合、「AIが何を学んだ結果そのような判断を下したのか」「何を改良すべきか」などが簡単に見つからない場合があります。

せっかくAIに機械学習でデータの特徴抽出をまかせたのに、因果関係を明確にできず効果的なチューニングができないことがあるのです。このあたりは今後の課題です。

「巫」の可能性

ここまでFXにおける「巫」の実用例をもとに解説してきましたが、「巫」はFX専用のAIではありません(図2)。

図2:「巫」の展開の可能性

日経225先物、日経225mini先物、日経225オプション、 TOPIX先物、 ミニTOPIX先物、TOPIX Core30先物、東証REIT指数先物など、ロウソク足データのあるものはすべて「巫」のターゲットです。

第1回でも触れたように、「巫」は機械学習によってシンプルで頑健な投資アルゴリズムを構築し、安定的な資産運用を目指しているため汎用性が高いのです。今後、FX版「巫」ではユーロドル、ユーロ円などや対応マーケット種類を広げていきたいと考えています。

裁量トレードの問題と解決策としての自動売買

現在、一般個人投資家がFX版「巫」でトレードする方法は裁量トレードに限定されています。つまり、「巫」のシグナルメールを見て自分でトレードするのです。

裁量トレードでは、前述したように成功トレードへたどり着く前に重圧で挫折する確率が高くなります。トータルで勝つと分かっていても、途中の失敗トレードに耐えられるメンタルを持つ人はどうしても少数になってしまうのです。

この人間心理に関わる問題を解決するにはどうすれば良いのでしょうか。例えば、途中経過を見なければ良い、というアプローチがあります。結果はトータルでプラスになることが分かっていれば、自動売買などで結果だけ見れば良いというわけです。

「巫」では、自動売買対応のFX会社向けにミラートレーダーやAPI等での売買命令、MT4 EA(Expert Advisor)等での機械トレードなどを試験研究中です(図3)。自動売買の仕組みを一般個人投資家に提供するには技術的なハードルに加えて法律的なハードルも越えなければならないため、金融関連会社との提携等が重要になります。

図3:「巫」の自動売買システムの概要

その提携の第一弾は、株式会社ゴゴジャンが運営する有料会員制オンラインサロンプラットフォーム『fx-on投資サロン』です。

第二弾は世界で18万以上の口座数を保有し、年間約5000億ドル以上の取引高を持つグローバルオンライン金融取引ブローカーAvaグループのアヴァトレード・ジャパン株式会社との提携です(図4)。2016年9月より『「巫(かんなぎ)」×アヴァトレード・ジャパン』キャンペーンとして、アヴァトレード・ジャパンの顧客向けに「トレンド判定」(別名:定点観測)の無償メールサービスを開始します。

図4:アヴァトレード・ジャパン社との提携

トレンド判定は、マーケット営業日の8時から2時間に1回、「巫」による最新のトレンド判断を24時間定点観測し報告するものです。

【補足】
トレンド判定は、8時間移動平均の値を基準に行っています。例えば上昇トレンドの場合、8時間後のマーケットの価格の移動平均値が判定時点の移動平均値より上昇していれば「的中」、下落していたら「はずれ」となります。

2016年8月17日現在の勝率は70.85%(367勝151敗)で、裁量トレードの参考になります。

最新のトラックレコードは、こちらからご覧いただけます。また、このキャンペーンの詳細はアヴァトレード・ジャパンのサイトを参照してください。

おわりに:AIによる資産運用の未来

日本では、まだAIによる資産運用・金融取引が普及しているとは言えませんが、世界を見渡すとヘッジファンドを中心にかなり積極的に取り組んでいます。

例えば世界最大級のヘッジファンドの1つブリッジウォーターは、IBMのAI・ワトソンの開発メンバーをヘッドハントして、資産運用AIの開発に力を入れています。ヘッジファンド分野の求人情報を見ても、機械学習・人工知能の専門家を募集する案件が明らかに増えていることが分かります。

このように、世界的な潮流として人間のファンドマネージャーの代わりにAIがトレードするという動きは加速していくでしょう。AIによる資産運用・金融取引には解決すべき課題が残っているものの、それを埋めて有り余るメリットがあります。今後、技術的な進歩と産業界への普及は着実に進むことでしょう。

そして、数年もすれば金融取引のスタイルが大きく変化しているかもしれません。金融取引の際に「どのAIを選ぶか」が重要になり、「ずばり儲かるAI特集!」や「株式とFX、ベストなAI 100選!」といったタイトルの雑誌や書籍が本屋に並んでいるかもしれません。

当分の間、情報革命の本命とされるAIが金融の世界に浸透する動きから目を離すことができません。

学びing株式会社
学びing株式会社 代表取締役社長。1991年に駿台予備学校のソフト会社SATT入社、2004年に同社取締役副社長就任。(株)ホットリンク事業開発本部長を経て、2006年に学びing設立。「有報教育研究所」「けんてーごっこ」「さいたま市けんてー」等で自動作成やクイズを使ったコンテンツマーケティングを実践。「体験する機械学習」等共同執筆多数。
学びing株式会社
学びing株式会社 取締役 開発部次長。東京大学工学部電気工学科卒業。東京大学工学部大学院情報理工学部中退(所属:喜連川研究室)。在学中IT分野で2社起業後、故郷の福島県で創業。東日本大震災で被災。避難先のさいたま市で学びingに参画。投資経験・AIの研究開発ともに約12年。書籍:「体験する機械学習」「PHPによる機械学習入門」を執筆。

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