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AI最前線の現場から【エクサインテリジェンス】医療診断支援システムの課題と今後の展望

2017年5月11日(木)
古屋 俊和(ふるや・としかず)

はじめに

2016年8月に「東大の人工知能「ワトソン」が10分で遺伝子解析、白血病患者を救う」というニュースが発表されました。この白血病は特殊なタイプで医師でもなかなか判断しづらい病気だったため、「人工知能が当てた」ということで注目を浴びました。

ワトソンはIBMのコグニティブサービスであり、医療分野に特に力を入れています。弊社でも医療分野に取り組んでおり、心臓専門の画像診断クリニックCVISと共同で、心臓のCTやMRI画像から血管を自動抽出するという部分をAIで行いました。その他にも、検査値から投薬量を予測するAIの開発も行っています。

現在、あらゆる大手企業・ベンチャー企業がAIを用いた医療サービスを作っています。しかし、ニュースではよく耳にしても、なかなか身近に感じられない医療×AI。その課題と今後の展望を私の経験を元に紹介します。

医療診断支援システムの歴史

AIが病気を予測するシステムは「医療診断支援システム」と呼ばれ、名前のとおり医師の診断をサポートする目的で作られています。

実はこの医療診断支援システムの歴史は古く、1970年代には一般的な医師の診断を超えるものまで出てきました。それが「Mycin」というシステムです。Mycinは血液疾患を推定し、的確な抗生物質を推薦するシステムでした。

このシステムが発表されたとき、「医療診断支援システムは普及する」と思われていました。しかし、実際はまったく医療現場で使われることはありませんでした。

精度は十分なのに、なぜ使われないのか。その理由は、医療診断支援システムの課題が「予測精度だけではない」ということが分かったからでした。

人工知能を医療に応用するための課題と対応法

AIを医療に応用していくためには、技術的な課題以外に社会的な課題が存在します。具体的に言えば、主に「法的な課題」「患者の心理的な課題」「医師の心理的な課題」という3つです。

そして、医療診断支援システムを作る場合は、この3つの課題に対応する形で作られることが多いです。

●法的な課題

AIが医療機器として認定されるには医療機器プログラムに申請し、許可を得る必要があります。AIは確率的な判断を行い毎回同じ結果を出すわけではないため、この許可を得るのはかなり大変です。また、AIの誤診は誰の責任になるのか、その所在が分かりにくいという問題もあります。

この課題には、「医師の診断を補助するシステム」というコンセプトで作ることにより対応できます。医療診断支援システムを使った場合の最終的な責任の所在は医師にあり、医師の裁量の元で使われます。

●患者の心理的な課題

AIに診断されたくないという問題です。例えば、AIに「あなたは癌です」と宣告されるのと医師に宣告されるのとでは、医師に宣告される方がまだ良いと感じると思います。

この課題には、「患者と対面するのは医師であり、医療診断支援システムは医師の後ろで使われる」という利用方法で対応できます。相手が人間だから許されること、同じ言葉でも機械ではなく、人間の言葉だからこそ納得できる、ということが常にあります。これはどんなにAIが発達してもなかなか置き換わることがないものかと思います。

●医師の心理的な課題

AIを使った診断に抵抗を感じるという問題です。また、医療診断支援システムが「60%の確率で癌です」と伝えたとき、医師は「なぜ?」と確率よりそのように診断された根拠が気になります。

この課題には、病気の確率だけでなく、その根拠を示すことで対応するというのが一般的です。そのため、「60%の確率で癌」という結果が出た場合に、同時に「どの検査値がどのくらい影響しているのか」という分析結果も示すことで医師の納得感が得られる仕組みを入れます。

また最近、複数の医師に「どんな医療診断支援システムなら使いたいか」とヒアリングをしたところ、「自分で作れる、自分好みに学習させられる仕組みならば使いたい」というニーズがありました。昔、「たまごっち」というゲームが流行りましたが、流行った理由はユーザーの好きなようにキャラクターを育てられる点かと思います。AIには学習する機能を付けらるため、AIをより自分好みに育て、親しみやすい存在にできると思いました。

エクサインテリジェンスの医療診断支援システム

弊社の医療診断支援システムの開発事例を2つ紹介します。

1つはCVISと共同開発している「冠動脈抽出システム」です。現在、CTやMRIの性能が向上したことで読影医の負担が増えています。各企業のワークステーションで冠動脈の狭窄抽出作業は半自動化されていますが、心臓の血管抽出作業は自動化できていないという課題がありました。血管の形は患者により異なるため、その違いを従来の画像認識技術で判別するのは難しい面がありましたが、DeepLearningには適したタスクであったため冠動脈抽出の自動化に取り組みました。

完成したシステムでは、心臓画像データを入れるだけで冠動脈を抽出できます(図1)。医療業界は他の分野に比べて非常にデータ量が少ないという特徴があり、DeepLearningで医用画像を学習させようとしてもデータが少なくて学習できないという問題点がありました。

図1:冠動脈を自動抽出した事例

そこで、弊社では「転移学習」と呼ばれる方法を用いて学習させました。これは既にデータの多い領域で学習させた学習済みモデルを医療分野のような少ないデータ領域で再学習させるという方法です。この方法であれば、データが少ない領域でもある程度の精度が出せます。

用いた学習済みモデルは車や人などを判別するモデルです。このモデルを再学習させるだけで、少ないデータでも高い精度が出せるようになりました。現在では数百枚程度の心臓血管画像を学習させたモデルを作りましたが、もう少しデータを読み込ませることでさらに精度が上がることが予測されます。

もう1つは、大手の大学病院と「検査値予測」というタスクに取り組んだ事例です。抗がん剤の投薬量と投薬タイミングは医師の経験を頼りに決定することが多いようですが、現在の検査値からAIが投薬量を予測することで、抗がん剤の投与に慣れていない医師にある程度の投薬指針を示してあげることを目標に開発を進めています。投薬は時系列モデルなので、主にRNNと呼ばれる手法を用いて予測しています(図2)。

図2:検査値予測した事例

医療分野におけるAI普及の課題

前述した社会的課題以外に、技術的な課題も数多くあります。例えば、データの質の課題です。

医療データは「レセプト病名」と呼ばれる実際の病気ではなく、薬の処方を目的に病名を付けることがあるため、実際の病気と記録上の病気が異なり、データが実態を反映していないことがあります。また、MRI画像などは撮影する検査技師の技術により品質に差が出てきます。心臓の血管のような明らかに写っている画像は少し荒くてもDeepLearningである程度判別できますが、専門医でも見分けにくい腫瘍の良性・悪性などの画像はまだ判別が難しいという課題があります。

セキュリティの問題もあります。医療データは厳重に扱わなければならないため、クラウド上では解析できず、病院の中で分析しなくてはいけないなどの制約があります。DeepLearingのような計算リソースを必要とするアルゴリズムの場合では、このような開発環境も課題となります。

このように、社会的な課題に加え、技術的な課題も多く、医療×AIはなかなか普及しない現実があります。これからも医療にAIを応用したといったニュースは増えてくると思いますが、特定領域での活用となりそうで、「いまいちAIが身近に感じられない」という状態は続くでしょう。

人工知能の普及を目指して

医療分野における人工知能の普及については、回り道になりますが、医療以外の領域からのアプローチというのが1つあるかと思います。例えば、絵を書くとか、音楽を作るなど、AIが間違っても大きな問題にならない領域ではAIが使われやすいでしょう。また製造業などは人材不足な上、パターン化された作業が多いため、こちらもAIが入りやすい領域だと言えます。

もし、あらゆる領域にAIが導入され、AIがインターネットのようにもっと身近になれば、医療でも「AIを使って当たり前」という時代が来るかもしれません。

誰でも人工知能を使う時代から作る時代へ

AIを誰でも作れる。そんなサービスが最近できつつあります。例えば、「NanoNets」というサービスです。このサービスが優れているのはGUI操作(マウス操作)だけでAIモデルが作れる点です。しかも、これまで「大量のデータが必要」と言われていたDeepLearningでも数十枚の少ないデータからモデルを構築できます。

また、従来AIは一部のエンジニアしか作ることができませんでしたが、プログラミングを未経験の人でも作れるサービスになっています。AIを社会に応用するアイデアを持っている一般人でもアイデアを形にできるサービスは面白いと思います。さらに、他人が作ったAIモデルをシェアすることもできます。自分が作ったAIを多くの人に使ってもらえれば、それだけ自分にも収益が入ります。AIのシェアリングエコノミーと言えるかもしれません。弊社でも誰でも使えるAIを目指してAIプラットフォームを開発しています。

今後、誰でもAIを作れるサービスが普及した時、皆さんはどのようなAIを作りますか? AIを作るほど自分の仕事が楽になる、お金が入る。それが、これからのAI時代の生き方になるかもしれません。

著者
古屋 俊和(ふるや・としかず)
株式会社エクサインテリジェンス
大学時代に統計学の研究室で数理統計学を学ぶ。確率論を使う金融工学に興味を持ち、大学院でファイナンスを専攻。株の運用モデルに機械学習を使いリスク評価を行う研究をする。機械学習を医療に使えば、効率的かつ効果的に病気の人を救えるのではないかと思い、博士課程で医療データにDeepLearning技術を応用する研究を行う。

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